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異世界武闘譚~英雄の雛の格闘冒険録~  作者: 瀧原リュウ
第三章 ビギニング・ジャーニー
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#77 死掴の洞窟烏賊その七

「うーん・・・今日もか・・・」


 あれから、更に数日が経過した。

 奉行の男が店に現れてからというものの、今まで通ってくれていた患者がめっきりと減ってしまった。今でも何人かの方には来ていただいているが、一斉にかなりの人数が治療を受けに来なくなったのだ。これにはさすがのキキョウも疑問を抱く。

 容体が回復したというのならば何の問題もない。むしろそれを喜ぶべきなのだ。

 そして、怪我は魔法で治療しているので、一度治してしまえば当分はその患者は治療所には訪れない。これも当然のことである。他に治す怪我がないのだから。

 だが、病気であるのであれば話は別である。

 キキョウの回復魔法をもってしても、病気まで治すことはできない。

 そのため、それに関しては他の治療所と同じく、患者に定期的に足を運んでもらい、その都度病状に合った薬を処方しなければならない。

 病気でこの治療所に通っていた子供も、大人も、老人も。その大半が治療の途中であろうはずなのに揃ってキキョウの目の前から消えたのだ。


「かといって、全員が一斉に不幸事に見舞われたとはとてもじゃないが考えられないし・・・」


 仮にもしそうだとしても、遅かれ早かれこの治療所にも知らせが来るはずだ。そうキキョウは考えを巡らせるが結局解決には至らなかった。


「ツテコさん。少しよろしいでしょうか?」

「はい。何かしら?先生。」


 キキョウはいまだ治療所に足を運んでくれている数少ない患者の一人、ツテコという老婆に話しかける。

 この老婆は、以前キキョウにこの治療所の噂を教えた人物であり、この人ならば何か知っているのではないかと考えたのだ。

 そして患者が突然激減したことをツテコに話したのだが・・・


「ふむぅ・・・ま、突然元気になることくらいよくあることやろうしなぁ・・うん、元気が一番ですよ。先生も体には気を付けるんだよ?」

「は、はぁ・・・ありがとうございます・・・」


 思っていた答えとは全く違っていたが、自分が期待を膨らませ過ぎたのも事実だ。少し気を落としながらも、キキョウはツテコに感謝の意を込めて一礼をする。


「それじゃあ先生、またよろしくねぇ。」

「はい。お大事に。」


 ツテコはいつものようにゆっくりと立ち上がり、自分のペースで歩き始める。そして座っているキキョウの隣までくると、ピタリと立ち止まった。


「?ツテコさん、どうかしま・・・」

「・・上のもんが何やら動き始めとる。十二分に用心しておくことだ・・何かあれば、この街の西の果て、獣道のその先まで来なさい・・・」

「なっ・・・!?」


 ツテコが突然そうキキョウへ小声でボソッと告げる。これにはキキョウも目を見開いて静かに驚愕する。

 どこにでもいるような、それでいてとてもやさしいごく普通のお婆さん。それがキキョウから見たツテコの印象であった。

 しかし、そう告げたツテコの雰囲気はまるで別物。さながら、歴戦の猛者のような雰囲気を醸し出していた。

 そこからキキョウは何も言いだすことができず、ツテコもそのまま治療所を後にするのであった。




 治療所の外に出たツテコは、辺りに誰もいないことを確認した後、その場で立ち止まる。


「うむ・・先生は回復魔法に関してはかなりのものだが、その他の実力はあんまりといったところか・・・まぁ、得手不得手というものがある。あわよくば、これからも魔法の普及に尽力してもらいたいところだねぇ・・・・・さて、貴様ら、わしも暇人ではないんでな。さっさと出てきなさいな。」


 ツテコが治療所を振り返ると、そこには人一人見当たらない・・・ように見えたが、ツテコの目は欺けなかったのか、隠れていた者が次々と顔を出す。

 その数六人。全員が細身の男性であり、皆がもれなく忍装束を身に纏っている。


「フン・・聞き耳を立てるなど趣味の悪い事よ・・・」


 ツテコがそう言うと、男の中の一人がそれに返す。


「俺たちの隠密を見抜くとは・・・婆さん。只者じゃないな。どこの者だ?」

「答えてやる義理など持っちゃおらんのでな。知りたければついてきなさいな。」


 ツテコはそのまま全速力で路地裏へと駆け込む。両手を後ろにしたまま、老人とは思えぬ超スピードで。

 

「その程度で俺たち忍から逃げられるわけがないだろう。お前達、あれを放っておくと面倒ごとになりそうだ。追うぞ。」

「「「「「御意。」」」」」


 忍達はツテコをマークして追いかける。現在のツテコの移動スピードを少し上回る速さで追跡する。

 細い通路を曲がりに曲がり、アクロバティックな動きでツテコは行く道を駆け回る。壁を蹴り、人を避け、更には懐からおはじきの入った布袋を取り出し、忍に牽制も行いながら進む。

 無論、その程度で老婆を見失う忍でもなかった。

 身のこなしはこちらの方が上か。走る六人全員、一切音を立てることなくツテコを追いかけ続け、同じ道から、屋根の上から、様々なルートでツテコを追い詰めていく。

 そして何よりも恐ろしいのが、その連携である。

 六人が寸分の狂いもないコンビネーションでポジションを入れ替え、各方向からの情報をお互いが入れ替わる際に一瞬交差する時。その一瞬で共有し続けている。相当な信頼関係、訓練、意識がないとできない芸当だ。

 

「・・・なかなかやるじゃないか?わしの()()()走りについてこれるとはな?」

「抜かすなよご老体。何者かは知らんが、すぐ追いついて情報を吐かせてやる。我ら忍の沽券にかけても・・・!」


 そして数分後、壮絶な追いかけ合いの末、この試合を制したのは忍達であった。

 ツテコはこの街ではかなり少ない路地裏の行き止まりに追い詰められてしまい。逃げ場を失う。

 壁を背にして、ツテコの目の前には三人、そして上に三人。全員の目がツテコをロックオンしている。

 

「さぁ・・鬼ごっこは終わりだ婆さん。もうどこにも逃げられねぇぞ。」

「・・・全く、忍というのは()()()()()()重要なもんが一つ抜けとる。誰が()()()()()()()()()

「・・・何だと?」


 覇気の籠ったツテコの言葉に、忍のリーダーと思われる男は少し表情を険しくしながらツテコに問う。だが・・・もう遅かった。


「グアッ・・・!?」

「ヴグッ・・!」

「がぁっ・・・」

「!?なんだ!?」


 上で構えていた三人が、突然声を上げる。急いで上を向くが、すでに三人に意識はなく、その場でのびてしまっていた。訳も分からぬまま困惑していると、前方から何やらジャラジャラと音がした。


「・・・まさか・・そんなもので!?いや、ありえん・・・!先程まで難なく弾き返していたそれに・・・!?」

「ありえるわ阿呆が。逆にあの程度の威力の玉すら弾けんかったら腹抱えて笑ったるわ。」


 ツテコがその場で放り上げているのは、先程も牽制に使用していたおはじき。ツテコはそれを今度は加減することなく親指で弾き、上方にいた三人の額を寸分の狂いもなく狙い打ったのだ。


「バカな・・・なぜ貴様は逃げたのだ!?それほどの力を有しておいて、我々如き相手にする必要も無いか!?忍を舐めるのもいい加減に・・・」

「だから貴様らは馬鹿なんだよ。」


 ツテコは忍の訴えを最後まで聞くことなく言い返す。


「わしがここまで来たのはね・・・人様に迷惑をかけないためだよ!あんな大衆が行きかう道でドンパチおっぱじめたらとんだ迷惑なんだよ!貴様ら忍も、結局のところは街の人のために危ない任務もこなすんだろ?その町の人を怖がらせてどうすんだい!?もう一度そのことを考えて出直して来な!はあっ!!」

「グッ・・ゴハッ・・・」


 ツテコは一瞬にも満たない速度で、三人全員に渾身の発勁を放つ。もちろん地上にいた三人はもれなく撃沈し、その場であっけなく倒れた。


「・・・しかし、キキョウ先生も大変だね・・・魔法を使うだけであそこまで邪険にされるとは・・・上のもんは・・おそらく(あやかし)狩りと称して先生を狙うだろう・・・この国は、未知の変化というものが気に食わんらしいしな。」


 ツテコは現在のアマテラスの食わず嫌いの現状を、そろそろ楽観視できなくなってしまっていた。

 近い将来、魔法の存在を起爆剤として、この国で大きな争いが起こることを危惧しながら、今日も街の空を見上げる。

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