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異世界武闘譚~英雄の雛の格闘冒険録~  作者: 瀧原リュウ
第三章 ビギニング・ジャーニー
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#67 響く声

 突如そこに現れたそいつに、なぜ貴様がここに!?と悪役のテンプレのようなセリフを言いたくなる気持ちをグッと堪えながらも、今この状況がかなりまずいことを急いで認識する。

 この訓練場は、洞窟居住民(アンダーグラウンダー)の居住エリアと直通で繋がっている。今ここで迎え撃てば、そちらの方に被害が出ることは間違いないだろう。

 

「そんなことよりあの野郎移動できんのかよ・・・」


 あのとてつもない巨体なのだ。移動など出来ないだろうと思っていたのだが、どうやら触手をうまく使って本体を移動させている様子だ。

 しかし、あれほどの物体が動いたのだ。洞窟の方はさぞ大惨事なのであろう。


「いえ・・本当であれば、動けるはずなどありません・・!動かせることができるのは触手だけのはず・・・現に私は、グラーケンの姿を今まで見たことがなかったのですから・・・!」

「じゃあ、本来ならずっとあの場所に行ったって事かしら・・・?」


 アリヤの言うあの場所とは、もちろん俺たちが奴の本体と鉢合わせたあの洞窟内部の広すぎる空間の事である。

 あの場所にも漂っていたエンゲージフィールドの魔物を全て拒むようなこの異様なオーラは、あらゆる生物を委縮させてしまうことだろう。


「ここで迎え撃つのはまずい・・・!けど、他に良い場所なんてどこにも・・・」

「クソッ・・めんどくせー所にきやがってこの野郎・・・!」


 状況、戦力差、場所、現在その全てが最悪の状態である。希望となっていた魔石も今は手元にない、それどころか、本当に闇属性の魔石の壁があったとするならば、グラーケンはその壁を突破してきたということになる。それはつまり、闇属性の攻撃が効かない可能性も視野に入れなければならなくなったということだ。


ドガァァァン!!!


「ひゃうぅぅ・・・!」


 穴の奥に見える金色の輝き。そしてその隣でまたもや轟音と共に大穴が開く。そしてそこから現れるのは、光ではなく物体。まごうことなき巨大な触手。


ドゴゴォォォ!!!


 そして反対側からも同じものが出現する。訓練場に生えてきた二本の触手は、まるで余所者(おれたち)を蹂躙し、排除するのを心待ちにするようにその場でうねうねと動かしている。イカだからまぁ・・イカだな。と、語彙力が壊滅的な事しか思わないが、これが人間であったのならば、かなりたちが悪い事だろう。いや、前言撤回。イカでも性格が悪いのは確かだ。

 そしてムラメの方は、その場で(うずくま)り委縮してしまっている。だが仕方のない事だろう。俺だって小学生の時こんな化け物目の前にしたら、パニック状態になってギャン泣きすること間違いなしだろう。


「さて・・・もうやるしかねぇか・・?」

「・・・えぇ。私たちが食い止めてる間に、ここの人達にはどこかへ避難してもらいましょう。レル。ムラメちゃんをお願い。」

「分かった。ムラメちゃん、立てるかい?」

「は・・はい・・・」


 俺とアリヤはすぐさま構え、レルはムラメを安全な所へ連れて行こうとする。

 ムラメは怯えながらも立ち上がり、壁の方向を見上げる。

 グラーケンの触手だけであればムラメも何度も見ているようだが、本体の放つオーラには圧倒されざるを得なかった。ムラメの一歩外の世界は、彼女にとって、思っていた何倍も厳しい世界だったのだ。そんなムラメの中を駆け巡るのは、恐怖、不安、そして、()()()()()()()()


「・・・・・」

「ムラメ!早く!」


 先程まであんなに怯えていたムラメは、その場で少し口を開いて立ち尽くす。目の前の輝きと、二本の脅威を見つめながら。

 当然変わったムラメの様子に、俺は正直理解が追い付かなかったが、今はそんなことをゆっくり考えている暇などない。


「どうしたんだよムラメ・・!早くここから離れ―――」


 ・・・・・・・テ


(・・・・・は?)


 その瞬間、俺の脳内に突然誰かが語りかけてくる感覚に襲われる。

 近くを見渡すと、他の三人も目を見開いて何が何だか分からないような顔をしている。おそらく三人も同じ現象が起きているのだろう。

 この感覚はこの世界で二度目。獣人と戦った際に連絡を入れてきたバッカスさんの念話のそれに似たようなものだった。


 ・・・・テ・・ニ・・・ゲ


「な、何なの・・これ・・・」

「グラーケンが喋っている!?・・・いや、おそらく違う。仮に奴が言葉を発しているならば、僕らはとっくにその声を聞いているはずだ・・・!それに、師匠はグラーケンが喋るなんて言ってなかった・・・!」


 だが、確かにその声は脳裏で響く。しかし分かるのは、この声の主がおそらく女性であるということのみ。


 ・・・・ニゲ・・テ・・・ニゲテ・・ムラ・・・・メ・・・


「え・・?私・・・?」

「逃げて・・・ムラメ・・だって・・!?こいつ・・いやそうじゃなくとも・・何でムラメの事を知ってんだ!?」


 確かにこの声の主は、逃げてムラメと告げた。ということは、グラーケン、またはそれ以外の誰かが今まで喋らなかったのは、喋ることなどできないからではなく、対象がムラメではなかったからなのだろうか?だがしかし、なぜムラメ限定なのだろうか。それとも、ムラメだけではなく、洞窟居住民(アンダーグラウンダー)ならば反応するのだろうか?


 ・・・モウ・・ナガ・・クハ・・・モタナイ・・・・・ダレ・・デモイイ・・・グラ・・・ケンヲ―――――


 その声が頭の中に響かなくなったと同時に、突然グラーケンはこちらへ向けた二本の矛をゆっくりと収める。

 そしてそのまま更に触手を出して襲ってくるといったこともなく、その場で少しじっとしたのちにその場から去っていった。

 

「・・・ッ!?待って・・!」


 もちろんムラメのそんな言葉がグラーケンに届くはずもない。でももしかしたら、本当は届いているのかもしれない。俺たちに、いや、ムラメに呼びかけた名も分からぬ誰かには・・・


「・・・・・結局、一体何だったんだ・・・?グラーケンもだが、あの声・・・」

「分からない。けど、優しい声だった。」

「ムラメちゃん、あの声に心当たりはある?」

「・・・分かりません・・でも・・どこかで・・・・・」


 俯きながら自信なさげにそう答えるムラメからは、先程までの溌溂とした笑顔は消え、どこか不安そうな顔を浮かべている。

 

「あの声の人はとりあえず置いといて・・・グラーケンが何もせずに去っていったことも気になるな・・・」

「そうね・・・例の魔石の壁もどうなっているのか知りたいわね。」

「とりあえず、このことを早く長老さん達に・・・ん?」


 レルが俺たちが訓練場に来た道の方を見ながらそんな声を上げる。

 俺達も何事かとそちらを向いてみると、一人の男がこちらへと近づいてくる。ムラメのように、黒に紫が入り混じったような色の短髪。身長はぱっと見百八十ない位。かなり焦った様子で俺たちの方へ向かってくる。


「ムラメ・・ムラメーーーッ!!!大丈夫かーーーっ!!!?」

「ムラメちゃん・・あの人は?」

「わ・・私の父です・・!」


 あれだけの爆音そして屋内だ。あの音は居住エリアにも響いてきたのだろう。心配して真っ先に駆け付けるのは娘の事を思ってだろう。

 そうしてここまで走ってくると、膝に手を置いて少し息を整えると、すぐにその優しい目をムラメの方に向ける。


「だ、大丈夫かいムラメ・・・!?怪我とかは・・?」

「・・・うぅ・・えぐっ・・・お父さぁぁん!!」


 ムラメは父の姿を見た瞬間涙腺が崩壊し、すぐさま泣きながら自分より何倍も大きな体に抱き着く。父親はその小さな体を大きな腕で包み、ゆっくりと我が子を宥めながら今度はこちらの方を向く。


「貴方たちが今日からムラメの修業に付き合ってくださっている方たちですね?申し遅れました。ムラメの父のキキョウと申します。しばらくの間、娘がお世話になると思いますが、宜しくお願い致します。」

「は、はい。こちらこそ・・!」

「それで・・・ここで一体何が?明らかに規格外の音がしたもので、何かあったのかと。それに、上部のあの穴・・・散らばっている岩を見るに、どうやら外から破られたみたいですが・・・まさか・・・・・」

「えぇ、お父様。事態は一刻を争うかもしれません。私たちと長老の元へご一緒いただけませんか?」

「・・分かりました。行きましょう。」


 ムラメの父キキョウは、そのままムラメを抱きかかえたまま立ち上がり、俺たちと共に長老の間へと向かう。

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