#42 神殺しの糧その九
「ふぅ・・かなり倒したけど・・・まだいるのかな?」
アリヤと別れてしばらくした後、近くにいた大勢の冒険者と結託し、残党をどんどん片づけたレリルド。この場にいる全員の分を合わせて、二百人以上は倒しただろうか。
「レリルド君!大丈夫かい!?」
「あ、ドールトンさん!僕は大丈夫です。」
レリルドに声をかけるのは、冒険者協会のドールトン。Bランク上位の実力を持っており、レリルド達も何度か共にクエストをこなした中である。
「アリヤちゃんの方もさっき何人かを応援に回した。敵もほとんど沈静化したし、ライルブーム周辺辺りは大丈夫だろう。後はヴォルト城だが・・・まぁダリフさんがいるなら問題ないだろう。」
「はい・・そうだといいんですが・・・」
「?」
レリルドの自身のなさそうな返事に、ドールトンは少し首をかしげる。レリルドはダリフの唯一の弟子。最も彼の圧倒的な力を信頼しているのはレリルドなのだ。だというのに、彼の表情は少し暗かったのだ。
向こうがやばそうだ。勘だよ。
タクが言い放ったその言葉が、レリルドの頭から離れない。本来なら何も心配はいらない筈なのに、タクのあの目を見たら、本当に何かあるのではないかと考えてしまう。
「・・・ドールトンさん!僕、ヴォルト城に行ってきます!アリヤを見かけたら、アリヤも来てほしいと伝えてください!」
「お、おい!レリルド君!?」
なにか胸騒ぎのようなものを感じたレリルドは、急いでヴォルト城へと引き返す。
―――少し時は遡り、ヴォルト城にて・・・
「ヘェーッ!なかなかやるじゃないの首相さんよぉ!」
「モラウス・アリンテルド。昔は相当強い魔法士だったって聞いていたが、ここまで老いぼれてもまだ健在とはな。」
「・・面倒くさい・・・早く終わらせましょう。」
アリンテルド共和国首相モラウスは、ヴォルト城内部に侵入してきた襲撃犯の中でも特に強いであろう五人組を一人で相手取っていた。
実は、昔モラウスは『魔操王』の二つ名で呼ばれ、当時のAランクの実力者の中でも群を抜いて魔力を操ることに長けていた。魔力炉もかなりの大きさであり、現役の頃までとはいかないが、それでもこの五人の相手をするには十分の実力を現在でも有している。
「反応・・遅い。」
「ぬッ・・グウゥ・・・!(此奴ら・・厄介だな・・・!)」
五人は全員違う属性の魔法で連携を取っており、それぞれ炎、水、風、雷、地属性の魔法を行使してモラウスを取り囲み、一瞬の絶え間もなく襲っている。
そしてモラウスは、その中の水属性の魔法を操る大柄で優し気な顔立ち、それでいて自信なさげな紺色の髪の男の放つ超高圧の水によって脇腹を抉られてしまったのだ。
「おいネロ、次の攻撃俺に合わせろ。」
「う、うん。分かったよベイントス。」
水属性魔法使いの方がネロ、風属性魔法使いがベイントスである。
ベイントスの容姿は、緑色の短髪。身長はレリルドより数センチ高いくらいだろうか。荒くれ者のような顔をしておきながら、どことなく気が抜けているような雰囲気を醸し出している。
通常、魔法というものは、行使する者の生命活動が停止するまで、その能力、技の威力が衰えることはない。どれほど年を重ねても、変わらず最大限のパフォーマンスを発揮できるというわけだ。
だが、肉体はそうとはいかない。年老いたモラウスの肉体では、動きは鈍く、反応速度は全盛期と比べると遥かに衰えている。そして体力はこの時点でかなり限界に近い。今は何とか攻撃に耐えているが、押し切られるのも時間の問題だろう。
「ダリフ・ドマスレットの時はちょっとびびっちまったけど、それに比べたら、あんたなんて大したことないね!」
「ファロ、調子に乗っちゃダメ。」
「はいはい、分かってるわよテラ。」
こちらの二人は、金髪でスタイルのいい雷属性魔法使いのファロという名の女と、白髪で少し幼い見た目の地属性魔法使いのテラという名の少女。どちらも美少女と言っても差し支えのないような顔立ちである。
五人の実力は他の襲撃犯とは比べ物にならない程であり、実際に個人の実力も全員がAランクを超えている。そんな者たちが完璧な連携で一斉に襲ってくるのだから、普通に考えれば絶望的である。
ここまでやられていないのは、モラウスのこれまでの修練の賜物あってこその者だろう。
「小童共が。そう簡単にこの儂、モラウス・アリンテルドの首を獲れると思うなよ・・・!かあああッ!!『精密魔力操作【双龍】』!!」
「・・ッ!オーラが変わりやがったッ!?」
モラウスは魔力を用いて二体の龍を呼び出す。呼び出された龍は、全長五メートルはありそうな巨体で、片方は青色、もう片方は緑色で、実体があるわけでなく、あくまで魔力の塊であるため、周りからはオーラのようにも見えるのだ。
「真の如き龍の舞。お見せしよう。ふぅぅん!!」
そうしてモラウスは、自身が生み出した二体の龍を、二本の腕を使いそれぞれ操る。
龍はモラウスを守る盾のように、時に攻め込む矛として五人に襲い掛かる。
「チッ・・かなりのスピードだ・・・」
「こ、今度こそ終わりかも・・・」
「あんたら何弱気になってんのよ!クルーシュス様に与えられたこの使命。果たす以外ないでしょ!?」
「それに・・この程度、私たち全員でかかって突破できない方がおかしいし。」
「そうだなァ!ジジイ・・俺たちの全力を見せてやる・・・せいぜい派手に死んでくれよ!!!」
「「「「はぁぁぁぁ!!!!!」」」」
「「「「「『円環魔術融合』!!!」」」」」
モラウスを囲んでいた五人の魔力炉が繋がり、一つの大きな大魔力炉が完成する。
円は途切れることなく伸びていき、やがてモラウスを包み込む半透明の球が出来上がった。
五人が協力して完成させる秘奥義。
球の効果は、内外両方の物理攻撃の一切を無効化。外側からの魔法攻撃を中に通し、内側の壁で反射するというもの。
つまり、外部から中に攻撃すれば、攻撃を反射して中にいる者の命を容赦なく削っていく上に、魔法を用いての内側からの脱出は絶対に不可能だということである。
だがデメリットもあり、それは制限時間。
この球は、三十秒で内部の生物の生死関係なく壊れてしまうのだ。だがしかし、五人が物量の多い魔法で地から押しすれば、大抵の者は瞬時にこの世での一生を終えることになるだろう。
「むぅ・・・我が双龍をもってしてもこれか。儂も落ちたものよ。」
モラウスが一瞬だが優勢を取った双龍も球の中な為、もはやモラウスになすすべは残っていなかった。
その直後、大量の高密度の魔力の塊の数々がモラウスに襲い掛かる。
「だが、双龍はまだ死んでおらんッ!!はあああああ!!!」
モラウスは迫りくる攻撃を全て二体の龍で打ち消していく。魔力の質はこちらの方が上のようで、モラウスに当たる攻撃は発動開始から二十秒経った時点でもまだ一つもなかった。
だが、少し甘かった。
「意識外からの攻撃・・予想外の威力・・そして・・・圧倒的な貫通力ッ!」
再びネロが高圧の水の槍とも呼べるそれを放つ。
パワー、スピード、水の太さ。全てが急に跳ね上がった一撃。ここまで難なく攻撃を捌けていたモラウスの一瞬の気の緩みを突いたその攻撃は、後ろからモラウスの上腕二頭筋の部分を抉り、そのまま肉体と右腕を千切るように分断させた。
「グアァァッ!!!ぐ・・ぬぅ・・・!」
その槍は球の中で反射し、次にモラウスの顔面に向かって襲い掛かる。
モラウスは咄嗟に頭部を右にずらし回避を試みたが、間に合わなかった。
水の槍は、その圧倒的な威力でモラウスの左耳を消し飛ばした。
耳を消したタイミングで球が崩壊し、それ以上の肉体の部位の欠損は免れたが、片腕を失った事で、操作できる龍が一体減ってしまった。それにより、右腕で操っていた青色の龍が消滅してしまう。状況は変わらずに絶望的であった。
そして、危機はそれだけでは終わらなかった。
入口の方から、何者かがとてつもない速度でこちらへと向かってくる。
「クルーシュス様!?」
「ダリフ・ドマスレットとはかなり分が悪かった。モラウスをさっさと始末してこの場を去る。奴を拘束しておけ。」
「「「「「ハッ!!!」」」」」
クルーシュスに指示され、五人は黒い魔力の塊を瞬時に作り出す。
そこからモラウスに向かって塊は伸びていき、次第に五つの方向から放たれた魔力の帯のようなものがモラウスを縛り上げた。
ダリフとの戦闘から離脱してきたクルーシュスは、目標をモラウスだけに絞り、両手を前に出し、魔力を一点に集中させる。
そして直後、またしても遠くからやってくる男がいた。
フレイリアの安否を確認した後、全力でクルーシュスを追いかけていたダリフだ。
「チキショウ!!間に合わねぇ!!!首相ーーーッ!!!」
「『雷玉』っ!!!」
次の刹那。純粋な雷属性のエネルギーの塊が放たれる。
モラウスは、死を悟ったのか、避けることもせず、ただ悔みながら目を瞑る。
このような悪党に殺されるのは、元王家の恥でしかない。孫に最後に何も言えず、早くして逝った彼の両親の持てへ行くことになるとは。悔やんでも悔やみきれない。
そんなことを間際に考えていたモラウスだったが、クルーシュスの『雷玉』が彼に衝突することはなかった。
眼前に突如割って入って来た人影、それがモラウスの盾となり、衝突と共に黒い煙が上がる。
「なんだと・・・誰だ貴様は!?
「な・・・一体・・・・・お、お主!?」
「タ・・・タクじゃねぇか!?お前・・何でここに!?」
煙の中から姿を現したのは、数日前、モラウスの前に現れた男。タクであった。そして纏う雰囲気は、以前ダリフとの模擬戦のそれと同じであった。
そして、クルーシュスの攻撃を受け、姿を現した瞬間、タクの『神の第六感』の効果が切れる。
「・・・・・ふぅ・・・どうやら、間に合ったみたいだな。んで、どういう状況?」
どうやらモラウスを、天はまだ見放していなかったようだ。