君は不思議で可愛い白ウサギの女の子
こちらは、猫じゃらし様主催の企画「獣人春の恋祭り」の参加作品となります。
ぜひ、最後までお楽しみ頂けたら幸いです(*^▽^*)
有名商家の嫡男として生を受けたアダムは、昔からありとあらゆる人達に『容姿端麗・頭脳明晰の御曹司』と呼ばれて生きてきた。
頭脳明晰な人間である事は自分でも認めていたし、大切に育ててくれた大好きな両親のためなら、勉強をする努力も惜しまなかった。
そして、将来は立派な商人となって家を支えるんだという夢も持っていた。
しかし、容姿が優れているのが薬にも毒にもなるのを知ったのは、10歳の頃。
親が決めた元婚約者が『容姿が美しければ、何でも上手くいくわ。勉強しなくても親の金で生活すればいいのよ』と言ったことだった。
正直言って、寒気がした。
確かに、働いていない時は家の金を頼るしかないと言うのは理解している。けれど、大人になっても親の脛を齧って生きると豪語した元婚約者に、容姿が美しければいいと言った彼女に、アダムは段々と嫌悪感を募らせていったのだった。
(確かに、見目がいいと好印象を持たれて交渉が上手くいくのは、俺と顔が似てる父さんを見て知ってる。けれど、あの婚約者は俺を何にも出来ない人形にしようとしてる…。つまり、ああいう輩は、容姿が醜かったらすぐに捨てるんだ!っあー、中身を見ずに上部だけで見る連中は、本当に吐き気がする!俺は俺の事を本当に理解している人と懇意になるんだ!)
この時、元婚約者の発言に怒りを覚えたアダムはすぐに親に直談判をして、すぐに婚約破棄を決行。
元婚約者は『だれよりも美しい貴方に似合うのは、この美しい私なの!絶対に婚約解消させないわ!』と喚いたが、そもそも元婚約者は商会の幹部の娘。しかも、後々の調査で彼女の父親が裏で闇取引をしていたと判明したため、家族諸共すぐに大雪の吹き荒ぶ北の大地へと左遷された。
そして、この時を境に、アダムは女性不審気味にもなってしまった。
寄ってくる女性達は商会にある商品を購入する者か、アダムを婿にしようとする貴族の女性ばかり。
前者ならまだ商人の顔をして乗り切れる。だが、見た目や頭脳だけで判断をして取り込もうとする女性陣に対しては、吐き気さえ催す事もあった。
だから、アダムは『恋人を作らず、将来は1人で商会を切り盛りしていくんだ』と、今までずっと心に誓っていたのだった。
…そう、あの少女に出逢うまでは…。
※※※※※
あれは、アダムが16歳になった4月のこと。
この国では、16歳になったら貴族や一部の平民が通う国立学園があり、アダムはそこの入学試験に主席合格を果たしていた。
(…ふーん…。やっぱり、俺が一位か。相当努力したし、当然か…)
さも当たり前のように頷いて、アダムは学校の外に張り出された入学試験の合格発表表を眺める。
ふと、自分の名前の二つ下に『シェイミー』という女子生徒の名前を見つけ、アダムは口と目を大きく見開いた。
(え!?この女子生徒、三席になってる!えっ、誰だこの子!?…気になる…)
自分には劣るが、まさかこんなにも頭のいい女子生徒がいるとは思ってもみなかった。
アダムはキョロキョロと辺りを見渡し、『シェイミー』という女子生徒を探す。すると背中から、凛とした可愛らしい声と爽やかな低音の声が聞こえてきて、すぐに後ろを振り向いた。
「あ!あったぁ!『シェイミー・アルマ』ちゃんとあったよ、兄様!」
「おーおーおー!よかったなぁ、シェイミー。本当にここまで、めちゃくちゃ勉強したもんな。汗水垂らしながら『合格するぞー!』とか大きな独り言して。まぁ僕達は一応貴族だから、試験免除はされるはずだけど、やっぱり成績優秀者になりたかったんだよな?」
「勿論!だって兄様、ここの主席生徒だったんでしょ?男爵家ではあるけど、アルマ家に泥は塗りたくなかったんだもん。そしていつか、父様の機械研究を手伝うためにも、ここで沢山学ばなくちゃ!」
「へー?でも科学の点数落としたから、こんな順位になったんだろ?父様の研究手伝うなんて100年早いよ」
「ムキーッ!兄様のバカー!」
アダムの視線のその先には、表情がクルクルと変わる白ウサギ獣人の女の子がいた。
彼女の兄と思しき黒ウサギ獣人の男性が、彼女をからかって遊び、それにいちいち反応している姿がすごく可愛くて…。アダムはしばらく、彼女から目を離すことが出来なかった。
(…シェイミーって、彼女の事だったんだ…。光に当てるとピンクになる髪も、ふわふわで大きいけど左だけ折れ曲がってる耳も、小さくてふわふわな尻尾も、クリクリとした赤くて大きい目も…全部可愛い…)
爽やかな春の風が頬を掠め、トクトクと心臓が甘やかな音を立て始める。それがとても心地よくて、いつまでもシェイミーを見ていたいと、この時間が止まればいいのにと、アダムはそう思った。
これが、アダムがシェイミーに、一目で恋に落ちた瞬間だった。
※※※※※
シェイミーに恋してから、実に半年後。アダムはまだ、シェイミーに話しかける事が出来ていなかった。
入学式の時から、他の女子生徒が代わる代わる絡んできて、彼女の元に行けなかったのも、その理由の一つ。
けれど、そもそも自分から話しかける事すら怖かったため、勇気が全く出ず、気がついたらあっという間に半年が経過してしまったのだった。
(ヤバい…ヤバいぞ俺!これが仕事だったら、あっという間に太客になり得る存在が他に流れてしまう!この機会をのがさないように、ここは勇気を振り絞って話すべきなのに…こ、怖い!)
今日も、シェイミーのいる教室をこっそり覗いては、アダムは長いため息を吐く。
ちなみに、クラスはシェイミーと別なので、話しかける機会は殆どない。かといって、ここで話しかけたら、シェイミーが注目されて、彼女が酷い目に遭う可能性もある。
だから、アダムはシェイミーに話しかけるのが怖かったのだ。
けれど、アダムはどうにか頭を働かせながら、シェイミーと話し合う方法を考える。すると突然、彼の右肩に誰かの手がポンっと置かれた。
その事に気付いて、アダムが咄嗟に振り向くと、そこに立っていたのは、鋭い目つきをした狐獣人の男子生徒だった。
いかにも不良のような顔つきで、こっちをじっと見るものだから、アダムの身体が小刻みに震え始める。だが、彼は急にニッコリと笑って、こう話しかけてきた。
「君、隣のクラスの首席くんだよな?もしや、あの白ウサギの子を見て…」
「うわああああ!さ、最後まで言うな!ちょっとこっち来い!」
自分の恋がバレたと思ったアダムは、その狐獣人の男子生徒の腕を掴んで、屋上へと足を運ぶ。そして、屋上に到着して誰もいないことを確認してから、アダムはバッと彼の腕を振り落とした。
「お〜ま〜え〜!せっかく、こっそりと見てたというのに!話しかける機会を伺ってたというのに!何そこで、俺の好きな子の暴露をしようとするんだよ!」
「あっれ〜?もしや、俺の推理は正解?いやぁ、恋の匂いしたから、つい〜。首席くん、ごめんな?」
「うぐぐぐ…」
狐獣人の男子生徒は未だに、ヘラヘラした笑顔で、飄々と話している。すごく腹が立ったが、一応謝ってくれたので、アダムは『仕方ない』と深くため息をついた。
「それにしても、首席くんの好きな子、分かりやすかったなぁ。ああいうのがタイプなんだ?確かに、可愛いもんなぁ」
「なっ!お前…もしやあの子の事…!」
「ん?別に、ただ客観的な事を言ったまでだけど?あと俺は、他に番がいるから、あの子は恋愛対象じゃないからな。安心しろよ」
「…は?」
急に『ライバル宣言か?』と思いきや、『番が既にいる』と言い放った目の前の狐獣人に、アダムは開いた口が塞がらなかった。
(この男は、一体何なんだ!?ライバルじゃないのは分かったけど、シェイミー嬢を可愛いって言うって、ライバルだと勘違いするだろ!?)
この狐獣人の事がよく分からず、アダムは眉根を寄せて立ったまま固まる。その様子を見た狐獣人の彼は、突然クククと笑いながら、アダムの前に右手を差し出してきた。
「そういや、自己紹介がまだだったよな?俺はミック。西の孤児院出身で、次席でこの学園に今年入学した。ちなみに俺の番は孤児院のシスターで、既に婚約済。学園卒業後は神官になってから、番とすぐに結婚する予定だ。よろしくな」
「…え!?つ、つまり…お前も俺と同じ、平民出身!?」
「そうそう。俺の番がとても優秀な人だったし、西の街には大きな図書館もあった。だから、いい環境で勉強が出来て今に至るって訳だ。あとお前、俺のこと結構疑ってるだろ?匂いで分かる。からかって悪かったな」
「…はぁ…」
どうやら、この狐獣人・ミックは、アダムを揶揄していた事を自覚していたらしい。けれど、二度も謝ってくれて、やはり悪い気はしない。
アダムは軽くため息をついてから、右手を出して、ミックと握手を交わした。
「まぁ…別に謝ってくれたし、いいけど…。俺はアダムだ。よろしくな、ミック」
「お、おお…。こちらこそよろしくな!あと、せっかく俺達、こうやって友達になれたんだ。お前が想い人と両思いになれるよう、ちゃんと手伝ってやるからな!」
「えっ!さ、早速!?それでいいのか!?」
いきなり自分の恋路を応援すると言われて、アダムは目を大きく見開く。それに同意するように、ミックは縦に首を振って親指をビシッと立てた。
「おう!確か、アダムの好きな奴は『シェイミー』ちゃんって子だろ?入学試験で三席を獲得した子。もしそうだったら、早速今日の放課後にあの子に逢わせてやるよ。しかも誰にも邪魔されずに、な?」
「ま、マジか…。それはお得情報だな。分かった、ミックが言うなら従うよ。…くれぐれも俺をからかったり、嘘をつくんじゃねーぞ?」
「ほーい、アイアイサー!なんつって〜」
そう言って、ミックはまた飄々とした態度をとったまま、敬礼のポーズをした。
狐獣人というのは、やはり言動の何もかもが軽い。アダムは目の前の彼の行動に、また一度ため息をつきながら、少し重い足取りで教室へと戻っていったのだった。
※※※※※
この日の放課後。早速、アダムはミックに連れられて、とある教室の前へとやってきた。
「ここが、シェイミーちゃんが在籍してる部活動の教室。『小説討論同好会』って聞いたことあるか?」
「ん?『小説討論同好会』?あんまりないけど、結構マイナーなのか?」
「そうだなぁ…。まあ、メジャーではないな。俺は部長目当てでここに入ったから、いいとして…。実はここでの恋愛は、ご法度なんだよなぁ~」
「…はぁ!?じゃあなんで俺を連れてきたんだよ!バカ!」
突然『恋愛感情を持ち込んではいけない』と言われて、アダムはミックに激高した。シェイミーと逢って話すためにここにいるというのに、あまりにも理不尽だ。
しかし、ミックはアダムを見て口角を上げ、すぐにこう言い放った。
「まぁ、恋愛を持ち込んではいけないのは『恋愛にうつつを抜かして、部活動を疎かにする』というのが主な理由だけどな。でも、首席入学で成績もキープかつ、真面目で負けず嫌いのお前なら、きっと部長のお眼鏡にかなうはずだ。そんじゃあ気を取り直して、お疲れ様でーす!」
「ちょっ、お前っ!待ってって…うわぁ!」
いきなり右腕をミックに捕まれて引っ張られ、アダムは無理やり教室の中へと入らされる。
そこには、厳つい顔をした熊獣人の男子生徒と、アダムの想い人であるシェイミーが、別々の机に座って単行本の小説を黙々と読んでいた。
「…あちゃー…ベリアル先輩は読書中だったか。うーん…しばらく待っておくか」
「ベリアル先輩?それって、あの熊獣人の?」
「そう。そして俺の憧れの人だ。…まぁ、ちょっと怖いけどな」
ミックはそう言って、タハハと照れ笑いを浮かべた。彼のこの気持ちは、父親を尊敬しているアダムも理解していたから、微笑みながらうんうんと頷く。
しばらくして、小説を読み終えたベリアルが本を机の上に置いて、アダム達の所にやってきた。
「おお!ミックじゃないか。お疲れ。悪いな、本に集中しちまって」
「いえいえ。先輩の読んでいた『異国見聞録』って本、面白いですよね!俺も孤児院時代に読んでました!」
「へー、それはそれは。じゃあ後で討論会するか?と言っても、俺が読んでたのは最新刊だけどな」
「最新刊!そういや、俺読んでませんでした!後で本屋で買って読みます!あ。あとここに体験入部したい人を連れてきたんですけど」
ミックはよっぽど興奮しているのだろう、捲し立てつつ、アダムをベリアルの前に移動させた。
いきなりベリアルの胴体が目の前に来て、アダムは狼狽える。しかも、この熊獣人は圧がとても強い!
気が付いたら、アダムは無意識に身体を小刻みに震えさせていた。それを見たベリアルは、「ふむ…」と呟きながら、アダムにこう尋ねた。
「ふーん…。確かお前『アダム』って名前だったよな?首席入学をした商家の息子って…」
「えっ!?あ、アダムさん!?」
ベリアルのこの質問に、不意に教室の端で可愛らしい声が聞こえてきた。その声を辿ると、シェイミーが驚きの表情を浮かべて、アダムをまっすぐに見ていた。
シェイミーに、好きな子に見られていると気付くなり、アダムの顔が真っ赤に染まる。そして、シェイミーも同様にアダムを見た途端、白くて透明な肌を紅潮させた。
「え…えと…その…あの…」
「あ、アダムさんが…こ、こっち見てる…は、はわわわ…」
アダムもシェイミーも、真っ赤な顔でお互いを見つめ合いながら、言葉をなくしている。その様子に、ベリアルは盛大なため息をついてから、アダムの頭をバシィ!と思いっきりはたいた。
「うおっ!いったぁ!」
「はぁ〜、何テメェらボーッとしてんだ!ここは小説を読んで討論する場だ!遊びでやってる部じゃねぇんだよ!それと、アダムでいいんだったか?お前がこの『小説討論同好会』に足を運んだ理由を言え!」
「あ、足を運んだ理由…ですか…?」
やはりベリアルが怒ると、圧も倍になる。その事に怯えつつも、アダムはこの部活に入りたい理由を探し、思いっきり口を開いた。
「お、俺が入りたい理由は、『静かな場所が欲しい』のと『シェイミー嬢が気になったから』です!そのために入りたいと思いました!なんでもしますから、入部させてください!」
「あ…アダムさん…」
アダムの渾身の訴えに感動したのか、シェイミーが顔を真っ赤にしながら目を潤ませる。
それを見て、ミックが「あらら〜、シェイミーちゃん泣いちゃった〜」と呑気な事を言っている一方で、ベリアルは腕を組みつつ何かを考え始めた。そして、とある案に辿り着いたのだろう、彼はアダムの両肩を持ってこう話し始めた。
「そうか。まぁ、お前の本気は伝わったしな。じゃあ、俺の提示した入部課題をこなせたら、お望み通りこの部に入れてやるよ」
「えっ!ほ、本当ですか!?」
「ああ。ミック、『異国見聞録』の第1巻は持ってるよな?あれをアダムに貸してやれるか?」
「ええっ!あ、あれをアダムに貸すんですか!?いいですけど、固有名詞が多いですよ!?」
「いいんだよ。それこそ、やりがいがある。アダム、その本をミックから貸してもらって、5万字程度の論文を書けるか?」
「ご、5万字…?た、楽しめるものであれば、多分…?」
急遽、小説に関する論文を書くことになって、アダムは少し狼狽えた。
実は、アダムは小説というものを、勉強や試験以外で読んだ事があまりなかった。目にしているものは、学園支給の教科書や勉強ノート、商売で必要になる資料が殆ど。
だから、この提案に不安を覚えたのだが、ふと、アダムの様子を察したミックが優しく背中を押してくれた。
「大丈夫だよ。アダムならいけるって!『異国見聞録』面白いし、結構スラスラ読めるんじゃない?シェイミーちゃんも好んで読んでるし」
「まぁ、今シェイミーが読んでるのは『漢気一番』っていう格闘技小説だけどな。女らしくもねぇし、ククッ」
「ななっ!?ベリアル部長!別に何読んでてもいいじゃないですか!…あ、アダムさんっ!え、えと…アダムさんなら、きっといけます!出来ます!わ、私…アダムさんと討論会したいです!だから…頑張ってください!」
「…シェイミー嬢…」
まさか、シェイミーにも応援されるとは思っていなかったため、この励ましにアダムの視界が少し涙でぼやけた。
やはりシェイミーは、容姿目当てで寄ってくる女性達とは違う。アダムの能力を信じてるから、素直に応援してくれる。それが何よりも嬉しかった。
(本当に、シェイミー嬢は他の女性とは違って、不思議で可愛い。だって、こんな事言ってくれるのは、母さんと彼女しかいないんだから。…よし!俺も絶対にここに入って、シェイミー嬢と話せるように頑張ろう!)
アダムは、シェイミーの応援に突き動かされるように頷き、ベリアルに向き直る。そして、勢いよくこう宣言をした。
「では、ミックに『異国見聞録』を借りて、5万字論文書きます!」
「おっし、よく言った!ちなみに、『五万字程度』でいいからな?少し文字数減っても増えても気にしねぇ。お前の熱意を待ってるぜ」
「はい!」
こうして、アダムはシェイミーの側にいられるよう、ベリアルの出した入部課題を受け入れたのだった。
※※※※※
ベリアルと話をした後、すぐに家に帰ったアダムは、早速ミックから借りた『異国見聞録』を読み始めた。すると、すぐにその世界観に引き込まれて、半日と経たずに読み終えてしまったのだ。
そして、その勢いのまま机に齧り付いて論文を書き終え、気が付いた時にはもう朝になっていた。
(あっれ〜?もう朝?なんか気が付いたら論文書けてたし、徹夜しちゃった…)
実際にベリアルの出した入部課題は、アダムにとっては、どうって事もなかった。ただ、徹夜のテンションで書いたからか、文章が支離滅裂で、夕飯も食べていなかったから、今の気力は0に等しい。
(今日休みでよかった…ちょっと寝てから、朝食をとってまた寝よう…)
こうして、アダムは電池が切れたように机に突っ伏して眠ったのだった。
それから一週間が経ち、アダムは推敲した論文原稿を持って、放課後にベリアルのいる部室へとやってきた。そして、その分厚い原稿用紙の束をベリアルに見せると、彼は驚きの表情をした後、嬉しそうに笑ったのだった。
「うおっ!…さすが首席なだけあるな…。ちゃんと本も読んでるし、内容も分かっている。いいだろう。この小説討論同好会に入部する事を許可する。ここでくつろいでくれても構わないが、これからもちゃんと本をしっかり読んできてくれよ」
「ありがとうございます、ベリアル部長。助かりました」
「おう!…しっかし、静かな場所が欲しいって事は、やはり女子生徒が絡んでくるからか?」
ベリアルがこの質問をするのは、やはり予想がついていた。なにせ、こういう事を訊かれるのは何度もあるため、本当にこの場でため息をつきたくなる。
アダムは目を閉じて軽く下を向き、淡々とこう答えた。
「はい。もう鬱陶しくて、勉強すらもままなりません。将来は家を継いで、この国の貿易や経済にもっと貢献したいと思っています。だから一刻も長く多くの事を学びたいのに、女子生徒達はやれ『カフェに行こう』やら『頭いいんだから勉強は不要』やら『遊びに行こう』やら、本当に煩くて…」
「ふーん…。じゃあ、小説を読んで論文を書く事はどう思った?」
「勉強になると思いました。論文を書くのには慣れてないので、おかしな文が多いかと思いますが、後々覚えればいいかな、と」
「ふん。堅苦しいが、俺は嫌いじゃないぜ。…まぁ、確かに文章がおかしい所もあるが、まあ気にするな。楽に思うがまま書いてくれたら御の字だ。ちなみに、シェイミーの方がお前以上によっぽど文章おかしいぞ。クッククク…」
「ちょっ、ベリアル部長!?私はおかしな文章なんて書いてませんけど!?」
唐突にベリアルに『文章がおかしい』と言われ、シェイミーは椅子に座りながら読んでいた小説を、勢いよくバタンと閉じた。しかし、彼女の怒りはベリアルに届くことはない。
ベリアルはニヤリと口角を上げて、シェイミーの気持ちを軽く受け流した。
「そうかぁ?まぁ文章おかしくても、ちゃんと読めてるし、一応内容も分かるしな。でも、さっき言っただろ?『楽に思うがまま書いてくれたら御の字だ』とな。文章おかしいぐらいで俺は怒らねぇよ」
「で、でもぉ…。月2回の討論会では、めちゃくちゃ私の論文をボロクソに批判してたじゃないですかぁ…。あれはめちゃくちゃ怖いですってぇ…」
「はあぁ?ああいうのは、激しく反論してこそ討論会だろう?あんなんでビビってちゃ、社会で生きていけないぞ〜?なぁ、臆病者のシェイミーちゃん?」
「ううぅ…」
結局、うまく反論出来なかったのか、シェイミーは小説をまた広げて、その中に顔を埋めた。
その仕草に、『可愛い!』とアダムの心臓が撃ち抜かれたが、そもそもシェイミーにそういう行動をさせたのはベリアルだ。
アダムの中に、段々と黒いものが溜まっていく。気がつくと、アダムはベリアルに反論をしていた。
「うーん…。確かに討論会で論争するのは、相手の意見も聞けるしいい事だと思うんですけど、怯えさせるくらいするのはちょっと…」
「…なに?」
「シェイミー嬢は白ウサギの獣人ですが、肉食獣人ではないですよ?そりゃあ、肉食獣人同士であれば激しい論争が繰り広げられてもおかしくないですが、今ベリアル部長がやっているのは側から見たら『捕食』です。貴族や平民の垣根を超えて平等であろうとするのは美しいですけど、それ以前に肉食獣人と草食獣人と人間も平等であるべきです。ここで肉食獣人に合わせるのはシェイミー嬢にとってはダメですし、草食獣人に合わせるのもベリアルさんは嫌うと思います。だからこれから一緒に討論の形を模索していきましょう?」
「お、おう…」
どうやら、アダムの言った事が心に刺さったのだろう、ベリアルは素っ頓狂な声を出してゆっくりと首を縦に振った。
何だか、とても清々しい気持ちになった。これでシェイミーを、ベリアルの考えから救い出せたのだから。
アダムはスッキリした顔でシェイミーの方を向く。すると、シェイミーは顔をほんのりと赤く染めたまま、優しく「ありがとう、アダムさん」と言って笑ってくれた。
あぁ、やはりシェイミーは可愛い。ちゃんとお礼を言って、アダムに微笑んでくれたのだから。
まだ出会って2、3日しか経っていないのに、夢中になりそうだ。
アダムはゆっくりとシェイミーの近くに近付いて右手を差し出した。仲良くなるためには、ここから始めるのがいいだろう。
「シェイミー嬢も、これからよろしくお願いします。討論の形を皆で模索していきましょう?」
「は、はい!よ、よろしくお願いします、アダムさん!」
こうして、アダムとシェイミーは、とりあえず部員同士として握手を交わしたのだった。
※※※※※
アダムが『小説討論同好会』に入ってから、シェイミーとアダムの距離は段々と縮まっていった。
特に、変わったのは話し方だ。最初はお互い敬語で話し合っていたのに、次第にタメで話すようになり、呼び方も「シェイミー」「アダムくん」に変わっていったのだ。
シェイミーと一緒に、誰もいない部室で小説討論を行ったり、おススメの本を紹介しあったり、勉強会をするのはとても楽しい。アダムは多幸感に包まれていた。
そして、しばらく経って、アダムが好きな女子生徒にシェイミーが虐められていた時も、この件を小説討論同好会のメンバーと共に解決。これが功を奏して、アダムとシェイミーはますます親密になった。
他の人から見ても、こんなにも仲が良いと思わせてくれた2人ではあるが…実はまだ、アダムとシェイミーは付き合っていない。
なぜなら、アダムが未だにシェイミーに告白していないのだ。そして、シェイミーも同様に、アダムに告白してさえいなかったのだ。
「なあああああんで告白出来ないんだ俺!!!うあああああああ!!!」
結局、シェイミーに告白出来ずに時が流れ、ついに卒業パーティーの前日になってしまった。
アダムは頭を抱えて、立ったまま叫んで身体を前後に揺らす。それを見ていたベリアルが、盛大にため息をついて、ソファに座ったまま紅茶を一口飲んだ。
「ったく!俺の部屋に来て暴れんなよ、アダム。なんだ?告白する方法を教えてくれって、俺に相談しに来たんだろ?こんな所でヒステリックになるんじゃねぇよ」
「うぅ…すみません、ベリアル先輩…」
顔を覆いながら、アダムはゆっくりと向かいのソファに座った。
今アダムたちがいるのは、ベリアルの住んでいる別邸の客間だ。実は、ベリアルは国王陛下の甥っ子で、公爵家の嫡男なのだ。
豪華なシャンデリアに高価なティーセットを見て、目をチカチカさせたアダムは、一つ深呼吸をして、ベリアルに向き合った。
「べ、ベリアル先輩。ど、どうしたら、卒業パーティーの時にカッコよくシェイミーに告白出来ますか?思い出に残る卒業式にしたいんです!ただ…今までシェイミーに勧められて読んだ恋愛小説って、なんかヒーローがイマイチカッコよくないんですよね…。シェイミーには悪いんですが」
「は?じゃあ別に、告白するのはカッコ悪くてもいいんじゃねぇか?シェイミーが喜ぶぞ〜?」
「で、でも!カッコいい俺をシェイミーの眼に刻みつけたいんです!」
「…はぁ〜。んじゃあ、お前の好きにしろ。ただ、身だしなみだけは明日整えてやるから、明日の朝、ここに集合な。ちなみにシェイミーの家は調べてあるから、ここの馬車でお迎えに行けよ?あと、当日俺は西の街に用事があるから一緒に行けねぇ。だからアドバイスは今日だけだ。分かったか?」
「っ!あ、ありがとうございます!ベリアル先輩!」
ベリアルからのありがたい提案に、アダムは喜びのあまり、目の前のテーブルに頭を打ちつけてお辞儀をした。
それは、紅茶のカップが少し浮いては小さい受け皿に着地するほどの衝撃で、ベリアルは頭を片手で抱えつつ、「全部割れなかったけど、こりゃダメだわ」と呟いてため息を吐いたのだった。
※※※※※
そして、ついにやってきた卒業パーティー。アダムは昼に公爵家に足を運び、たった今貴族の装いに身を包んでいた。
髪はオールバックで固めて、ジャケットは深い青に決めてそれを羽織る。
まるで自分が物語の王子になったんじゃないかという錯覚に陥って、アダムは1人でウヘヘと鏡を見て酔いしれていた。
「ヤバいなぁ…。これで絶対に、シェイミーは俺に惚れてくれるかも。…なーんて。うへへへ…」
「あのー…そろそろお時間ですけど、アダム様。遅刻してしまいますよ?」
「ぅえっ!?」
急に後ろから低い声がして、驚きのあまりアダムはバッと振り向く。そこには、ベリアルの従者であるシカ獣人のロッティが、困った顔でペコペコと頭を下げていた。
「…って、ロッティさん!驚かさないで下さいよ!」
「す、すみません。でも時間を守らないと、アダム様がシェイミーさんに嫌われてしまいますし…」
「うっ!わ、分かりました!では、行ってきます!」
ロッティに急かされるように、アダムは急いで別邸の玄関へと走る。そして、外に置かれていた公爵家の馬車に乗って、シェイミーのいる男爵家へと向かったのだった。
ようやくお目当ての男爵家の屋敷につき、御者が馬車のドアを開けてアダムに降りるよう誘導する。それに従って、アダムはゆっくりと馬車を降りたのだが、心臓がバクバクと高鳴り、危うく足をもつれさせそうになった。
(うわ、怖っ!危うくコケて、服を汚す所だった…。さて、シェイミーはどこに…?あ……)
屋敷の扉が開いているのに気付き、アダムはそこに向かって歩き出す。すると、そこから可愛く着飾ったシェイミーを見つけて、一瞬だけ身体が固まった。
そう。彼女が着ているのは、アダムが商会で選んで贈った薄ピンクのドレス。そして、それと同時にアダムが選んだネックレスもシェイミーはつけていたのだ。
まるで、白ウサギの雪の妖精かと見間違うぐらい、すごく可愛い。そして、シェイミーを着飾るものが自分が勧めたものだという事に、どこか優越感を覚えた。
しかし、アダムが前に進んでシェイミーを間近で見た時、彼女のさらに可愛らしくも美しい顔貌に惚れ直し、優越感なども忘れて、アダムの顔は耳まで赤くなったのだった。
「…あー、えと…そのぉ…」
「あ、アダムくん…。そ、卒業おめでとう、ございます…」
「うん…。し、シェイミーも…おめでとう…」
お互いの中に好きが溢れているせいか、緊張してどうも上手く喋れない。アダムもシェイミーも顔が真っ赤のまま立ち尽くしている。けれど、このままでは卒業パーティーに遅刻してしまうのも事実だ。
アダムは心を落ち着けるように、目を瞑って数回深呼吸をしたあと、シェイミーをまっすぐに見た。
「シェイミー。実は昨日、ベリアル先輩に、シェイミーを誘う方法を教えてくれたんだ。お、俺は卒業パーティーで、シェイミー以外とパートナーになる気は全くないから。だからこんな日についカッコつけたくて、ベリアル先輩から借りた公爵家の馬車で迎えにきたんだ」
「え…うそ!そ、そんな事が…?」
「うん。だから、き、緊張するけど、言わせて欲しい」
そう言って、アダムはぎこちない動きで膝を立て、シェイミーに右手を差し伸べた。
「シェイミー・アルマ嬢。どうか俺とパートナーになって貴女をエスコートさせてくださいっ。俺がずっと支えますから」
「アダムくん…」
まるで王子様がお姫様に乞うような、御伽噺のような展開に、シェイミーは思わず息を呑む。けれどその一方で、アダムは差し伸べた手が小刻みに震えているのを感じて、羞恥で顔が熱くなった。
(だ、ダメだ!なんでこんなにカッコつかないんだ、俺!こんなんじゃカッコ悪いアダムくんで終わってしまう!でも緊張して手の震えが止まらない…。どうしよう…)
アダムとシェイミーの間に、ちょっとした沈黙が訪れる。これはもうダメだと、アダムが手を引っ込めようとしたその瞬間、シェイミーが咄嗟に、アダムの差し伸べた手にそっと自分の左手を重ねてきた。
「アダムくん。こんな私でよければ、エスコートしてくださいっ!」
「っ!」
まさかのお誘い成功に、アダムの目の前がキラキラと輝く。だが、ウサギの耳を少し垂らしたまま放ったシェイミーの言葉は、何だかネガティブで、悲しそうで…。アダムはすぐ、にシェイミーの言葉を訂正するように、言い聞かせた。
「シェイミー。『こんな』じゃないよ。シェイミーだからエスコートしたいんだ。だから、自分を卑下しないで?」
「あ…アダムくん…」
「でも、俺の手を取ってくれて嬉しい…。さて、もうすぐパーティーが始まる時間だね。行こうか」
「…うんっ!」
こうして、アダムとシェイミーはお互いの手を取り合って、公爵家の馬車へ向かって歩いていく。
そこには御者が馬車の扉を開けて、2人の事を笑顔で待ってくれていた。
「さて、乗り込もうか、シェイミー。この馬車はすごく乗り心地がいいんだよ?」
「そ、そうなの!?それは楽しみ!では失礼して…」
シェイミーはアダムにエスコートされながら、ゆっくりと馬車に乗る。けれど、一向に馬車に乗らないアダムに対して、入り口で首を傾げた。
「ん?アダムくん、乗らないの?」
「あ、ああ。でもちょっと待ってて」
実は、公爵家の馬車に着くまで、アダムはどうやって、もっとシェイミーの気を引けるか考えていた。
丁度アダムが持っているのはシェイミーの左手。この左手の薬指に口付けをしてプロポーズしたら、きっとシェイミーの顔が赤くなって、もっと自分の事を見てくれるだろう。
早速、アダムはゆっくりとシェイミーの左手を引っ張り、手の甲にチュッとキスをする。そしてそのまま、薬指の付け根にも少し長いキスを贈った。
「…ふー、これでよし。シェイミー、今は卒業パーティーの会場に行かないといけないから、すぐには話せないけど、会場に着いたらちゃんと告白するから待ってて。そして、プロポーズも…」
「は、はいぃ…」
いきなり告白に近い言葉をアダムにかけられて、シェイミーの顔がいつも以上に真っ赤に染まった。アダムの気持ちはこれで少しは伝わっただろう。
こうして、アダムはシェイミーと一緒に馬車に乗り込み、会場へと向かったのだった。
他の女性とは違う、不思議でとっても可愛い白ウサギのシェイミー。彼女が会場でどんな顔をしてくれるのか、今からすごく楽しみだ。
ここまでお読み頂き、ありがとうございました!
この話は、ムーンさんで完結していたシェイミーちゃんの連載小説を、アダムくん目線で書いたものになります。
ムーンさんでの話の内容は、こちらとは少し違いますが、もしご興味あるよって方はぜひ覗いてみて下さいね!(白ウサギちゃんで探すと、多分出てくると思います)
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