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異世界武闘譚~英雄の雛の格闘冒険録~  作者: 瀧原リュウ
第三章 ビギニング・ジャーニー
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#80 死掴の洞窟烏賊その十

 ユカリは自身の魔力炉が満たされたことを感覚で悟り、そのままムラメを抱えたまま戦闘態勢に入る。

 いくら戦いづらかろうと、まだ生後半年を少し過ぎただけのムラメをその場に置いておくわけにはいかない。

 更に言えば、あれだけ威勢よく男たちを煽ったのはいいものの、ユカリ自身の戦闘能力はさほど高く無い。それは本人も自覚してはいるが、そうでもしなければ、逃げたところで追いつかれ、結局二人とも八つ裂きにされると彼女は判断したのだ。


「オラァ!!二人まとめて真っ二つにしてやるよ!!『斬撃加速』!!」


 巨漢はそう言うと自身が持つ小太刀を天に掲げ、そのまま二人へと叩き落とす。

 刃は振り下ろされ、()()()()()()()()()()|()どんどんその速度を上げていく。

 一見当たり前かのような現象だがその光景は地味ながらもその効果はかなりのもの。

 やがて二人の目の前に辿り着く頃には時速にして約三百メートル。音速よりも若干劣るスピードのそれは、突然現れた闇によって飲み込まれ、ユカリの額の僅か手前、巨漢の意思に反して空中で静止した。


「な、何だァ!?」


 突然刃の目の前、ユカリとムラメを庇うように現れたのは、握り拳ほどの厚さの黒い壁。それは、(うごめ)くや闇で形成されているように見える。


「ッ・・・!一応練習しておいてよかったわね・・・」


 『鈍速黒壁(ダーク・スロウ)』。それがユカリの使用した魔法である。

 顕現されるは闇。それは壁のように形成され、発動者の盾となる。

 その闇の中は、あらゆるものから勢いを奪い、速度を奪い続け、その刃が届きうるのは遥か未来となる。それまでの間、刃を振るい続ける胆力は、敵に絶対に攻撃を当てるという覚悟が彼にはあるのだろうか。

 加速を続ける小太刀の刃と、加速を奪う闇の壁。巨漢のスキルにユカリの魔法。その二つは、あまりにも相性が悪すぎた。


「グオォゥッ!!クソッ!!」


 巨漢はその間、目の前の貧弱そうな女に刃が届かないことへの苛立ちのみを加速させる羽目となり、ついには攻撃を中断し、後ろへ身を引いて体制を立て直す。

 『鈍速黒壁(ダーク・スロウ)』は、内側に行くにつれて減速するものの、その逆の場合は特に何も起きることはない。

 何かあるのではと考えた巨漢も意外にもすんなり刃を引くことができたので拍子が抜けたような顔を見せる。


「おい!あの女のあれ・・ありゃあ一体何なんだ!」

「知るかよあんな気持ち悪ィの!多分だが・・・アレが妖術だ!やっぱり化け狸の嫁は女狐だったか!!」


 男たちは魔法の魔法の存在をそこまでよく分かっていないそうで、他者にもその焦りようが伝わってくるほどに困惑していた。


「あんたら土足で入ってくるわ、娘は泣かすわ、人のこと狸やら狐やら・・・ちょっと失礼なんじゃない?」

「うるせぇアマ・・・って、なんじゃこりゃあ!?」

「う、動けねぇ・・・!」


 少し会話を交わしているその間に、ユカリは二人の足元にトラップを設置していた。

 そのトラップ、『黒泥沼闇(ダーク・スワンプ)』は、『鈍速黒壁(ダーク・スロウ)』同様に闇属性の妨害魔法。

 敵の足元に闇を形成し自由を奪う。そして発動している間、常人にはその場から動くことすら不可能である。


「さて、そろそろあの人も帰ってくるし、その前に奉行所に突き出してやりましょうかね!」

「・・・・・へへ、そりゃあ無駄だぜ。ふぅん!!」

「くっ・・・!」


 赤髪が突然手に持っていた槍をユカリに投擲する。少しばかり反応が遅れたものの、ユカリはそれを再び『鈍速黒壁(ダーク・スロウ)』で受け止め、空中で受け止める。


「あらあら、大切な武器を手放しちゃうなんて、これであなたは何も出来ないわねっ・・!」

「あんまり調子に乗るなよアマぁ・・・俺が何の考えもなく自分の自分の武器を投げるとでも思ったかぁ?」

「え?普通に思ったけど?あなた見た目からして頭悪そうだし。」

「マジでぶっ殺してやる・・・『窃盗磁石(マグネットスティール)』・・・!」


 赤髪が前に手を伸ばすと、浮かんでいる槍が小刻みに震え始める。そしてやがて磁石に引っ張られるかのように赤髪の手元へと戻っていく。


「へぇ・・・でも、肝心の私に届かないんじゃ意味なんてないわよ。諦めてそこで大人しく突っ立っててくれたらありがたいんだけど・・・」

「オイオイ今更そんなこと許されるとでも思ったのかクソアマぁ・・・」

「少々調子に乗りすぎたが・・・もう容赦しねぇ。妖術士の住処に殴り込みに来てんだ・・・()()して来ねぇわけねぇだろうが!!」


 男二人は勢いよく啖呵を切ると、懐から何やら透明の宝石のようなものを取り出し、息の合った行動を見せる。


「「『強化握拳(フル・グラップ)』・・・『魔力抵抗(マジックレジスト)』!!!」」


 二人は強化した握力で難なくそれを砕く。砕けた石からはオーラが漏れ出し、やがて二人に纏わりつく。プリズムの光を纏ったような二人の足元で動きを封じていた『黒泥沼闇(ダーク・スワンプ)』は、有無を言わさず突然打ち消された。


「なっ・・・!?」




 襲撃前、二人はある男から、そう、襲撃と同時刻にキキョウの治療所に出向いたあの男から、ある物を渡されていた。


「・・・これは?」

「それは『抗魔の秘石』。一見すればただの石だが、砕く事で一時的に魔力・・・いや、妖術への耐性を得ることができる。その間お前たちには、妖術の類が()()()()()()()()。せいぜい上手く使うんだな・・・」




 それを見た瞬間、ユカリにこの場を切り抜けられるかという不安と焦りが生まれる。そして男たちも、ならずものとはいえ一端の戦闘者。その一瞬を見逃さなかった。


(・・・っ!せめてムラメだけでも・・・!)

「オラァ!さっきまでの余裕はどこへいったんだァ!?」

「グッ・・・!!」


 ここまで感じることのなかった痛みがユカリの全身を駆け巡る。

 赤髪の放った槍撃が、とうとうユカリを捉えてしまったのだ。

 彼女は遅れたものの必死に回避行動をとったが、槍の一撃は左肩の一部に掠ってしまう。そしてそこから、紅の雫がポタポタと地面を濡らす。

 数では劣るものの、ユカリが優勢に見えたこの戦いであったが、突然の形勢逆転。予想外の隠し球により、状況は一変してしまう。


「うえぇぇ!!うえぇぇぇ!!!」

「・・・ごめんね・・!でも絶対守ってみせるから・・・!!」


 ユカリに抱き抱えられているムラメの泣き声は先ほどよりも大きくなっている。

 状況はよく分かっていないのであろうが、この場の鋭い棘のような緊張感に圧倒され、それが幼い彼女の恐怖心を刺激してしまったのだろう。


「へへへ・・・ご自慢の妖術がもう効かないんだ・・・今度は避けらんねぇだろ!!!『斬撃加速』ゥゥゥ!!!」

「クゥゥッ・・・!!」


 再び放たれる強靭は、もはやなす術のない二人へと容赦なく振り下ろされる。

 ユカリは、もう何も打つ手がない事を、その一瞬のうちに悟ってしまった。彼女はユカリを強く抱きしめ、巨漢の刃に背を向けた。娘を守らんとする母親の、最後の抵抗であった。


「とっととくたばりやが・・グホァ・・・ッ!!」

「・・・・・え・・・?」

「てっ・・・テメェ・・・!!!」

「・・・・・私の妻と娘に・・・何してくれてんだ!!!」


 振り下ろされた刃が彼女に彼女に届く直前。巨漢の真横から間一髪で飛び込んだ男の飛び蹴りがその巨体を突き飛ばした。そして赤髪が、真っ先にその男の正体に気付く。

 血気迫る顔で男二人を睨みつけ、怒りを露わにするその男は、やっとの思いでここまで辿り着いたキキョウであった。


「私だけならともかく・・ユカリとムラメにまで・・・絶対に許さん!!!」

「あ・・・あなた・・・」


 ユカリは夫の姿を見るなり、穏やかな表情を取り戻し、安堵の涙を流す。


「ユカリ、ムラメ。ごめん・・・不甲斐ない父親だけど・・・もう少しだけ待っててくれ。すぐに片付ける・・・!」

「化け狸が・・・血祭りに上げてやる!!」

「グ・・・蹴りの分、一千倍にして返してやる・・・!」


 揺るぎない覚悟で現場へと間に合ったキキョウは、愛する家族の無事に安堵しながらも男達に向かい戦闘態勢を取った。その目に、変わらぬ信念を込めて。

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