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異世界武闘譚~英雄の雛の格闘冒険録~  作者: 瀧原リュウ
第三章 ビギニング・ジャーニー
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#87 死掴の洞窟烏賊その十七

「・・・・・・・」


 その次の日。キキョウはムラメを抱きかかえ、ずっと居住エリア内の岩に腰掛けていた。ただ悔やみ、ただ悲しみ、ただ何も考えずに。

 あの後、絶叫した自分はそのまま気絶してしまっていたらしく、居住エリアの人たちがここまで運んでくれたらしい。

 一体、何が正解だったんだろうか。あのまま残っていたとしても、おそらく足手纏いとなり、全員あの場でお陀仏だったろう。

 全員で逃げたとしても、誰かは確実に触手の餌食にされただろう。いい案なんて今になっても分からない。

 急に強くなったことで天狗になっていなければ、甘い覚悟でここに来なければ、アマテラスに残っていたならば、魔法の普及など考えていなければ。そういった様々な思考がキキョウの中を巡る。

 後を追わずに済んでいるのは、ムラメの存在のおかげである。守るべき家族がまだいるからこそ、今一歩手前で踏みとどまることができている。

 もしもムラメがいなければ、もしかしたら、いや、もしかしなくとも・・・・・


「・・・・・ムラメ。昨日のあの場所に少し行ってくる。長老の間で待っていてくれ。」

「あうー」


 


 キキョウはムラメを連れて長老の間へと向かい、覇気の全く籠っていない声で目的を話す。


「ムラメを少しの間預かるのは構わんが・・・お前さん、何を考えとる・・・?」

「・・・分かりません。でも、行かなくちゃいけないって思ったんです。お願いします・・行かせて「ください。」

「・・・いいじゃろう・・だが、娘を置いてお前までいなくなるなよ。」

「・・・はい。そんなことは絶対にしません。」


 ムラメは絶対に立派に育てて見せる。それが、今できるユカリへの精いっぱいの償い、そして、今後の自分が生きる目的なのだから。

 そして、昨日起こった惨劇の現場にキキョウは戻って来た。

 足場の石はさらに崩壊を進めており、非常に危険な状態だ。だが、そんな中でも、唯一地面が平らな状態で残っている場所が、この空間の中心部に存在する。

 それこそ、昨日自分たちが立っていた場所。ユカリが命を賭して自分たちを活かしてくれた場所。

 キキョウはその場所へと吸い込まれるように歩いて進む。今回はゆっくりと、俊敏さなどかけらもない速度で。ただのっそのっそと。

 その足場をただ見つめながら、今歩いている地面の状態など何も確認していなかったため、途中何度も躓いて転んだ。だがそんなことは気にならない。キキョウはただ、今は早くあの場所へと行きたい。そんなことだけを考え進んでいた。


「・・・ユカリ・・・・・」


 足場へとたどり着いたキキョウの脳裏に浮かぶのは、ユカリの優しい笑顔。それはどんな光よりも眩しく、どんな花よりも美しく、どんな物よりも心を温めてくれた自分の妻の姿。

 出会ってからこれまで、数えきれないほどの迷惑をかけたことだろう。その恩返しもまだ何も出来ていないというのに、彼女は急に遠い所へと言ってしまった。


「・・・ユカリは私なんかよりもずっと強いんだ・・・きっと今も、グラーケンに抗い続けているのかもしれない・・・」


 仮にもしそうだとしても、今のキキョウには何をすることもできない。そのもどかしさ、情けなさが、キキョウを更に追い詰める。


「ユカリ・・・いつもみたいに・・返事をしてくれないか・・・!頼むよ・・・!」


 彼の目からはすでに涙が溢れてしまっていた。精神的にも、もう限界などとうに超えていた。キキョウは膝をつき、天を仰ぐ。

 目に映るのは、岩の天井のみ。これからも変わることのない光景だった。

 そんなとき、キキョウから音が鳴る。空腹による腹の音だ。彼はそんな何気ない音に、今は酷い苛立ちを覚えた。

 全く空気の読めない場違いな音は、あまりにも耳障りで、それは己への怒りを増幅させるのみであった。

 そんな中、キキョウが次に脳裏に描いたものは、いつの日かの屋台を引く男性。


「・・・・・今頃になって、あれが無性に食べたい・・・」


 洞窟(ここ)に来てから、キキョウはあらゆるものを手に入れたが、その代償として、それ以外の全てを失った。

 それは最終的には自分で決めたことであり、全ての非は自分にある。その上、自分の家族すら巻き込んでしまったのだから。


「・・・ごめん・・二人とも・・・私のせいだ・・・!!!」


 キキョウは泣いた。年甲斐もなく、声を上げて。

 それを聞いている者は、今この世界には存在しない。彼は思う存分に泣き叫んだ。

 そうしてしばらくたった後、ふと顔を上げる。そしてそこには、今まで気づきもしなかった、今まで見たことのない小さな箱の存在があった。


「・・・なんだ・・これ・・・」


 箱に近づき、それを手に取ってみると、中に何やら入っていることに気づく。

 蓋を開けてみると、中に入っていたのは、銀色のフレームの眼鏡。そして、一通の手紙。




 愛しの旦那様へ

 お誕生日おめでとう。

 贈り物は何がいいかをムラメとずっと考えてたんだけど、結局何も思いつきませんでした。というより、ムラメが可愛すぎて考える余裕がありませんでした。

 貴方はいつも仕事と勉強に熱心だし、それ以外も私たちのためにいつも動いてくれるから、それら以外に何が好きなのか、私もよく分かっていません。少しは息抜きもしてくださいね?

 さて、そんなことを考えながらこの文章を書いていますが、あなたの事だから、結局仕事で使える物が良いんじゃないかと思ったわけです。

 眼鏡なら、目の疲れも軽減してくれるし、あなたにとても似合うんじゃないかって。

 是非是非これを読んだ後にそれをかけて、私とムラメに見せに来てください。これでも、結構楽しみにしてます。

 貴方の魔法は、きっとアマテラスをいい方向に導くと思います。だから、自分の信じた道を、これからも変わることなく、そして迷わずに進んでください。

 ムラメと二人で、これからもずっと応援しています。頑張ってね。

 貴方の愛しの妻と娘より




「うっ・・・グッ・・・うぅぅっ・・・!」


 それは、ユカリが最後の最後でそこに置いた、キキョウへの誕生日プレゼントだった。

 キキョウは思い出した。今日が、自分の誕生日なのだと。

 今日が誕生日であったのは偶然だが、ユカリは密かに、自分のために用意してくれていたのだ。この心のこもった手紙と、この眼鏡を。

 キキョウはそれをかける。ただ一人、誰もいない洞窟で。

 キキョウは見る。ユカリの連れ去られた方向、先の見えない暗闇を。

 キキョウは哀れな希望を持つ。ユカリはまだ生きているかもしれないと。


「・・・あの場で握り潰されたのなら、きっと血の跡が少なからずここに残っているはずだ。」


 だがそれはこの場所には見当たらない。そして、ユカリの死に様も、死体も、キキョウは目にしていない。生存の可能性は限りなくゼロだが、完全にゼロではない。

 ユカリの思いに、キキョウは今度こそ腹を括った。


「待っていろグラーケン・・・貴様はこの私が、絶対に殺す・・・!!」


 もう意思は揺るがない。来たるその日のために、キキョウは強くなることを誓った。

 そして七年後、英雄の雛一行と共に、その悲願を果たすべく名乗りを上げたのだ。

かなり長くなりましたが、これにてキキョウの回想はひとまず終了です。

次回からは本格的にグラーケン討伐に向かって進んでいく・・・はずです!


もしよければ、評価等もしていただけたら嬉しいです。異世界武闘譚はまだまだ続くので、ぜひよろしくお願いします!

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