#6 団欒と襲撃再び
「うおっ・・・思ったよりだいぶ綺麗だな。」
自分のスキルの把握を一通り終えた俺は、ダリフの紹介で、彼が率いるプストルムのトップ冒険者ギルド『アシュラ』の本部の二階にある空き部屋へとやってきた。こう言っちゃなんだがボロいベッドと机と椅子のセットを予想していたが、古びていない新品のようなベッドにそこそこの収納スペース、温かみのあるランプ、机の上には取っ手のついた壺の中にコーヒーまでも入っている。そこら辺のビジネスホテルよりもよっぽど心地の良い空間が広がっていた。
本当は三、四泊泊まれるはずだったのだがレリルドが急かすので二泊になってしまった。魔神が世界を滅ぼすまであと一年しか無いらしいので普通ならすぐにでも魔神の元へ向かうのがベストなのだろうが、オタクの性なのだろう。理不尽に異世界転移させられて早く元の世界に帰りたいはずなのに、それと同じくらいこの世界を楽しみたいのだ。このような機会はもうこれからの人生で二度と訪れないであろうから。
そういえばこの世界に来てからだいぶはしゃいでいるのも事実かもしれない。元いた世界では人や物にあまり関心が無かったので、いつもリアクションなんていちいち取ってなかった。現実に興味が湧かなかったからこそアニメや漫画にのめり込んだのだ。しかし、今やその非現実的な世界に自分が存在している。まさに夢のようだ。
しかし夢は覚めるもの。これが現実に限りなく近い夢なら、たとえ世界を救おうが魔神を倒せずに死のうがいつものベッドの上で目覚めるだろう。現実なら、死ねば元いた世界とは違う世界で骸となり、おそらく魂もこの世界と共に滅ぶのだろう。もしも魔神を倒せたのならば、アルデンが元の世界に帰してくれるのだろうか・・・・・
いや…。
そうとは限らないかもしれない。アルデンは確かこう言った。
一方通行なんで帰ることはできんのじゃ。じゃが、魔神を倒すことができたのなら、わしが他の神に頼んで、元の世界に戻してやろうぞ。
普通なら戻ることはできず、もしも他の神とやらにも元の世界に戻すことが不可能なのだとしたら・・・そもそもアルデンが俺を帰す気がないのなら・・・・・。
「いや、マイナスに考えるのはよそう。」
それは考えても仕方のない事だし、変な方向に考えすぎてしまうのは俺の昔からの悪い癖である。こんな全く現実的では無い事象、どれだけ悩んでも解決なんてしないだろうから。そんなわけで部屋に置いてあった壺入りコーヒーを頂くことにした。
壺の取っ手を持ち、横にセットで置いてあったコーヒーカップに入れる瞬間、ちょおっと驚いてしまった。
「・・・温かい⁉︎」
熱過ぎない。ちょうど良い温かさだった・・・これは異世界版の魔法瓶ならぬ魔法壺なのだろうか?壺をよく調べてみると、底に魔法陣が描かれていた。どこぞの少年漫画みたいに構築式とかがあるのだろうか?
などと妄想を膨らませながらコーヒーを啜っていると、コンコンとノック音が響いた。
どうぞとこちらが応えると、ドアが開いて現れたのは、見たところ二十歳位の黒茶色の女の人だった。優しい目をしている、なんというか、どこか柔らかい雰囲気の人だ。
「あなたがタク君よね?私はイザベリア・リイス。気軽にイザベラって呼んでね!」
「よろしくお願いします。で、何か御用でしょうか?」
「あなたがいた異世界ってのがボスから聞いた時からどうしても気になっちゃって。いろいろ教えてくれない?」
改めて、この女の人はイザベリア・リイス。現在『アシュラ』の中堅レベルくらいで、戦闘での役割は主に杖による後方支援。治癒魔法や強化魔法である。彼女曰く、大体ダリフの後ろに配置され、脳筋特攻気味の彼のサポートで日々頭を悩ませているらしい。なんというか、若くして苦労人である。
「ええっ⁉︎魔法がないの⁉︎じ、じゃあ遠くにいる仲間への連絡とか情報共有とかはどうやってやるの?」
「携帯電話っていう仲間と通信できる物がありましてね。近頃だと買い物とかゲームとかもそれ一つで出来ちゃうんですよ。」
「魔法ないのにケータイデンワとやらで交信出来ちゃうの⁉︎買い物も⁉︎一体どうやって?」
「えーと・・・自分の番号を決めておいて・・・相手の番号を自分の携帯に入力して・・・携帯から発生する電波をその相手の携帯が受け取って・・・・・みたいな?」
ぶっちゃけ携帯電話会社の職員じゃないので詳しいことは全くわからないが許してほしい。この世界はウェブ検索さえ出来ないのだ。むしろ頑張って説明しようとした俺を褒めてほしい。
「ゲームもできるって言ってたけど一体どんな?ポーカーとか?」
「多分あると思いますよ。あんまりやったことないですけど。」
というかこの世界トランプあるんだ。多少の娯楽はあるんだなぁ。てか全く気にしてなかったけど俺のやってたアプリゲームのデータちゃんと残ってるかな?もしも戻って俺の努力の結晶であるイベランTOP一位の称号が無くなってたりそもそもサービス終了なんかしてしまったら割と立ち直れないかもしれない。まぁバックアップは取ってるしIDも覚えているので多分大丈夫だろう。あ、ちゃんと学校には行ってたよ?うちの学校スマホ全部OKな上に帰宅部だったから、決して不登校じゃないよ?友達ほぼいなかったけど。
こんな事をまだ考えていられる余裕があるのだから、まだ気持ち的には余裕が残っているということだろう。イザベリアさんもだいぶ穏やかな人で、自分の世界のことを知りたい彼女との会話は弾んでいたのだが、
リンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴン!!!!!!!
「⁉︎な、なんだ⁉︎」
突如鳴り響いた鐘の音の出どころは、どうやらプストルムの中心地の高台のようだ。ダリフの話だと、『アシュラ』のギルドメンバーの何人かがその高台でローテーションしながら街を監視しているのだそう。
「敵襲ッ!敵襲ーーーーーーーーッ!!」
急に一階の方がバタバタしている。まぁ間違いなく緊急事態だろう。
「タク!いるか!ってイザベリア!オメェ何やってんだ!」
「い、いや〜・・ハハハ・・・。」
「緊急だ!さっさと戦闘準備しろ!」
「り、了解!」
と言うとイザベリアさんは速やかに退出して準備に取り掛かっていった。
「ダリフさん!何があったんですか⁉︎」
「昨日の犬獣人がまた攻めてきやがった!しかもえげつねェ数だ!」
え?昨日の夜も相当ヤバかったし三百体くらいは倒したのにな・・・。
「五百体くらい出たんですか…?」
「・・・・・三万だ・・・しかもどんどん更に湧いてきているらしい」
「さっ・・・⁉︎」
三万!?昨日の百倍⁉︎
「犬獣人を召喚している輩がいるかもしんねぇ・・・。わりぃが手を貸してくれ!」
「わかりました。急ぎましょう!」
この世界に来てから、ダリフには色々と恩がある。断ることなんてできない。俺は急いで部屋を出た。
「そもそもあいつらはニンドに生息している魔物・・・そもそも一体でもいるのが不思議なくれぇなのに………。」
そうダリフが部屋で呟いたのは、俺がそこを離れた後だった。
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