#78 死掴の洞窟烏賊その八
キキョウの回想だけでかなり話数を使ってますが、まだここからもう少しだけ続きます。どうかお付き合いください。
あの日を境に、ツテコは治療所には訪れなくなった。
「上のもん・・・まさか、この国の上層部・・?」
キキョウは、あの時のツテコの言葉の意味が分からずにいた。普段なら仕事に支障が出るだろうが、今この場所にはキキョウしかおらず、今日ももうすぐ終わりだというのに、まだ患者は一人も来ていない。
他にもこの街には治療所が存在するが、だからと言って一人も来ないのはおかしい。それは分かっているのだが、流石に彼にはどうすることもできるはずもない。念のため器具の手入れは行い、近くにあった魔法に関する本を手に取って、それを読みながら再び答えの出ないであろう熟考を続ける。
「上層部とこんな治療所にどんな関係が・・・今のところ悪い噂が立っているのは私の所だけみたいだし・・・やはり魔法か?確かに上層部は頑固な人間も多いと聞く・・アマテラスでの魔法の在り方を変えようとしている私が気に食わないのか?魔法を使って治療するのがそんなに怪しいのか?でもこの間の奉行を治療したから効果は向こうにも伝わっているはず・・・いや、それとも・・・」
「おほん。失礼する。」
「!?いつ入って・・・!?」
入口から待合室を越えた先のこの場所に来るまで、この男が入って来たのにキキョウは全然気付きもしなかった。
この国では珍しい片眼鏡をかけた整えた短髪が目立つ男は、キキョウよりも身長は少し高く、細身でありながらやけに体つきががっちりとしている。
「・・・入り口で呼んだのですが、返事が返ってこなかったもので。それに何か問題でも?例えば、見られたくないものがあったり・・とか?」
もちろんそんなことは男の嘘であり、キキョウもそれに薄々感づいてはいるものの、何も知らないようにそのまま男に振る舞う。
「・・・いえ。それは失礼いたしました。それで、本日はどういったご用件で?」
「・・・・・単刀直入に言いましょう。紫一族キキョウ殿。あなたには、奉行所から出頭命令が下されました。」
「しゅ・・!?出頭だって・・・!?」
最近起こる不可解な出来事に頭を悩ませているというのに、また更に訳の分からない情報が脳に流れ込み、キキョウは一瞬軽い頭痛に襲われる。
「なぜです!?私が何をしたと!?」
「では、書類を預かっておりますので、一部抜粋して読み上げさせていただきます。」
「書類・・・?」
男は懐から一枚の紙を取り出し、それを自身の胸の前まで持ってきて、紙を見下ろしながら読み始める。
「紫一族キキョウ。罪状。奉行人への暴行、妖術を用いての詐欺行為、そして・・・国家反逆罪。」
「はぁ!?」
額に青筋を浮かべ、キキョウは男に向かって怒鳴る。ここ数日、かなり我慢してきたが、ここまで訳の分からない罪を捏造されたのだ。普段穏やかな彼にも限界というものがある。
「聞いてりゃさっきからふざけたことぬかしやがって!!うちの評判散々落としといて、更にはとっ捕まえるだぁ!?いい加減にしろよテメェら!!」
キキョウも手を出すのは思いとどまったが、その怒気は十分に男に伝わっていた。だが、そんなこと気にすることもなく、男は落ち着いた表情のまま続ける。
「まず、奉行人への暴行。確か・・・三日ほど前だったでしょうか?ここに訪れた奉行人が血相を変えて戻って来たとの報告が上がっています。次に妖術を用いての詐欺行為。あなたが患者に妖術でまやかしをかけ、金銭を騙し取っているという証言がありました。最後に、国家反逆罪・・・言わずもがなです。我らがアマテラスで魔法を普及しようなどと・・・愚か。実に愚かですね。」
「こっちとしては、なんで魔法を使ったらいけないのか理由が知りたいんだがな・・?それに、治療所に来た奉行人は自分で腕に十手を叩きつけてた・・しかも俺はそれを直したんだぞ!?なぜそんなことを言われなきゃならねぇんだ!?」
「キキョウ殿。これを見ても同じことが言えますかな?・・・もう出てきてもよろしいですよ。」
「なっ・・・!?お前・・・」
扉の向こうから現れたのは、先日この治療所に訪れた奉行の男本人だった。
左の前腕には、なぜか包帯がきつく巻かれており、なぜか奉行人はつらそうな表情をして、なぜかこちらを睨みつけている。
そして男が一変。こちらを見ながらニヤリとしながら、奉行人を見ることなく問いかける。
「・・・彼で、間違いはないですね?」
「は、はい・・・あの男は私の十手を盗み、それでこの腕を折ったのです・・!せめて治してくれと懇願したものの、全く相手にもされず、挙句の果てに私にこう言ったのです・・・「もうここへは来ないでください。」と・・・!」
「・・・・・・・」
キキョウは歯を食いしばりながら男二人を睨みつける。
(嵌められた・・・あの奉行人に罪を捏造された・・そしてこの男もそうだ・・!急にニヤニヤしやがって・・こいつら間違いなくグルだ・・・・・ッ!?そうか・・・!これがツテコさんの言ってた・・・!)
キキョウはその時ようやくあの言葉の辻褄が合う。
上のもんが何やら動き始めとる。十二分に用心しておくことだ。
(そういうことだったのか・・・)
キキョウは過去の記憶を思い出す。
昔、実家の歴史書で呼んだことがあったか。その中で、とあるものについて記されていた。
それが、妖狩り。
魔法を異国の文化とし、その一切を使うことを禁じているこの小国アマテラス。
故に、国民は魔法についてそのほとんどを知ることは無く、必然的に恐怖の対象とされた。
国は魔法の類を妖術として扱い、それが見られた場合即座に粛清を行ったという古き歴史。
それに則れば、私の行いがが国家反逆とみなされても文句は言えない。だが、そんな時代は等の昔に終わっている。
魔法を広めんとしている人間は私だけではない。過去に囚われまいと声を上げる者は、もちろん国の上層部にも一部存在している。
不変はただ変わらぬ平和を現しているわけではない。成長していない現状をも同時に現すのだ。私たちは、国の更なる発展のために、それを変えていきたいというだけなのに。
「猶予は今夜。日が昇るまでの間までだ。それまでにこちらまで自分で出向くことだ。さもなくば・・・家族全員で墓に入ることになるぞ?」
モノクルの男は強い殺気をキキョウに浴びせた後、そのまま治療所を後にした。
二人が去った後、キキョウはすぐさま焦り始める。
自分だけではない。妻と娘の命も握られているという事実は、キキョウを絶望させるのには十分すぎる要因だった。
嫌な汗が全身から吹き出し、心拍数もどんどん上昇、呼吸のペースも早くなり、一種のパニック状態に陥った。
だが、ここで冷静さを欠いては向こうの思うつぼだ。だが国の上層部がこの件に関わっている以上、こちらには何の手立ても無い。
「クソッ・・・!一体どうすれば・・・!!ッとにかく・・まず二人の元へ・・・!」
もう日も暮れており、時間は残されていない。キキョウは万が一を想定し、ユカリとムラメの安否を確認するため、治療所の明かりも消さず、鍵もかけずに飛び出し自宅へと急いだ。