#92 死掴の洞窟烏賊その二十二
面と向かって構えてみると、更に異質な何かを感じる。
初めて見る魔物だからいうのもあるが、それだけでここまでの違和感があるのだろうか。何か他の魔物とは何かが違うような。
「・・・・・・・」
「・・なんか喋んねぇのか・・・?」
この終始貫いている無言も違和感の一つだ。これまでの奴らは何かしら鳴き声やらを発しており、このような、声どころか呼吸音の一切もしない奴は初めてだ。というより、こいつは生物なんだろうか?そのような疑問さえ浮かんでくる。
「・・・ならこっちから行かせてもらう!!!」
埒が明かないと感じた俺は、魚人に向かって勢いよくスタートを切る。
まず手始めにフェイントも何もかけずに真正面からの右ストレートを叩きこむ。だが魚人はそれを片手で、しかも足を一歩も動かさずに軽々と受け止める。
(こいつ・・やっぱり何か違う・・・!)
小手調べとはいえ、割と『身体強化』の出力は上げていたはずなのだが、まるでキャッチボールの玉を捕るように軽々と。まるで先ほどまで群れていた何百もの魔物がまるで前座でしかないような。
「ならこれなら・・・!!」
小手調べという考えを即座に捨て、今度は手加減なしで連撃を放つ。大ぶりなものではなく、細かい打撃を隙を与えることなく打ち込む。だがそれでも、その掌のガードを破ることができない。様々な角度、様々な箇所にめがけて攻撃を行っているのだが、それらも難なくといった様子で受け止められてしまう。
違和感で頭がいっぱいになった俺は、一度バックステップで魚人から距離を取る。この世界でここまで敵に対して困惑したことなど初めてだ。
(さっきから何なんだ・・?俺の攻撃を全部受けきりやがった・・・それに加えて全く攻撃もしてこない・・・ただ受け止めているだけ・・・)
これは決してうぬぼれではないが、俺もこの世界に来ての一か月間でかなり成長したと思う。Sランク級の魔法士に獣人の化け物、そして引くほどデカいイカ。相手が悉く悪すぎるせいで自分でも霞んで見えるが、以前よりもそれなりに動けるようにはなった。
だがそれでもこの魚人に一撃も入れることができていない。だがしかし、負ける気もあまりしていないのだ。普通これだけ決まらないのであれば、少しくらいは敗北のイメージが湧くものなのだろうが、それが一切ない。だがこれは決して傲慢ではない。であれば、錯覚なのだろうか?
「・・・・・・・」
「闇丸じゃねぇんだから、ちょっとくらい喋ったらどうなんだよ?」
なんだ?エンゲージフィールドは強い人外は皆黙らなきゃいけないルールでもあるのだろうか?攻撃を仕掛けてもその後構え直すだけで、こちらに向かってくる気配も・・・
「って、急すぎねぇかそれは!?」
突如としてこちらに向かってきた魚人。初手は左のアッパー、そして右のフック。動きからして戦い慣れているこいつの攻撃になんとか反応が追い付き、それらの回避に成功。だが向こうの攻撃は流石にまだ終わらない。
「グッ・・・」
身をのけ反ってフックを避けた直後、すかさずとび膝蹴りを腹にクリティカルヒットさせられ、そのまま魚人は空中で回し蹴りを食らわせ、俺は側方へと蹴り飛ばされた。
あそこから回れるとは、滞空時間が常識から外れている。一体どんな感じで飛び上がればああなるのだろうか?とはいっても、そんなことを考える余裕はなさそうだ。
魚人は更にこちらへ先ほどまでのお返しと言わんばかりの連撃を叩き返してくる。クルーシュスほどではないがスピードもかなりのもので、まるで海中を泳ぐサメのように必死に食らいついてくる。
「・・・・・・・」
「・・・ッ!!オラァッ!!」
それらを躱し、食らい、いなし、そしてまた食らう。流石に全てにはまだ対応できないが、見えないことはない。だが、先程の俺の攻撃とは違い、こちらはいろんな方向から攻撃を仕掛けてくる。しかもフェイント付きで。それは本当にどこで習得したのかと聞きたくなるほどのもので、ここを突破するのは思ったより骨が折れそうだ・・・
「・・・・・なんて、言うとでも思ったか?魚野郎。」
「・・・・・・・」
ここまで散々いろいろ言ったが、はっきり言おう。今の俺にこいつに構っている時間などない。
こいつは確かに強い。この洞窟の中では。だが洞窟での常識など、洞窟以外では通用しない。
先ほど述べたように、こいつはスピードに関してはクルーシュスに劣る。ならばパワーは?攻撃を当てた時の手ごたえは?ここまでで受けたダメージは?クルーシュスに勝っているものがあるか?答えは、ノーだ。
ならば、そう感じたのであれば、とっとと片づけてしまおう。それが俺の出した結論だった。
こんな魚人程度に手こずっていては、あいつに勝つことは出来ないだろう。俺はあいつを、アリンテルドを訳の分からない理由で滅茶苦茶にしやがったあいつを許すつもりはない。といった感じで、あいつは俺の脳内にある『将来ぶん殴るリスト』にアルデンと共にリストアップされている。
「強キャラ感出てたけどな・・・相手が悪かったな。」
俺は自身の闘気を足に集約させる。そして、そのまま馴染ませていくイメージ・・・更にそこから『身体強化』の出力も上昇させていく。
「こっからは・・・お前の数倍速いぞ。」
俺は地面を蹴り、一旦奴から再び距離を取った。離れた距離は五十メートル。かかった時間は・・・一瞬にも満たない。
「『闘気加速・走』・・・!」
脳内イメージに頼りながら、俺は自分自身の速度になんとかついていく。無理矢理体に慣れさせながら魚人に向かって飛び蹴りを放ち、やられた分吹き飛ばし返してやった。
「・・・・・!」
「おっ、ちょっと顔が変わりやがったな?」
魚人の顔が少し強張ったのを見て、俺はニヤリと笑う。
この突然の速度変化には、流石のエリートバトルフィッシュ様もついてこれていないようだ。
だが奴もこんなものではない。その速さにさえも追いつく勢いで俺へと向かって突き進んでくる。その威圧感はまるで、血の匂いを嗅ぎつけたホホジロザメのよう。
向こうも己の優位を保たんと、果敢に攻撃を続ける。だが速度が増したことで、俺の秒間の手数はさっきまでの数倍だ。打ち合いにもつれ込んでも、なんとか押し込める。
「・・・!」
押し切られた魚人は態勢を崩すが、即構え直す。しかしそれすらもう遅い。
「せいっ!!!」
俺は構えのポーズの腕と腕の間に右拳をねじ込み、奴の胸骨めがけて思いっきり打ち込んだ。結果その一撃はクリーンヒット。確実な手ごたえを感じ、魚人の方も少しよろけており、効いていることは明らかだ。このまま一気に決める・・・!
集めていた闘気を足から脹脛まで伝わせ、更に馴染ませていく。いい感じに練られた闘気を感じ取ると、その間にも魚人は全力でこちらへ襲い掛かってきている。
だが、それも束の間。魚人の視界から突然俺の姿が消える。
俺が行った行動は、壁に向かっての単なる跳躍。だが、その高さは通常の『身体強化』百パーセントよりもおそらく上である。地面を蹴ることだけに集中した、飛び跳ねるためだけの技。それはさながらバッタのような圧倒的跳躍力。名付けて『闘気飛蝗跳躍』とでも言おう。
闘気は攻撃手段だけではなく、他の用途でも様々な使用方法がある。それが分かっただけでも、この戦いにはきっと意味があったのではないだろうか。
「まぁ、礼は言っとくよ。名も知らぬ魚人よ。」
「・・・・・!!」
俺は再び『闘気飛蝗跳躍』にて壁を蹴り、超スピードで魚人へと急接近する。魚人がそれに気づいたころには、俺はすでに目と鼻の先。そしてそのまま、拳にありったけの闘気を込めて顔面に叩きこみ、魚人の首から上を消し飛ばした。
結局明かされなかった魚人の情報
魔拳人頭
・身体は人間、腕と背中に硬質化したを有しており、武器を持った相手にはその鰭で対応する。しかし、メインは拳での戦闘スタイルであり、洞窟内では己を鍛えるために日々強敵を求め彷徨っている。
・首元にエラが存在し、そこから酸素を取り込んでいる。
・同じ種族の中でも頭部が魚の個体も存在し、それらは魔拳魚頭と呼ばれている。
・身長は約百七十センチ。体重約三百キロ。
・タクのせいで霞んで見えるが、その実力は洞窟の種族の中でも五本の指に入る。