表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界武闘譚~英雄の雛の格闘冒険録~  作者: 瀧原リュウ
第三章 ビギニング・ジャーニー
87/189

#86 死掴の洞窟烏賊その十六

昨日投稿した#85が#84になっており、#84が二つ重なっていたのを今日発見しました・・・すみません・・・

 頭が真っ白になり、思考も停止する。

 本当に。本当に突然出現したそれは、体長が目視では分からない程の巨躯。感じるオーラは、海のような、大地のような。ともかく、スケールが段違いどころでは済まない。

 距離は離れているはずなのに、なぜか奴がものすごく近くにいるような感覚。いや、錯覚が襲ってくる。

 黄金の目玉がこちらを見た、気がした。大きすぎてもはや何を見ているのかは分からない。だがもしこの怪物が自分を見ているのなら、まるで蛇に睨まれた蛙のように見えただろう。


「いかん・・どうにかして居住エリアに戻らねば・・・!」

「あ・・あ・・・・・」

「キキョウ!!しっかりせぇ!!今お前は娘を抱えとるんじゃぞ!!!」

「ッ・・!!・・・すみません・・・!」


 そうだ。今自分は一人ではない。守らなければならない者たちがいるのだ。ここで固まっていては、今までと同じではないか。

 覚悟を決めろ。今までのような薄っぺらいものではなく、本当の意味での覚悟を。そうキキョウは自分に言い聞かせ、己を鼓舞する。

 だがしかし、状況はあまり良いものではない。衝撃で崩れた足場はさながら上流の川辺よりも移動が困難な物になっていた。

 居住エリアからはかなり離れているし、そこに繋がるまでの通路まではかなりの距離がある。かなり厳しいが、逆に言えば、あそこまで行けば何とかなる。


「奴の猛攻の中、あそこまでこの老体がもつかどうか・・・」

「猛・・攻・・・?」

「・・・来るぞ!」


 ユカリが長老にそう問うが、時間はそれを許してはくれなかった。

 突如岩から飛び出してくる巨大な触手。初手は四本同時に現れた。

 しばらくそれを見せびらかすかのようにうねらせていたグラーケンだったが、ついに攻撃に入った。

 それらの触手はキキョウたちに一気に襲い掛かり、その命を刈り取らんとする。

 予想外の速さに、キキョウはまたしても反応が遅れる。だが、隣にいるユカリは、先ほどまでの間にも集中力を高めており、すぐさまその攻撃に対応する。


「ッ・・・!『鈍速黒壁(ダーク・スロウ)』!!!」


 頭上で四人を覆う闇の壁は、触手のスピードを急激に落とし、それはあたかも停止したかのような速度で動き続けているが、それらが彼らに届くことは無かった。


「ありがとうユカリ!助かったよ!」

「えぇ・・・けど・・流石にちょっとキツいわね・・・!

 ユカリの『鈍速黒壁(ダーク・スロウ)』は以前にキキョウも目にしたことはあった。だが、記憶の中のそれとはかなりかけ離れていた。

 目の前を包み込む闇は以前よりも濃く、壁の面積も以前とは比べ物にならない程に広がっている。

 精霊の加護の恩恵というものはやはり凄まじく、そしてとても心強い。

 だが、そうは言ってもまだ加護を受けてから数日。その力に慣れているわけでもなければ、最大限発揮できているわけでもない。この攻撃に対応して見せたユカリは大したものだが、それでもこの状態を維持するのは無理があった。


「私が食い止めてるから・・・!あなたはムラメと長老を連れて先に離脱して!!」

「・・ッでもユカリ!君は・・・!」

「発動している間は、私は動けない・・・大丈夫よ。さっきみたいに全力疾走でそっちに行くから。」


 ユカリはキキョウに、そう笑って言ってのけた。屈託のない、満面の笑みで。


「さぁ、行って!!」

「・・・クッ・・長老!!急ぎましょう!!走るのが無理そうなら、私の背中にしがみついててください!!!」

「う・・うむ・・頼む・・・!」


 キキョウはムラメを抱きかかえながら、長老も背中に乗せて足場の安定しない道なき道を急いで進む。居住エリアへ続く道へと向かって。

 彼はなんとなく分かった。分かってしまった。ユカリが今無茶をしていることを。


(すまないユカリ・・・長老とムラメを安全な場所に送ったら、すぐに戻る・・・!!)

「うおおおおおお!!!!!」


 キキョウはその時、『強制覚醒』を再び発動させる。そして全神経を研ぎ澄ませ、足場の状態を読み取り、確実に一歩一歩踏み蹴る。

 『走る』というよりかは『飛び跳ねる』に近い動きでその場から全力で離れていくキキョウを見ながら、ユカリは今もなお触手を抑え続ける。

 今の時点で触手は四本から六本へと増えており、グラーケンは全力でユカリを倒さんと自身の触手をしならせた反動すら利用して着実に攻撃を加速させている。


(・・・正直・・かなり厳しいかな・・・()()・・渡しそびれちゃうかも。)

「はああああっ!!!」


 だがユカリは抵抗を諦めず、正面切って触手を迎え撃つ。

 キキョウが道に辿り着くまであと五割。あと半分粘ってしまえば、ユカリの中では条件達成である。

 キキョウは振り返らず、ただまっすぐ走った。生まれた新たな命と、手を差し伸べてくれた恩人の命を守るために。そしていち早く妻を助けるために。

 触手の七本目が『鈍速黒壁(ダーク・スロウ)』へと飛び込んだ。

 

「ぐぅぅ・・・っ・・・!なんのぉぉぉ!!!」


 ユカリはそれでも維持を見せる。相手の速度を奪うだけの能力しか持たないその壁で、七本の、一本だけでも視界を埋めんとするその触手を跳ね返さんとまでしていた。

 キキョウが道に辿り着くまであと三割。キキョウは想像してしまった。最悪の未来を。


(大丈夫・・・!私の妻は、世界で一番強い人だ!!!)


 ただキキョウは信じ続けるしかない。この永遠(とわ)にも感じる数分間、数秒間の中で。

 残り二割。八本目の触手は、『鈍速黒壁(ダーク・スロウ)』を貫かんとせず、ユカリの側方から回り込んだ。


「っ・・!!しまっ・・!?」


 ユカリの『鈍速黒壁(ダーク・スロウ)』は、彼女から見て前方の斜め上一面。グラーケンの視界を切るかのように展開されていた。それ故に、側方、下方からの不意打ちに対応できなかった。

 今思えば、詰めが甘かった。そういわざるを得なかった。自分を守るように全方位に展開していれば、この攻撃にも対応できたはずだった。しかし、今の彼女に、それは出来なかった。

 あと一年、いや半年。魔法の訓練を続けていたのならば可能であったかもしれない。最悪との遭遇が、あまりにも早すぎた。


「ぐあぁぁぁっ・・・!」


 八本目の触手はユカリに巻き付き、その動きを封じた。次第に『鈍速黒壁(ダーク・スロウ)』は制御を失い、壁はみるみるうちに崩壊していく。それが意味することは何か。そんなことはもう言わずとも分かる。


 (最期に・・・・・せめて・・()()だけは・・・!!!)


 ユカリは懐から、小さな箱を取り出し、その場に捨てた。

 それは、アマテラスを発った際に、我が家からなんとか持ってくることができた物。

 それをユカリは今この瞬間まで、片時も離さずに持っていた。来たるその日のために。

 残り一割、道はすぐそこに迫っていた。

 キキョウはそのまま全力で進む。ただひたすらに全力で。

 

(もうすぐだ・・!!なんとか耐えてくれユカリ・・・!!)


「長老!!道まで着いたら、ムラメを一旦お願いします!!私はすぐに戻って、ユカリを連れてもう一度戻ります!!!」

「・・・・・・・」


 何故か、長老からは一切返事が返ってこなかった。何故だろうか。長老の身体が震えているような。いや、きっと足場が悪いから、着地した時の微細な振動が大きくなって伝わっているだけだ。

 ムラメはさっきからとても静かだ。ふとちらっと顔を見てみると、なんと起きているではないか。だがなぜだろう。何かを察したかのような表情だ。きっとあまりにも怖くて、逆に涙が引っ込んでしまったのだろう。あとでユカリと一緒に謝らないとな。


 残り、ゼロ割。道へとたどり着いた。


「すまないユカリ!!今そっち・・・に・・・・・」


 今、目の前に映っているのは何だ?

 そうだ。幻覚か。パニック状態で幻覚を見てしまっているんだ。

 ユカリのいた場所で、八本の触手が何かを包み込んでいるようだ。

 奥の黄金の目玉は、何やらうごめいており、そのままの状態で触手を自身の方へと持っていく。つまり、キキョウから遠ざかっていく。

 嘘だ。嘘だ嘘だ噓だ噓だ噓噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だだ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ。


「うわぁぁぁ!!!!!ユカリぃぃぃぃぃ!!!!!!!」

「うぅ・・・!クッ・・・!」


 その日、グラーケンは突如として現れ、そして彼の大切なものを容赦なく奪っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ