#83 死掴の洞窟烏賊その十三
「うぅ・・こ・・ここは・・・?」
「うーん・・・」
「ッ!?ユカリ!ムラメ!大丈夫か!?」
「・・えぇ・・・特に問題はないみたい・・・ムラメも・・って、また寝ちゃってる!?」
「すぅぅ・・すぅっ・・・」
あれからどれ程の時間が経ったのだろうか。硬い地面の上で起き上がると、そこは先ほどとは別世界ともいえる空間。もはや外でもなかった。
辺り一面が岩で覆われており、所々に紫色に輝く物も見受けられるものの。それ以外はこれといった特徴も見当たらないような場所。もちろん日の光も無く、辺りには洞窟特有の冷たい空気が漂っている。
「しかし・・なぜこんなにも明るいんだ・・?光源らしきものは見当たらないのに・・・」
キキョウは見渡しながら感じた違和感の正体にすぐに辿り着いた。
ここが洞窟なのであれば、当然辺りは闇に包まれているはずだ。それだというのに、この場所はなぜか昼間のように明るい。だがしかし、キキョウはこの時点ではその答えを知ることはできなかった。
「ここが、あのツテコ様が言ってた・・エンゲージフィールドっていう場所なのかしら・・・?」
「実家の書物の中でそのような名前を見たことがあったような・・・いや、よく思い出せない・・・」
彼の実家、紫一族と呼ばれる者の実家には、歴史的に見てもかなり珍しい書物が残っていたりもする。幼いころからそういったものをよく読んでいたキキョウは、その単語に見覚えがあったが、最後に実家の本を読んだのは何年も前であり、気に入った本以外の事はあまり覚えていなかった。
更にキキョウにはそんなことが気がかりにもならない程に頭に残っている言葉があった。
「・・・七年後・・英雄の雛・・・?」
「・・・どういうこと?」
「転移する直前、ツテコさんが言ってただろ?英雄の雛の助けになれって・・・」
「・・・いいえ、私には聞こえなかった・・・そんなことを言っていたの?」
「う・・うん。確かに・・・」
キキョウは確かにこの耳で聞いた。ツテコの言葉を。
言っていたのは主に二つ。
まず、「お前の背負う代償は取り除いた。」。
これは言うまでもなく、『強制覚醒』を重ね掛けした反動の事だろう。
重ね掛けしなくとも相当に危険な行為だったということは自分でも自覚している。それに加え更に無茶をしたのだ。あのまま死んでいたとしても何もおかしくなかった。
それが今はどうだ。痛み、苦しさなどは一切なく、いつもと何ら変わりのない行動を取ることが出来ている。きっと、ツテコが手を尽くしてくれたのだろうとキキョウは解釈し、心の中でツテコに最大限の感謝を送った。
そして、先程も言った「七年後、英雄の雛が訪れる。」。
これに関しては正直サッパリである。なぜ七年後なのか、英雄の雛とは何なのか、そもそもなぜそのようなことが分かるのか。頭の中を、無数の疑問が駆け巡る。
そして最後に、なぜ自分にしかその声が聞こえなかったのか。ユカリが聞いていないということは、ムラメにもその声は届いていないだろう。そもそも、生まれたばかりのムラメに何かを言ったとしても、きっとほとんど伝わることはないだろう。ムラメには少し申し訳ないが。
魔法による念話のようなものなのだろうか。しかしそれを実行するには、かなりの魔法の技術が必要になると聞いたことがある。ここまでキキョウたちを送った魔法、『現世界之転送』、だっただろうか。あれの時点で並大抵の魔法士ではないことは確かだ。いや、他国の魔法士がどれ程の者か分からないが、そのレベルは間違いなくトップクラスであろうと窺える。
「ツテコさん・・貴方は一体・・・」
「お前さんら・・・なにもんじゃ・・・?」
「「!?」」
何者なんですか・・・そう言おうとしていた矢先、全く同じ内容を言う者が突然現れる。
声の下方向に咄嗟に振り向くと、そこにいたのは長いひげを生やした老人だった。
「・・・私はキキョウ。こっちは妻のユカリと、娘のムラメです。」
「は・・初めまして・・・」
「・・・まぁ・・そんな怖がらんでもえぇ・・あのイカに喧嘩を売りに来た愚か者には見えんしな・・・わしはこの近くにある洞窟居住民の長をやっとる者じゃ。皆からは長老と呼ばれとる・・・して、お前さんらもしかして・・・ここで暮らす決心をして来たって口かい・・・?」
(!?なるほど・・これがツテコさんの言っていた・・・)
キキョウはようやっと疑問の一つを解消することに成功するきっかけを得たことを確信する。
普通の人間ではいられなくなる。生きるために水も食料も必要なくなり、今後の人生を全てこの洞窟で過ごすことになる理由が、きっとそこに住むことなのだろう。
「・・・どうすれば、そこで一緒に住ませていただけるのでしょうか・・・?」
「簡単じゃよ・・・わしが認め、尚且つ精霊の加護を授かればよい。まぁその二つはセットみたいなもんじゃ・・・わしが認めさえすればそこに住める。」
「・・・!それじゃあ・・・!」
「じゃが、すんなりとはいかん。」
「・・・と、言いますと・・・?」
キキョウが恐る恐る尋ねると、長老はこちらを試すような顔で口を開く。
「・・・分かっとるじゃろうが・・一度精霊の加護を授かり、わしら洞窟居住民となれば、今までの生活に戻ることは許されん。しがらみもなく自由、じゃが何もない。ここはそんな所じゃ・・・覚悟は・・できとるんじゃろうな・・・?」
長老はこちらへと威圧を向ける。それだけで二人は、この長老がとても優しい人だということを察する。
受け入れてくれる。だが、逃げ道も用意してくれる。少しでも心残りがある者に考え直す時間と選択肢をくれたのだ。しかし、自分たちに他の道は残されていない。何もできずに、逃げてきた。だが最終的には、自分たちの意思でここまで来たのだ。その不退転の決意は、今この瞬間も揺らぐことはない。
「・・・私たちは、全てを捨ててここまで来た・・・いや、連れてきてもらいました。これからの先にどんな人生が待っていたとしても、私は自分を、そして家族を信じ続け、この選択に悔いがなかったと思えるよう、精いっぱいここで生きたいです・・・!!」
「この子からすれば、私たちはどうしようもない親です・・本当に・・・でも、あの場で死を選ぶのは、それ以上の大馬鹿です・・!お願いします。あなた達と暮らす権利を・・・」
キキョウとユカリは、長老に深々と頭を下げる。出来る限りの誠意を込めて。
長老はそれをじっと見やる。その覚悟は本物であるかを見極めるために。だが、もうすでに長老の中では答えが出ていた。
「・・・・・頭を上げなさい・・・よかろう。新たな洞窟居住民として、ユカリ、ムラメ、そしてキキョウ。お前さんら三人を迎え入れよう。」
「「・・・ありがとうございます!!」」
こうしてこの日、本当にいろいろあったこの日は幕を下ろし、キキョウたちの第二の人生が始まろうとしていた。