#39 神殺しの糧その六
タクは可能な限りのスピードで洞窟を抜けると、少し離れた場所にあるライルブームに目を向ける。
「!?・・・ッ!!」
そして彼は言葉を発する前にはすでに走り出していた。彼が見たのは、街に広がる火の海。時々鳴り響く轟音は、炎系の魔法なのか、はたまた誰かが仕掛けた爆弾なのか。
街へ入ると、響き渡るのは住民の悲鳴、雄たけびを上げ迎撃している冒険者の面々。それを取り囲むのは、全員顔を隠している者達。性別、服装などはバラバラだが、そいつらの共通点が二つ。
一つは先ほどの通り。全員が顔を隠しているということ。そしてもう一つは、背中の部分に全員同じマークがある。アルファベットのVのようなマークに横一文字、そして剣の三つが重なったようなマーク。意味はよく分からないが、そんなことはこの際どうでもいい。
「ハァァァッ!!!」
「グアアッ!?」
「な、なんだきさ・・グハァッ!?」
冒険者を取り囲む奴らを、有無を言わせずに一網打尽にしていく。
「あ、あんがとよ兄ちゃん・・助かったぜ・・・」
「あんたら冒険者だろ?早く住民を安全な場所に!!」
「お、おう!」
そこにいた冒険者複数名は、指示通りに近くにいた住民たちを護衛しながら安全な場所を目指す。
「・・・まぁ、あるかどうかは分かんねぇがな。」
仮になくとも問題はない。似たような奴らを全員片っ端から殴り倒して、この謎の騒動を終わらせればいいだけの話。
そう考えた俺は再び走り出す。あのような奴らがいったい何人いるのかは定かではないが、まだ確実に残っているだろう。犠牲者が増える前にとっとと終わらせなければならない。
「あいつら、大丈夫かな・・・まぁ問題ねぇか。」
獣人との戦いの後から、俺はレルとアリヤを心配するのを極力やめた。ダリフが異常すぎるので霞んで見えるが、二人の実力も相当なものである。
それに、二人はこれから共に魔神を倒すために苦楽を共にするであろう仲間なのだ。そんな二人を信じないことは逆に失礼に値すると思ったのだ。
そういうわけですでに信頼しているので、俺は合流を急がずに、迎撃している者の手の回らなさそうな場所を探すことにした。
「クソッ、面倒くせぇな・・・」
ダリフはヴォルト城にて、敵の魔法士に足止めされていた。数は五人、それぞれが違う属性の魔法を使い、時には単体で、時には複数を重ねてダリフに放ち、そのコンビネーションはとんでもなく、まさに神業と言えるものだった。
「いくら最強の男でも、俺達五人を相手にするのは骨が折れるんじゃねぇのか?」
「でも、まだ全然本気を出していない様子だ・・あぁ・・まだ死にたくない・・・」
「なに弱気になってんだよ。俺たちの役目はあくまで足止めだ。やられそうになったら離脱すればいい。」
「あんたこそ弱気ね。せっかく名を挙げるチャンスなのよ?意外と何とかなったりしそうじゃない?」
「・・・ちょっとなめ過ぎよ。連携崩したらこっちがおしまいなんだから、ミスしないでね。」
五人はダリフを取り囲み、反撃の暇もないほどの攻撃を浴びせていく。ダリフはそれらを全て大剣で切り刻み、捻じ伏せてゆく。その顔には一切の焦りもなく、誰の目から見ても、ひどく落ち着いている様子だ。
(・・前は森の中だったから暴れ放題だったが、ここじゃあ首相やフレイリアを巻き込んじまう。めんどくせーとこで仕掛けてきやがって・・・レルとアリヤは何とか街へ向かわせたが、このレベルの奴らがいたら厳しいかもな・・・)
ヴォルト城も戦場と化し、近衛騎士団、魔法師団が全総力を挙げて迫りくる者達を食い止めている。
「クッ・・・ハァア!!」
「ふん・・・」
フレイリアが腰に携えた剣で放つのは、高速の斬撃。突きを二回の後にすかさず五連撃。袈裟、逆袈裟から勢いを使って一回転。そのまま加速をつけて更に袈裟を落とす。その後も無数の斬撃をフェイントをかけながら放っていく。だが、相手は右手に握る武器でその全てを涼しい顔で弾き返していく。
彼女が対峙しているのは、その体躯に似つかわしくない小さなナイフを持つ大柄の男。
「・・ッ!!あなた、一体何なの!?」
「俺は神を恨む者。そして、全ての業を背負うことを決めた者だ。」
「訳わかんないわね!」
「貴様がそれを分かる必要はない。だが、少しの間眠ってもらおう。」
「!?」
そう言うと、男はナイフを左に持ち替え、右手に魔力を集中させる。
その直後現れるのは、神話のゼウスが持っているような、伸ばした雷のような形の物。
それを見たフレイリアは、迫り来るであろう攻撃に咄嗟に対応する。
「ハァァァ!!『火焔武装』ッ!!!」
そこから、両者の炎と雷による鍔迫り合いが始まる。
「ほう・・全力ではないと言え、俺の『雷霆』を受け止めるとは・・・中々やるな。」
「そりゃどうもっ!!!」
男は余裕の笑みを見せるが、フレイリアの方は表情が若干険しくなってきた。そして、とうとうフレイリアの炎剣は弾き飛ばされる。
「・・・アリンテルドで炎の武器を生み出す者・・・お前、ノバルファーマの者か。まさか生き残りがいたとはな。」
「生き残ってて悪かったかしら?」
「いや、悲劇を乗り越え、そこまで強くなったことを誇るがいい。だが、この場は譲れん。」
男は突如ナイフの切っ先をフレイリアに向け、そこから彼女が死なない程度の雷撃を浴びせる。
「ぐああぁぁぁぁっ・・・・・!!」
「フレイリアァァッ!!クソ!どきやがれテメェら!!!」
「安心しろよ。アイツは死んでない。ただ眠ってるだけさ。いや、あの場合気絶って言うのかな?あぁ、でもあの女、弱っちそうだからあっさり死んじゃってるかもねぇ?」
ニヤリと笑みを浮かべながら、五人の中の赤髪の男がダリフを煽るようにそう言う。
「あ?テメェから殺してやろうか?」
ダリフが純粋で強烈な殺気を放ちながら静かに赤髪に言い返した。そしてそこから、その場の空気が一瞬にして変わる。
「オイオイ。そんな怖い顔すんなよおっさ」
赤髪の言葉は途中で途切れる。ダリフの大剣による縦一文字によって。
だが、ダリフを凝視していた他の四人の誰もがその斬る瞬間を見ることができずにいた。この五人の全員は、動体視力も並大抵のものではない。だがダリフの文字通りの神速の剣技を捉えることができるには至らなかった。
「や、やっべ・・・マジで死んだかと思った・・・事前に『身代わりの炎羊』発動させていなきゃ危なかった・・・・・」
確実に屠られたものだと思われていた赤髪だったが、炎で身代わりを仕込んでいたので、ダリフの斬撃を受けても死ぬことはなかった。
「人を散々舐めやがって・・・テメェら覚悟しとけよ。久々に常時五割で相手してやる。」
「あぁ・・・死にたくない・・・・・」
「私たち・・・ちょっとやばい?」
「うん・・かなりやばいわね・・・」
この日、この国で最も怒らせてはならない男を激怒させた五人は、心の底から恐怖することになった。