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異世界武闘譚~英雄の雛の格闘冒険録~  作者: 瀧原リュウ
第三章 ビギニング・ジャーニー
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#75 死掴の洞窟烏賊その五

―――七年前。小国アマテラスにて、


 紫の一族の中で、一人の赤ん坊が生まれた。

 生まれた子は、母親の腕の中で高らかに産声を上げる、キキョウにとってその光景は、何物にも代えることができないものだった。

 次第にキキョウの目からは涙が零れていたが、今の彼には、そんなことを気にする暇すらもったいない。ゆっくりと、そして確実に妻と我が子のそばへと近づく。


「ッ・・ありがとう・・・ありがとう・・・・・!」


 キキョウはその場で何度も頭を下げたまま心からの感謝の意を送る。ここまで頑張ってくれた妻に。生まれてきてくれた我が子に。そしてこのような人生の宝物を授けてくれたこの世界に。




「・・・はい。これでもう歩けるはずです。」

「凄い・・折れた足が・・・」

「ありがとう先生!」


 彼はとある街で医者として働いていた。

 キキョウはこの時は回復魔法を得意としており、魔法の才があるとは言えなかった彼だったが、自分の魔法が人々の役に立つと信じ、必死に研鑽を重ねた結果、今の彼の姿がある。

 今日もいつものように治療所へとへと訪れる者達を魔法で治癒していく。治した後の患者の笑顔が、この仕事の一番のやりがいである。

 そんなある日の事だった。腰を診ていた老婆の患者が、このようなことを言ってきたのだ。


「先生、最近大丈夫かい・・?」

「え?は、はい。どうかなされたのですか?」

「いやぁのぉ・・近頃この病院の悪い噂を耳にしたもんでな・・・」


 老婆の話は、紫の一族の医者が、妖術で治療費を騙し取っているといった内容であった。

 この国では、妖術という名の魔法の使用は昔から禁じられていた。だが、それはもう昔の話である。

 ここ近年では、そのような文化、掟は存在自体が薄れてきており、人々の豊かな生活のために、これから魔法を有効活用していこうといった考えも増え始めているのだ。

 そしてそんな時代がいつか来るだろうと考え、キキョウも魔法の腕を必死に磨いてきたのだ。


「わしたちは先生に相当お世話になっとる。困った時は、誰かを頼るんだよ?」

「・・・はい。ありがとうございます。」 


 老婆が治療所を去った後、待っている患者はだれ一人通らず。その間に医療器具の手入れをすることにした。

 医者は、魔法だけでは成り立たない。回復魔法では、怪我は治せても病気までは治せない。そしてもちろん、病気に合わせて適切な診察、治療、薬の処方などを行わなければならず、今でも日々勉強の毎日である。

 

(それにしても・・・妖術で金を騙し取ってる・・か・・・)


 キキョウは静かに考える。自分は出来ることを精いっぱいやっているだけであるというのに、なぜそのようなことを言われなければならないのか。

 治療所を開いて急に業績を伸ばしたというのもあるだろう。だが、それ以上に、妖術。つまり魔法がまだそこまで人々に浸透していないということなのだろうか。

 確かに、骨折にしたって、今までは長い時間をかけて治療する者であったが、魔法を使えば一瞬である。魔法に馴染みのないものからす怪しいと思うのも当然だ。


 「けど、時代は変化を続けるんだ・・魔法を用いれば、これからアマテラスは更に発展するはずだ・・・!」


 キキョウはその考えを、これまでも、そしてこれからも貫き通すことを心に決めている。世のため人のため、そして愛する家族のため。その彼の信条は揺るがない。




 その日の業務が終了し、キキョウは帰路につく。いつもよりもいろいろ考えることが多かったが、家に帰ってからも、日課の医学、薬学、そして魔法などの勉強を行うつもりなので、この程度で音を上げることは無い。

 

「しかし・・今日は一段と冷えるな・・・」


 ここ最近ですっかり紅葉の影も消え、冬の寒空一色となってしまった。上着のおかげで何とか凌げているが、首回りが心ともない。


「ふぃ~っ、今日も冷えるねぇ~。兄ちゃん、ふかした芋、一個どうだい?あったけぇぞ~?」


 帰り道を歩いていると、向かい側から屋台を引いた男性がこちらに話しかけてきた。暖色の明かりを灯した屋台の中で湯気を上げているのは、色鮮やかで甘い香りを漂わせる大量のふかされた芋。


「ありがとうございます。ですがまたの機会に。夕飯が入らなくなりそうですし、妻と娘を待たせているので。」

「かぁ~っいいねぇ!そりゃあ仕方ねぇな。引き留めて悪かったな!もし良かったら、今度は買ってくれよな!」

「はい。ぜひ。」


 陽気な店主に別れを告げ、再び夜の街を歩き始める。

 

「それにしてもあの芋・・・かなりの熱気を帯びていたな・・・でもあの木製の屋台で火を焚き続けていたとは考えられない。あれも魔法の一種なのか・・・?」


 魔法に関しては、それに関する記録がほとんど存在しないこのアマテラスでは、魔法はまだまだ分からないことが多い。

 分かっているのは、人それぞれに得意、不得意な魔法があることと、魔法の使用にはあらかじめ用意しておいた構築式が必要なこと。そして、無限ともいえる可能性を秘めているということである。

 もっと知識の幅を増やしつつ、研究を続けていけば、更に多くの人々の役に立てるはずだ。

 そうこう考えていると、いつの間にか現在住んでいる自宅へとたどり着いた。玄関を開けると、ささやかな生活音が耳に伝わってくる。

 奥で料理をしているのは、キキョウの最愛の女性。すらっとした体形の妻は、長い黒髪を後ろで束ね、軽やかなリズムで食材を切りながらこちらを振り向く。


「あら、おかえりなさい。」

「ただいま、ユカリ。それに・・・ムラメ。」


 キキョウは台所にいる妻、そして居間ですやすやと眠っている娘を見ながら笑顔と返事を返す。

 実家である紫一族の屋敷は住むための十分な広さはあるものの、治療所を立ち上げ、ムラメも生まれたということで心機一転。長く世話になった家を出て、屋敷とまではいかないが、そこそこの大きさのある家に三人で引っ越したのだ。


「今日はいつもよりちょっと早いかしら?」

「あぁ。今日は患者がいつもより少なかったよ。」

「良い事ね。みんな元気が一番だもの。さ、もうすぐご飯ができるから、荷物は片づけてきてね。」

「分かった。いつもありがとう。」

「どういたしまして。」


 そうして一旦自室へと向かい、仕事の鞄を置いて部屋着に着替える。居間に戻ると、いつの間に起きたのか、ムラメがその場にちょこんと座っていた。


「うあー」

「ふふふ・・可愛い奴め・・・」


 生まれて間もない我が子、まだまだ子育てに不安な気持ちもあるが、この子の笑顔を守るためにも、全力で頑張らねば。

 それにしても可愛らしい。時折見せる屈託のない笑顔は、容赦なく自分の自重という名の枷を破壊してくる。たとえそれが外であろうと、人の目も気にせずに可愛がってしまうのだ。まったく冗談ではなく真剣に考えているのだが、この子は本当に天使なのではないのだろか・・・?


「あなた、ムラメが怖がっちゃうわよ?」

「おっとそれはいけない。だが・・抗えない・・・!ふふふ・・・」

「この調子だと、将来大変なことになりそうね。」

「ん?大変な事って?」

「ほら、ムラメがもしも恋人なんて連れてきたら・・・」

「な・・・・・こ・・・恋人・・・!?」


 恋人・・意中の相手・・将来のムラメの旦那・・・


「・・・認めない・・・私はそんなこと絶対に認めないぞ・・・!!」

「こんな感じになっちゃうからね。ムラメ。お父さんの事は気にせず、自分が見つけた運命の人は諦めちゃダメよ?」

「うー」

「あぁ駄目だ・・行かないでくれムラメぇ・・・」

「・・・あなた?ムラメは生まれたばかりよ?そんなすぐどこかに行ったりはしないわ。」


 言葉の意味が分からずユカリに抱きかかえられているムラメを見ながら、キキョウは遥か未来に大きな不安を感じることとなったのだ。

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