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死に花を願って  作者: とシ
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第1話

 聳え立つ木々が並び、真っ直ぐ伸びた道路がトンネルのように続く通学路。枝葉の隙間から日光が降り注ぎ幻想的な美しさを思わせる。優しく頬を撫でる木の下風を感じながら僕は義妹の綾瀬川花蓮と登校していた。


「奏多様…何か悩み事ですか?」


 そう言って眼鏡のずれを直す花蓮は綾瀬川家の使用人である。綾瀬川家の養子として引き取られ僕とは幼少の頃から生活を共にしている。ヨーロッパ系のクォーターである花蓮の瞳は淡い緑の澄んだ瞳、透き通るような白い肌に品のある顔立ちをしている。栗色の肩まで伸びた髪は艶があり歩を進める度にふわりと揺れフローラルな香りを振り撒く。


「悩み事というか、昨日委員長と話をしたんだ」

「それは珍しいですね」

「そう思うよねやっぱり」

「ええ。あの方はまるで教室の一部であるかの様に溶け込んでいますからね。いるのかどうか分からなくなる時があります」

「こーら。そういうこと言わない」


 ただ自分でもそう感じてしまう。姫乃はその場の空気に溶け込む様にただただ静かにそこに存在している。存在が希薄と言えばあの花、キスツス・アルヴィドゥスと似た存在なのかもしれない。まさかたった半日程で枯れてしまう花だとは思わなかった。僕はあの時姫乃からあの花について話をしたからこそ意識していたが、クラスメイトの何人があの花に意識を向けていただろうか。きっと、知らぬ間にその存在が消えていたことだろう。


「失礼しました。陰口はいけませんね」

「陰口か。実際どうなんだろうね…」

「何がですか?」

「今委員長の話をしているけど、多分昨日の一件がなければこんな話もしなかったなって思うとちょっと考えてしまうんだよ」

「…無関心の方が余程酷いということですか?」

「まあ、そうだね」


 好きでも嫌いでもない無関心。その存在を否定している様な扱いでは無いかと僕は思う。自分の人生の中で貴方は必要のない存在だと。姫乃がクラスの誰かとまともに話をしている所を見たことがなかった。それは姫乃にとってどういう解釈なのだろうかとも考えてしまう。


 姫乃にとっては誰も必要のない存在であった。


 そう考えてしまう。


「仲良くなりたいか…」

「奏多様は委員長にとって無関心ではいられなかったという事ですね」

「そうなるのかな」

「何かきっかけがあったのですか?」

「どうだろう…きっかけという程ではないけどあの時は花蓮がいなかったことくらいかな」

「…私ですか。多人数を相手にするのは気が引けたということでしょうか?」


 あの時、花蓮はお花を摘みに行って参りますと澄まし顔で席を外していた。使用人とは言え全ての行動を共にする訳ではない。花蓮の場合僕と同い年で男女ということもあり特定の授業であったり行事、ましてやお手洗いは当然別行動となる。普段であれば僕に直接話をさせまいとする花蓮。奏多様への言伝は全て私を通して下さい。そのスタンスを貫いていた。

 仮に僕が話かける側だったとしたら億劫だと感じてしまう。


「そうかもね。委員長が実際どう思っていたかは分からないけど仲良くしたいって意思は尊重したいかな」

「畏まりました。では私も委員長とは仲良くさせて頂きます」

「そこは僕に言わずに直接委員長に言ってあげて」


 ゆっくりとした足取りで学校へ向かう姫乃が少し前を歩いている。登校するにはまだ早い時間帯であると思うのだがこの歩く遅さを考えれば分からなくもない。


「おはよう。委員長」


 挨拶すると、首だけで振り返り姫乃は立ち止まった。僕だと気付いたのか笑顔を向けてくれる。


「あ、綾瀬川君。おはようございます」

「早いね」

「ええ、歩くの遅いので」


 不健康そうな見た目に反しないので「まあ、そうだね」と肯定してしまった。


「そう言えば、一つ言いたいことがあったのですが」

「ん? 何かな?」

「その委員長って呼ぶの少し嫌です」

「ああね」


 言われてみれば失礼であったかもしれない。名前ではなく役職呼びは壁を感じる呼び方だった。


「じゃー…聖堂院さん?」

「苗字は余り好きではありません」

「なるほど、姫乃さんか」

「そうですね。いいかもしれません」

「なんだか煮え切らない感じするけど?」

「出来れば…呼び捨てがいいかなって思いまして」


 思いの外積極的ではないか。考えてみれば義妹の花蓮以外に対して呼び捨てで呼称している相手はいないかもしれない。


「少し気恥ずかしいね」

「では私も綾瀬川君のことを奏多と呼ばせてもらいますので…」


 恥ずかしそうにしているが血色が良くない為か姫乃の顔は青白さの方が勝っていた。


「そっか…姫乃か」

「はい。それがいいですね奏多」


 名前を呼ばれて心臓が少し跳ね、思わず口角が上がり照れ臭さを隠し切れなかった。


「…あの青春よろしくやっているところ申し訳ないんですが、少し急ぎたいのですが」

「青春よろしくって…」


 背後に立つ花蓮の言葉を否定しきれず苦笑で返す。


「あ、ごめんなさい。何か用事があったのですか?」

「ええ、ですので私と奏多様はお先に失礼します」


 歩調を早めると姫乃の姿はすぐに見えなくなった。木々のトンネルを抜けた先に私立綾瀬川高等学校の校舎が見える。校舎の屋上に設置された大きな鐘が特徴以外は至って一般的な作りではあるがそこは学校名にある綾瀬川の名の通り綾瀬川家が運営する学校である。

 しんとした昇降口に二つの靴音が響いた。時刻は7時30分。早い登校は僕ら義兄妹のルーティンとなっているが他の生徒は誰もいない。下駄箱から上履きを取り出し外靴を仕舞い上履きを履いた。廊下と上履きの底が擦れる独特な甲高い音を鳴らしながら教室に向かう。階段を三階分上り昇降口とは逆側にある1年5組の教室に入り各々自分の席に荷物を置いた。僕と花蓮は左側の一番前の席の隣同士となっている。名前順の出席番号となっていてあ行の生徒が他にいないため必然的に一番と二番と連なっていた。


「それでは奏多様、御手を…」


 椅子に腰を掛けて僕は花蓮に手を差し出す。素早く爪切りと鑢、ティッシュペーパーを机に並べ花蓮は差し出された僕の手を取り爪の手入れを始める。


「奏多様の御手は本当に綺麗です」

「花蓮が常に手入れしてくれているからね。そういう花蓮も綺麗な手をしてると思うぞ」

「それは…奏多様の隣にいる女性として相応しい姿であることは義務のようなものですので」

「僕はそんな大層な人間じゃないと思うのだが…」

「奏多様…」

「はい?」

「こういったものは自分がどう思うかよりも相手がどう思っているかのほうが重要な話です。奏多様にとって自分のことが特別ではないのは当然の感覚ですが、私にとってはこの上なく特別です」

「な、なるほど」


 自分のことを特別だなんて思ったことない。とは言えない。学校の経営、使用人の存在、この二つだけでも特別を謳える程だろう。ましてや朝早くに登校してかわいい義妹の使用人に爪の手入れをして貰っている。誰が見ても異常な光景だろう。いつの間にか席に着いていた姫乃は無言ではあったが侮蔑な視線を向けているような気がする。声をかけずにいるのは単純に気まずいからだと思えた。

 爪の手入れが終わり、手にローズの香りのしたハンドクリームを塗られた頃にはクラスメイトが続々と席に着き始め視線が集まると共に「ハンドクリームくらい自分で塗れよ」などと誰かが呟いていた。

 御もっともである。


「煩い有象無象が集まってきましたね」


 そして花蓮は誰も寄せ付けない雰囲気を放つ。花蓮曰く「奏多様に相応しくない人間は寄せ付けません」それが原因だろう。花蓮から見た自分に対しての評価が如何ほどの物かは知らないが、間違いなく言えることは今のクラスメイトは花蓮のお眼鏡に適うことはなかったようだ。お高く留まったセレブ野郎。これがクラスでの僕の評価であった。

 姫乃が花蓮の不在を狙って話しかけてきたのも頷ける。

 そういえばと思い出す。花蓮は登校時に姫乃と仲良くしますと宣言していたがそのような気配は今日一日なかった。姫乃自身も話しかけてくることはなく、僕自身の心境の変化くらいが今日の変化と言えるかもしれない。仲良くするとは具体的に何をするものなのか、姫乃はいつもと変わらず教室の一部のように溶け込んでいるし、花蓮は宣言だけで何もしないし、いろんなことを考えて授業に集中出来なかった。


「アイスが食べたいな」


 夕食を終えさっぱりした物を食べたいと思い呟くと花蓮が「すぐに買ってきます」と買い物に出かけた。正直、アイスなんかどうでも良かった。花蓮の作る料理は非常に美味で十分に満足していた。だけど、気まぐれに言ってしまった。


 その所為で。僕の所為で。


 花蓮は意識不明の重体で病院に搬送された。

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