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異世界武闘譚~英雄の雛の格闘冒険録~  作者: 瀧原リュウ
第三章 ビギニング・ジャーニー
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#84 死掴の洞窟烏賊その十四

「・・とても綺麗な場所・・・」

「そうじゃろう・・その感動は、これからも大切にした方がよいぞ・・・なんせこの洞窟は変化がないからのぉ・・・」


 その後すぐに長老に案内され、何やら不思議な雰囲気の場所に辿り着いた。

 今までとは違う淡い紫色の光に包まれた空間。他の場所と比べても広さはあまり感じない。その真ん中には泉のようなものが湧き出ており、突然のワープ直後での幻想的なその場所は、死後の世界のようにも感じられる。


「長老様・・ここは・・・?」

「様なんぞつけんでもえぇ・・・ここはこの地の精霊が住まう泉。加護を授かる儀式を行う場所・・泉の近くで祈りを捧げれば、必ず精霊は応えてくれるじゃろう・・・」

「・・・・・」

「すぅっ・・すぅぅ・・・」


 その一瞬。辺りを静寂が包み込む。耳で感じ取れる音は、湧き出る水の音と、ムラメの寝息のみ。

 後戻りするつもりは毛頭ない。だが、どうしても躊躇いを完全に消し去ることは出来なかった。

 精霊の加護をこのまま受けることには変わりはないし、それ以外にもう選択肢は残されていない。それでも、これまでの全てが消えてしまう。いや、もうそんなものは手元には無い。だがしかし・・・


「全く・・・我ながら優柔不断だな・・・」


 覚悟がなんだのいろいろ言っているが、結局最後は自分に甘い。キキョウは自虐的な苦笑いを浮かべた。

 人間、今まで大切にしてきたものというのは、何かと捨てられないものだ。たとえそれがあっても一切使わないようなものであったとしても、思い出という名のフィルターの前ではどうすることもできないことも珍しくない。


「あなた・・・」

「・・・いや・・迷わず進むと決めたんだ・・・!」

「・・ふふっ。そんな顔されたら、私も覚悟を決めなきゃね・・・・・ムラメ・・ごめんなさいね・・・私たちに巻き込んじゃって・・・」

「っ・・・」


 ユカリはムラメを抱きしめる力を少し強め、ムラメに泣きながら謝る。キキョウはただ、その光景を見ることしかできなかった。

 そして誓う。残りの人生(じかん)を全て使ってムラメを、そしてユカリの人生に、必ず悔いを残させないことを。


「思いは固まったのかい・・・?」

「・・・はい。」

「うむ・・では祈りを・・・心からの祈りを送りなさい・・・赤子の分までな・・・」

「えぇ・・分かりました・・・」


 二人はゆっくりと泉へと近づく。

 周囲の光を反射し、紫色に光る水面は、湧き出る水を中心として、小さな波紋を生み続けている。

 ここから。この場所から自分たちの体に変化が起こる・・・いや、生まれ変わると表現した方が正しいのだろうか。

 ツテコの話では、水も食料も必要のない肉体となるそうだが、それはもはや人間、いや、生物と呼べるのだろうか・・・

 

「・・・・・ままよっ・・・!この地、アンダーグラウンドの精霊よ、どうか我々の移住をお許しください・・・!」


 覚悟は何回も決めたのだ。迷っていてはそれはただの(いたち)ごっこだ。とうとう意を決した二人は、泉に向かい祈りを捧げる。

 目を瞑り、祈りの構えを取る。ユカリはムラメを抱えながらも心の中で祈る。


「そうじゃ・・・そのまま・・・・・来るぞ・・・」


 何が来るのかと聞き返したくなったが、キキョウは言われた通りそのまま祈りを続ける。

 その時、泉の中心で何かが生まれ始めた。

 水面で反射された光を一点に集め、光の球体が形成される。球体は次第に大きくなっていき、直径一メートルほどにまで巨大化した。

 その後、それらは分離。三つの球体が浮かんでいる状態となった。


「何じゃと・・・!?上位精霊が二体同時に・・・!?それに・・・なんじゃ・・?真ん中の・・・上位精霊(それ)よりも大きな力を秘めておる・・・あれは・・・!?」


 三つの球体は、キキョウたちの前で横一列に並んでいる。両端が同じ大きさ。そして真ん中のそれは、その二つの球体と比べてもかなりのサイズのものであった。それがどのようなものであるのか、それはキキョウたちには分からなかったが、長老はこのサイズ、これだけの力を有する精霊を、自分がここにいる数十年の間、()()()見たことがなかった。


「上位以上・・・まさか・・・いや、そんなはずはなかろうて・・・最上位の精霊が自ら・・・!?」


 驚愕に驚愕を重ねた長老は、何週も回って冷静さを取り戻す。まだ三人の儀式は終わっていないのだから。

 そして長老の疑問も、次のフェーズへと移行する。


(・・・あれがもしも本当に最上位の精霊じゃとしたら・・・一体・・・この三人の誰に・・・?)


(お願いします・・・)

(お願いします・・・)

((どうか・・・ムラメにせめてもの幸せを・・・!))


 二人が精霊の泉に向かい願ったのは、二人の元に生まれてきてくれた娘の今後の人生を、良いものにしてほしいというものだった。

 魔法禁制のアマテラスで、危険を承知で魔法を広めようとした。不本意とはいえ、二人は国内では立派な罪を犯している。

 だが、ムラメはその件に関しては全く関係ないのだ。

 何の罪もない小さな命を、自分たちのせいで普通に生きる事さえ出来なくなってしまった。幸せを願ったとしても、この先待っているのは太陽を拝むことのない日々。普通に考えても、許されるべきではないことをしてしまったという自覚が二人の中にはあった。

 だから、せめて願った。ないものねだりだとしても、不甲斐なくても。心からの懺悔と、娘の幸せを渇望した。

 願いが精霊に届いたのかどうかは分からない。だが、きっとその気持ちは伝わったことだろう。

 キキョウたち見て右側の球体が、少しずつ分解を始める。そして粒子となったそれらは、キキョウの体の中へと入っていく。

 目を瞑っていても分かる。包まれるような、満たされるような感覚。自分の中に溶け込んでいき、そして一つになるような。

 正直言って疲労困憊であったキキョウの体がみるみる癒されていき、それは活力がみなぎったような現象を突然引き起こした。

 次に、左側の球体が、ユカリの中へと向かう。

 精霊とユカリは波長が合うようで、ユカリの身体はそれをすんなりと受け入れる。

 力が何倍にも膨れ上がり、今にも爆発しそうな、このようにやる気が満ち溢れるような感覚は、ユカリは相当久しぶりのように思えた。

 そして最後、中心の大きな球体。最上位精霊のそれは、ムラメの小さな体へと凄まじいスピードで吸収されていく。

 全ての力がムラメに注がれた瞬間。それに連動するかのようにムラメが目を覚ます・・・


「「!?」」


 すでに目を開けていた二人は、ムラメを見て大いに驚愕する。

 洞窟居住民(アンダーグラウンダー)になった影響なのだろうか、はたまた別の要因か。その瞳は磨かれたアメジストのような美しい紫色へと変化していた。


「・・・そうか・・・その子が選ばれたか・・・」


 二人が驚いている間、長老はそれをじっと見つめながら、何やら感慨深そうに頷いていた。

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