#69 初歩的すぎるミス
「本当に・・防壁が破られ・・いや・・・消えている・・・?」
キキョウは目を見開きながらもそう呟くが、消えているというのは彼の錯覚である。
グラーケンの体躯は、常人の想像の範疇など軽く超える。そしてその巨体が影を破ったのであれば、壁に及ぶ被害も相当なものとなるのは必然なのだ。
魔石の壁が消失した空間の先をじっと見つめると、かすかに紫色に輝いている物体が見える。言うまでもない被害を受けなかった壁の一部分である。つまり、認めたくはないが、それだけの大惨事をグラーケンは一瞬にして起こしたということになる。
「これは一刻も早くどうにかしなきゃ、これだけ開けてしまったのなら、居住エリアに魔物が侵入する可能性もある・・・」
「そうね。土魔法が使える魔法士がいるなら穴を塞いでもらっておしまいだけど・・キキョウさん、どうですか?」
「・・・私たち、闇の精霊の加護を受けた洞窟居住民は、闇属性の魔法しか扱えないのです・・・我々の問題なのに、お役に立てず、すみません・・・」
「い、いえ、お気になさらず!あくまで一つの案ですので!」
謝るキキョウにアリヤは申し訳なさそうにそう返す。
しかし、洞窟居住民全員同じ属性しか使えないとは・・・闇の精霊の影響なのか、はたまた種族的な要因があるのだろうか?
相性的にはグラーケンにこれほどないまでに有利、そしてこれほどないまでに不利。なんというか、諸刃の剣のような種族である。
「タク、どうしましょうか?」
「・・・・・兎にも角にも、まずはグラーケン対策だ。というわけで、レル、アリヤ。グラーケンが突撃して粉々になった小さめの魔石をここにどんどん持ってきてくれ。」
「えっ・・・タク・・まさか・・・」
「な・・何?一体何をするの・・・?」
レルには前話したから気付いたか。そう。今から俺が始めるのは・・・・・
「ふぅぅ・・・はぁぁぁ・・・・・いただきます・・・!」
「え!?ちょっ・・!?」
魔石喰らいタイムである。紫色の魔石は雷属性の魔石とは違い、噛み砕いた瞬間に中から飛び出した気味の悪いオーラが、俺の口内から侵食していき、最終的には体全体に纏わりついた。
「ごぁっ・・が・・・うごっ・・・ぐぁぁぁぁぁ・・・!!!」
「た、タクさん!?大丈夫なのですか!?」
何とも言えない不快感と息苦しさ、気味の悪さ、気持ち悪さなど、ありとあらゆるマイナスな物を全部混ぜ合わせて一万倍に凝縮したような感覚を味わった。
激痛、悪寒、吐き気。様々な苦が付くようなものが一気に俺の全身を駆け巡る。一個分の苦しみが終了したころには、俺はもうすでに満身創痍になっていた。
「・・・・・俺何秒くらい苦しんでた・・・?」
「さ、三秒くらいですかね?」
「・・・へへっ・・じゃあ一分あれば二十個分はイケる訳だ・・・!」
「・・・タク・・・やめておいた方が良いんじゃ・・・?」
「ウォォォォラァァァァァコンチキショウガァァァァァ!!!!!」
俺はレルとアリヤが目の前に積み上げてくれた魔石の山に手を伸ばし、気合いでそのことごとくを貪っていく。
俺は分かっているのだ。この尋常ではない不快感に対し、魔石を食えば食うほど耐性が身につくことを。いつになるかは分からないが、確実にゴールは存在するはずだ。いやお願いだから存在してくれ。
「えーと・・・スキル欄スキル欄・・・・・よし・・・!」
俺は途中で以前と同じように『進化之石板』を確認する。そこには、俺が求めていた文字が表示されていた。
『冥闇耐性』―――最大レベル99。現在レベル7。闇属性の魔法、呪いの類への抵抗力が上昇。
「凄い・・・本当に耐性が身についてる・・・!」
「ちなみに・・雷岩魔の洞窟ではどれだけの魔石を噛み砕いたのよ・・・?」
「そうだな・・・数えては無いけど、十時間くらいは噛み続けてたんじゃねぇかな・・・?」
「ム・・・ムラメにはとても考えられません・・・」
そんな話をしたら、ムラメが普通に青ざめている。いや、まぁそれが普通の反応なのだが。
しかし、俺は幾度か数えられない程のゲーム内イベントを駆け抜けてきた男。たかが十時間など知れている。
最初は流石にヤバかったが、慣れてくるとどうってことは・・・ないことは流石にないが、これもグラーケンに対抗するため。グラーケンの弱点である闇属性の一撃をを奴にお見舞いし・・・・・ん・・・?あれ・・・?
「・・・・・耐性付くだけで、結局アイツに攻撃効かなくね?」
俺が先に獲得したスキル、『魔晶闘波【雷】』の効果をもう一度。もう一度『進化之石板』で確認しよう。
・雷属性、麻痺効果を持つ魔法を無効化する。
・自分以外の生物の感情、思考の脳波を感じ取ることができる。
・肉体を流れる魔力を失い無属性となった魔石のエネルギーの残滓を永久に増幅させ、闘気へと変換する。
「・・・・・・・・・・」
「ど、どうしたんですかタクさん!?」
キキョウにそう声をかけられるも、脳をフル回転させている最中なので、返事ができず、というより、その声すら今の俺には聞こえなかった。
俺は三つ目に表示されている文章の一部分だけを延々と凝視する。
肉体を流れる魔力を失い無属性となった魔石のエネルギーの残滓を永久に増幅させ、闘気へと変換する。
肉体を流れる魔力を失い無属性となった魔石のエネルギーの残滓
魔力を失い無属性となった魔石のエネルギー
無属性となった魔石のエネルギー
無 属 性
「そぉぉぉぉぉだったぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
ストーン・アーツを用いた技、『闘気波動砲』を偶然開発してからというもの、すっかり忘れてしまっていた。
言ってしまえばあの技は、純粋な闘気を放つだけの技であり、魔力など一ミリも含んでいない。いわば、魔法っぽいだけの技なのだ。
そんなわけで、あの技は雷属性の魔法などではなく、そもそも属性など持ち合わせていないわけで・・・
「大丈夫なのですか・・・?」
「・・・まぁタクだし、大丈夫なんじゃない?」
「あははは・・・確かに、タクの『進化之石板』には、無属性のエネルギーって書いてあるね・・・あと、感情、思考の脳波を感じ取ることができる・・なるほど・・・!僕らの居場所が分かった理由はこれか!」
「なんて初歩的なミス・・・あ、アホらしすぎる・・・」
いつ、どこからこの勘違いは始まったのだろうか。そんなこと覚えちゃいないし、グラーケンにも攻撃は結局通用しないが・・・
「・・・クソォッ!!もうやけだ!ここの魔石全部取り込んでやるぅ!!!」
「ちょっと!?落ち着きなさいよ!!」
「放せアリヤ!俺の目の前にある魔石は全部この世界から消し去ってやるんだ!!」
「何馬鹿な事言ってんのよ!?」
「・・・レルさん・・あれどうしましょう?」
「・・・・・見なかったことにしよう。それに、これだけ魔石があるなら、僕らの武器にかなりの時間纏わせても無くなることはないだろうしね。」
「どうせこの有様です。使えそうならば、いくらでも差し上げましょう。長老には私から言っておきます。」
「ありがとうございます。キキョウさん。」
愚かな自分への怒りに今まで蓄積された空腹も相まって、目の前の魔石をやけ食いしているタクを必死で止めているアリヤ。そんな二人を、三人はどこか遠い目で眺めていたのだった。