#68 姿去りし後
「なんと・・グラーケン・・・あの死掴の洞窟烏賊めがここまで移動してきたじゃと・・・!?」
「ほ、本当なのかい・・・?」
「はい。ムラメもこの目で見ました。」
長老の間へと直行してきた俺たちは、すぐさま先ほどの状況を長老に説明する。
「グラスプ・・?」
「あ、はい。死掴の洞窟烏賊。グラーケンの別名です。名付けたのが誰かは知りませんが・・・」
俺が疑問を浮かべていると、すぐさまムラメがそのアンサーを持ってきてくれた。二つ名まで持っちゃってまぁ。御大層なことこの上ないな・・・
「そんなことより長老。グラーケンがここまで来たということはつまり・・・」
「うむ・・あの魔石の壁が、グラーケンに突破されたということ。それすなわち・・・奴が闇属性に対する耐性を獲得した・・・または、光属性以外の魔法を会得した可能性が高い・・・こちらとしては、あまり芳しくないな・・・・・」
長老とキキョウはその場で黙り込む。彼ら洞窟居住民から見ても、グラーケン侵入は想定外の事であった。
さらに言えば、決して軟弱な物ではなく、それに加えグラーケンの天敵とも呼べる闇属性の魔石で作られた防壁が破られたとなれば、もはや洞窟居住民を守る盾は、人を除き存在しえなくなってしまったのだ。
「じゃがしかし・・グラーケンはなぜ何もせずに戻っていったのか・・・そこが分からん・・・」
「あ・・!それです!誰かがムラメの名前を呼んできたのです!「逃げて」って!」
「何じゃと・・・!?」
ムラメのその証言には、一切の偽りはない。それを察したのか、二人、特にキキョウの様子が一変した。
「・・・いや・・まさか・・・でも・・・そんな・・・・・とにかく・・ムラメ、それは本当に・・本当なのかい・・・!?」
「は・・はい。」
「・・・そうか。」
明らかに動揺の色が見えたキキョウだったが、その後希望を期待を取り戻したような目でムラメに問う。
ムラメの答えを聞いた彼は、嬉しさと不安が入り混じったような声でそう返した。
「でも確かに・・・それなら辻褄が合うかもしれない・・・考えたくはないが・・・」
「キキョウ・・・まさか・・・?」
二人だけで何やら話が進んでいるようだが、内容がいまいち理解できない。それに、グラーケンの情報も正直触手以外の事はよく分かっていない。
「・・・まぁとりあえず、試してみるか。」
「?何をだい、タク?」
待っていても情報が頭上に降りてくることは無い。なので、あいつから引きずり出すしかないのだ。情報を、出せるだけ全部。
「・・・・・あの野郎に闇属性の攻撃が通用するのかどうか。」
そう。どれだけ闇属性と光属性耐性がある防壁であろうと、おそらく奴が時間をかければ突破できないものではない筈だ。そして何とか突破できた瞬間が、たまたまついさっきだったということも百パーセントあり得ないことなどは無い。
つまり、希望はまだあるのだ。とてつもなく小さな希望は。ほぼ無いに等しいが、全く無いわけでもない。
当初考えていた、闇属性の魔石によるグラーケン攻略の成功率は、まだゼロではない。ならば、試してみる価値は十二分にある。
「正直、最悪外まで強行突破すればいいとも思ってたが・・・事態が変わった。あいつを仕留めてしまわないと、この居住エリアも危うくなる。だから、できることは全部やる。そうでもしないと、俺は英雄なんて名乗れない・・・まぁ、ぶっちゃけ全く自分が英雄なんて思っちゃいないんだが・・・」
「いいんじゃない?それで。自分で英雄って名乗るよりも、周りから英雄って称えられる方が、威張ってるよりもよっぽどいいわ。」
「僕らは英雄じゃなくて、君という人についてきたんだ。タクがやろうとすることを、僕らは肯定するよ。」
「・・・・・」
まったく。いい奴らだよ。本当に。
俺はあえてその言葉を心の中だけで呟く。その代わり二人に気持ち程度の笑みを返し、本題へと、戻る。
「長老。魔石の壁まで案内してくれませんか?」
「・・・そうじゃな。壁の状況も確認しておきたいしのぉ。」
「では、私がご案内いたします。長老はここでお待ちを。」
「すまんなキキョウ・・助かるわい・・・この年になると体が思ったように動かんくてな・・もうこれ以上年はとりたくないものよ・・・」
そういうわけで、俺たちはキキョウの案内の元、長老の間を後にし、魔石の壁を目指して歩き始める。
「ムラメ、少しは落ち着いたか?」
「はい。先ほどは取り乱してしまいすみません・・・次は・・次こそはもっとしっかりやってみせます!」
「おう。それでこそムラメだ。」
ムラメは何とか以前の元気を少しづつ取り戻しているようで、こちらとしても一安心だ。俺がこの年ならあんなの見た後は数時間は怯えるだろうに、流石の精神力である。
「はっはっは。すっかりムラメも懐いているようで、私としても一安心ですね。」
「キキョウさん、どんな鍛え方したら七歳でここまでの化け物が出来上がるんですか・・・?あ、もちろん、化け物っていうのはいい意味で・・・」
「はは、分かってますよ。ただ・・ムラメの修業の面倒を見てくれているのは長老なので、戦いに関しては私は何も。お恥ずかしながら、私もムラメには一切勝てないんですよ・・・」
「ムラメはお父さんよりも強いのです!」
「キキョウさんも強そうだけどなぁ。」
「やっぱり強いのねムラメちゃん。」
キキョウはこう言っているが、彼も彼で細身ではあるがしっかりと筋肉がついており、鍛えているというのは一発で分かる。
そして、ムラメほどではないかもしれないが、キキョウも闇の精霊の加護を受けているだろうし、かなり強いということはたしかだろう。ただちょっと娘が規格外というだけで。
「ここには、ムラメが思いっきり戦える相手というのが中々いなくて・・・ですので、ムラメも楽しみにしていたようで、昨日も中々寝付けていませんでしたし、きっと戦っている間も、とてもはしゃいでいたのでしょう?」
「ふふっ。ムラメちゃん。本当に楽しそうでしたよ。」
「アリヤさん!次は負けませんからね!」
ムラメが休憩も忘れて戦おうとしていた理由が分かり、俺はそれを聞いてすぐに納得する。
確かに何事においても、自分と同程度の実力の相手がいなければ自然とやる気もモチベーションも下がっていくことだろう。ムラメにとって、俺たちとの戦いはいい刺激になったのかもしれない。
そう思うと何だか嬉しくなるが、俺に関しては戦う直前にグラーケンが乱入してきて中断となったので、もしかすると俺はそのモチベ向上に含まれないのでは・・・?なんだか複雑な気分になってきた。
「さぁ。着きましたよ。」
「こ・・これが全部魔石なんですか!?」
「凄い・・こんなに大きな魔石を見るの初めて・・・!」
目の前いっぱいに広がる深い紫色の壁。この洞窟はグラーケンの影響を受けてかなり明るいので、ここら一帯はかなり輝かしい。
このすべてが、俺たちが空想上で探し求めていた闇属性の魔石そのものなのだ。その凄まじい存在感に、俺達三人は全員が息を呑む。
だが、今俺の視線を少し右側に持っていくだけで、少しばかりの絶望感が襲ってくる。
魔石の壁は大きく破られており、壁が洞窟ごと分断されてしまっていたのだ。そしてその近くに開いている三つの穴。あれは間違いなく訓練場に開いた穴である。
つまり、破壊不可能だと思われていた防壁がグラーケンに突破されたという予想は、嘘偽りのない現実のものとなってしまっていたのだ。