~新しい人生をありがとう~ 嫌いだった妹へ
誤字報告ありがとうございました。
大変助かります(*^^*)
私は生家の侯爵家を追い出され、乗り合い馬車で隣国に行く途中である。
「ああ、良い天気。空が青いわ」
ゴトゴトと揺れる馬車に、子供連れのご婦人はお尻が痛いと呟くが、子供は景色を見ながら元気いっぱいに歌っている。
それを見る私も、初めての乗り合い馬車の振動に驚いているが、気持ちはスッキリしている為か楽しんでいる。風も暖かく頬を撫でる。
ハチキナ侯爵邸の物置部屋で、使用人に交じって掃除をしていた時とは雲泥の差である。たくさんの使用人もいるのに、私にもそれを強いていたのだ。
「お義姉さま、まだ此処の床汚れてましてよ。これじゃあ夕食をあげられないわよ」
態とバケツを蹴飛ばして、掃除後を汚す義妹のギルモア。
「本当屑ねえ。チャチャと遣ってちょうだい。旦那様が戻るわよ!」
見ていた癖に嫌みを言う義母ユネジュー。
私の名前は、サフラン・ハチキナ。
ハチキナ侯爵の長女で、もうすぐ18才になる。
ハチキナ家の直系は亡くなった母ソフィーナで、父チトフルは婿養子。
グラフナ公爵家の次男アルミスカは祖父が決めた婚約者で、私が成人となる18才の誕生日に結婚式を挙げることになっていた。
後3ヶ月で挙式となるある日、アルミスカが突然訪ねてきた。
いつもは体裁を整える為、訪問前にはお仕着せからドレスに取り替えていたのだが、とうとうばれてしまった。
しかし彼は私を見ても、取り立てて驚いてはいなかった。
慌てる私を見ながら彼は手を振り、
「もう知ってるからそのままで良いよ。今日はギルモアへ話に来ただけだから」
そして、彼を迎えたギルモアが彼に抱き付いた。
彼もギルモアの腰に手を回し、妖艶な笑みを浮かべる。
「お義姉さま、ごめんなさい。アルミスカ様は私の方が好きなんですって」
「ああ、僕はギルモアと結婚したいと思ってる」
私は理解が追い付かず、呆然としていた。
彼が侯爵家に婿として来る条件は、侯爵家の当主であり直系の私と婚姻する為であり、侯爵家の血縁でないギルモアに変更できるとは思えない。それは婿である父でさえ解っていることだ。
今は権限がないので使用人に交ざり家の家事を手伝っているが、当主になれば自分が実権を握れると思い我慢してきたのだ。
アルミスカ様も公爵家への訪問時は優しくしてくれたし、夜会でもエスコートしてくれた。だから私も頑張れたのに。それが今、アーモンド形の綺麗な碧眼は、熱を帯びて義妹を映しているのだ。
「ど、どうして、今更そんなことを言うのですか? 結婚式はもう直ぐなのに」
震えながらもアルミスカに問うた。
アルミスカは呆れた顔で答える。
「だって君、全然領地の仕事について勉強してないんだって。聞いたよ、お馬鹿さん過ぎて家庭教師も匙を投げたって。それなら日々勉強を頑張っているギルモアの方が相応しいだろ。だからこれからも役に立たない君に、掃除をさせているそうじゃないか」
何を言われているのだろう。
家庭教師なんて来たこと等ない。
だって日中は家事をして、夕食後に独学で勉強しているのに。
少しずつ学んで、何とか経営できる知識は持っているわ。
15才でお母様が亡くなるまで、教えを乞うて来たんですもの。
それを伝えようとする前に、ギルモアが喋りだした。
「ねえ、お義姉さま。例えお飾りの当主でもアルミスカ様の隣を譲るのは嫌なのよ。彼の全ては私の物。この家だって私が継ぐわ。だってお父様の血をひいているんだもの。無関係ではないでしょ?」
「あり得ないわそんなこと。侯爵家の簒奪となるわ。そんなこと許されない!」
私は必死に訴えた。
いくら父の血をひこうとも侯爵家の血筋ではないのだ。現段階で、家と家の婚約を解消することだって難しいのに。
「そうそう、それでね。良い人を連れてきたんだよ。入って来て魔導師達」
彼の言葉で玄関に控えていたのか、黒ずくめのフードを被った男達が入ってきた。彼らの魔法で体の交換が出来ると言うのだ。
想像もつかない恐怖から逃げ出そうとするも、アルミスカと義母ユネジューに押さえられ逃げられない。サフランは床に体を押し付けられ転がされた。
『どうなってるの。どうしてこんな、何もかも奪われて体まで取られるなんて。ああ、お母様。私どうなるの? 怖いよ』
サフランが涙目で顔を伏せていると、父のチトフルが帰って来てこちらの様子を窺っていた。せめて血の繋がる父ならば助けてくれるのではないかと、僅かな期待を持った。でも聞こえてくるのは絶望的な言葉だった。
「絶対安全なんだろうね、此方の可愛い娘だけは無傷で頼むよ。こっちはまあ、どうでも良いが」
「お任せください。どちらも怪我一つしませんので」
『此方の可愛い娘…………そう、そうなのね。お父様、いいえ、侯爵様にはわたしはどうでもいい存在。ただ爵位継承権を持つ子供。それをもギルモアに渡そうとするのね。もういいわ………』
サフランは最近疲労感が強かった。
辛い労働に夜間の学習、寝る間もなく頑張り続けてきた。
以前は少し眠れば回復したが、今はずっと疲れたままだった。
髪もボロボロで、皮膚の張りも落ちてきた。
使用人にも冷遇されて、いつも残り物の食事しかしていない。
『このまま辛いことばかりなら、もう、死んでもいい………』
魔導師が呪文を唱えると、サフランもギルモアも眠りに就いた。
続けて魔導師は、転生の呪文を唱える。
「精神逆転移!!!! 行けーーーーーっ」
周囲が目映い光に包まれて、サフランとギルモアが光で繋がる。
「ま、眩しいっ。ギルモアは無事なの?」
光が収まりアルミスカがサフランの体を抱き上げると、気がついたサフランの体に向かって声を掛けた。
「大丈夫か? 君はギルモアなのか?」
「……大丈夫です。あ、私、お義姉さまの体になったのね。アルミスカ様と結婚出来るんですね。嬉しい~」
そう言って、アルミスカに抱きつくギルモア。
義母ユネジューも父チトフルも、ギルモアの背に手を当てて微笑んでいる。
「お義姉さま、私の体で絶望なんてしないでよね。侯爵家は私が立派に継ぐから、お義姉さまは此処から出ていってね。自分の体がウロウロするのは見てられないから」
転移後の自分の姿をしながら、文句を言い続けるギルモア。
「何よこの髪、ギシギシじゃない。皮膚も手はガサガサで顔も張りはないし最悪。コンディション整えてから転移してもらえば良かった。でも整えれば銀髪の緑目で、わりと美人なのよね。我慢してあげるわ」
「……………………………………………」
ヨロヨロと起き上がったばかりの私に、投げ掛けられるひどい言葉に何も言えない。
もう何も信じられない。
「まあ、私達も鬼じゃない。継承権も譲って貰ったしな。お前とは絶縁届けと、金貨を袋いっぱいやろう。でも無くなっても、ギルモアの体で娼婦なんてするんじゃないぞ。この家にも戻るな。金が無ければ自害しろよ。毒薬も袋の中の小瓶にあるからな」
どうして笑いながらそんなことが言えるんだろう?
きっと私は、貴方の子供と認められてはいなかったのね。
貴方の家族は、義母ユネジューとギルモアだけなのね。
「……解りました。荷造りしてすぐ出ていきます」
「漸くあんたと離れられるわ。あーせいせいする。あんたの母親が居たせいで、チトフル様と結婚出来なかったんだから。さっさと行ってよね」
手をしっしっと、追い払うように動かす。
母が居なくとも祖父が生きていれば、男爵家の身分では結婚できなかった筈よ。
「済まないねサフラン。君のことは嫌いじゃなかったよ。元気で」
微笑んで告げるアルミスカの横から、ギルモアが腕を組んで牽制する。
「さようなら、お義姉さま。精々私の体を大切にしてよね」
最後まで意地悪く嘲笑するギルモアだが、彼女はサフラン親子のせいで日陰者と言われていたことに堪えかねていた。今やっと、全ての権利を取り戻したと歓喜していたのだ。
サフランは頭を下げて場を去り、荷物を抱えて外に出た。
15才までは、穏やかに暮らした家。
お母様が居た時は仲の良い使用人がたくさん居て、お父様が居なくとも寂しくはなかった。
でも喪が明けないうちからあの親子が入ってきて、私とお母様の物を全て奪われた。仲の良い使用人も解雇されて。最後に残った体と爵位まで。
『でもね、お母様。私とっても気分が良いの。もうこの家で暮らすのも心身共に辛かったのかも。なんとかなるわよね』
もしかすると、もう見納めかもしれない。
白い邸と母が育てた青薔薇は、母も私もお気に入りだった。
邸周囲は田畑が広がって、海が見える絶景なのだ。
「でも最近は疲れて眠るだけで、空も海も見てなかったなあ。今度の家は、そんな場所を探してみよう」
そして、私は歩き出すことにした。
「さよなら、故郷…………………」
1か月後………………
「ああん、もう…………ずっと体調が戻らないわ。なんなのよ! 結婚式のドレスの試着出来ないじゃない。時間足りないのに。貧弱な体ね!」
ギルモアの表情が険しくなり、ベッドから花瓶を壁に投げつけた。
「ええっ! あの子が不治の病? 後1年持たないなんて。そんなの嘘よー。イヤーーーー!!!!」
チトフルも泣き喚くユネジューを抱き寄せ、涙を滲ませる。
「医者の話だとそうらしい。くそっ! こんな時になんてことだ。やっと3人で幸せに暮らせると思ったのに!」
「解りました。今回の婚約は解消になるね。回復を祈るよ」
いつもと変わらぬ素振りで、婚約解消を求める声が2人に掛かる。
別室で医師の話を聞き、取り乱す2人を見捨てて去ろうとするアルミスカ。
「だいたい、公子が魔導師なんて怪しい者を連れてくるから、こんなことに。どうしてくれるんだ!」
「なんだい? 僕のせいなの? 普通入れ替わる体の状態なんて、調べるのが当たり前でしょ? 管理を怠った君たちの責任さ」
「僕だって、これで一から婚約者探しだよ。た~いへん」
軽いノリでアルミスカは呟く。
「ええっ、せめてこの子が亡くなるまでは待って貰えないのですか?」
ユネジューはアルミスカに泣きながら縋るも、アルミスカは即答する。
「ごめんね、無理」踵を返し去っていく。
だいたいが体の入れ替えなんて提案する、不誠実な男なのだ。
婚約者への情なんてある訳がない。
「そんな………………」悲痛な声で絶望するユネジュー。
「ああ、もうこの家は終わりだ!」目頭を押さえ呟くチトフル。
せめてサフランを探して体を入れ替えようにも、既に何処にいるか見当もつかない。
「なんで、なんでよ。こんなの嫌ー!!! サフラン連れて来てよ。もう一度あの術で戻れば良いんでしょ? そうすれば死なないのよねー。ねえ、お母様助けてよ。ねえ!!!!!」
ユネジューは泣きながらギルモアに付き添い、ギルモアは最期まで喚きながら亡くなっていった。
チトフルとユネジューは、最愛の娘と侯爵家を失い平民となり市井で暮らした。 愛する娘を亡くした心労で寝込んだユネジューも、その後を追うように亡くなった。 愛していた家族に次々と先立たれ、1人残されたチトフルは酒に溺れ衰弱し入院しているという。
侯爵家から遠い町で平民として暮らすサフランだが、普段から家事をしていたので、生活に不便はない。
丘の上にある借家の2階の窓からは、水平線が見通せて沈む夕日が海に溶ける絵画のような絶景である。 陽当たりが良いので朝日もバッチリ浴びている。 少し日焼けし健康的な肌色になった。
ギルモアが亡くなり、侯爵家の当主が他の親族の手に渡ったと聞いたが、喜びも悲しさも感じなかった。 既に気持ちは昇華していたんだと思う。
ここではパン屋で働き、家を出る時に貰った金貨も銀行に預けてあって穏やかに暮らしている。
近所の人も優しくて、友人もできた。
ちょっぴり気になる人も。
そもそも私の不治の病だった体を、ギルモアが代わってくれたのだ。なんてありがたいことだろう。
「いやあ、気づかなかったわ。只の寝不足だと思ってたし」
今、サフランは健康そのもの。
ギルモアがお手入れしてくれていたので、髪もサラサラだった。
「何とか自慢の金髪だけは、綺麗なまま残してあげたいな。形見みたいなものだもんね。それに、結婚前に屑公子と別れられてラッキーだよ。今幸せだから!」
満面の笑みのサフランは、大空に向けて義妹に感謝した。
ありがとうギルモア
貴女の分まで元気で生きるね
きっと天国で「うるさいわねえ。死んでからも追い討ちかけんな、くそが!」とか、ギルモアなら言ってそうです。
10/12 日間ヒューマン部門 47位でした。夕方32位でした。
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10/13 日間ヒューマン部門 10位でした。Σ(-∀-;)驚き!
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夕方見たら、なんと7位でした。ありがとうございます(*^^*)
夜間8位でした。まだ上位にいるなんて、びっくりです。
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10/14 日間ヒューマン部門 6位でした。
まさかまだUPするとは! ありがとうございます(*^^*)♪
夕方見たら5位でした。万歳( ノ^ω^)ノありがとうございます。
10/15 日間ヒューマン部門 なんと3位に!
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10/16 日間ヒューマン部門 4位。
月間ヒューマン部門7位でした。
感想も嬉しいです。 ありがとうございます(*^^*)
12/24 再びランキング入りしました。日間ヒューマン部門23位でした。ありがとうございます(*^^*)
夕方36位でした。まだランクインしていて嬉しかったです。
12/25 7時に23位でした。ありがとうございます(*^^*)
1/2 ヒューマンランキング、四半世紀見てみたら43位でした。
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