#38 神殺しの糧その五
「こう?」
「違う。こう。」
「うーんと・・・こう?」
「えーと・・こう。」
姉妹だからこそ伝わるやり取りを続けながら、アリヤは炎の剣を自らの手中に収めるため、『火焔武装』を用いた猛特訓を続けていた。
武器自体の作成のイメージは、実在する剣に炎を纏わせるものとは難易度が桁違いであり、流石のアリヤも苦戦を強いられていた。
フレイリアは手本を見せるように再び『火焔武装』で剣を作り出すと、その形状をアリヤによく見せる。
「実物を見ながらの方がイメージしやすいんじゃないかしら。私のこれをよく見て。」
アリヤの目に映るのは、燃え滾る炎剣。魔力の炎で具現化されたそれの存在感は、何度見ても圧倒的なものだった。
「・・・・・ッ・・!」
アリヤはじっくりそれを見ながら、存在しない剣を握るように構えると、ゆっくりと『火焔武装』で手中から炎を生み出してゆく。
その長さをどんどん伸ばしていき、やがてフレイリアのそれと同じ長さ程度に伸びたことを確認すると、次に形状変化の段階へと移る。炎を塊と見立て、それを架空の小槌で叩き、伸ばすイメージ。形状を整えたら、それを研いでいく。
集中力を最大限まで引き上げそれらを行っていたが、尋常ではない程神経への負担が大きく、途中で作りあがる途中の炎の刀身は手元から消えてしまった。
「はぁ・・はぁ・・・いけそう・・だったのに・・・!」
(噓でしょ・・・まだ始まって十時間も経ってないわよ・・・!?剣技もそうだけど、魔法の方もしっかり研鑽を積んでいたのね・・・)
フレイリアが驚くのも無理はない。彼女は炎の剣をあの状態程まで形にするのに、一年以上はかかったのだ。フレイリアの場合、見本となる指導役がおらず、過去の文献を頼りに練習に励んでいたからというのもあるが、その点を含めたとしても、アリヤのこの成長スピードには驚かざるを得なかったのだ。
(レル君もだけど、天才と一括りにする方が失礼なくらいどんどん成長してる。それもとんでもない速さで。)
フレイリアも、ダリフと同じようなことを考える。実際、レリルドも数時間前に相当な防御力を持っているであろう新技を約五時間という超短期間で完成させており、今も技の応用や新たなる新技の開発にダリフと取り組んでいる。
「アリヤ、難しく考え過ぎよ。もっと楽に考えなさい。」
「楽に?」
「えぇ。一から武器を作る必要なんてないの。」
フレイリアはアリヤに新たなアドバイスを授ける。
「この『火焔武装』で作れるものは、何も剣だけじゃないの、まぁと言っても私も記録でしか知らないんだけどね。槍だったり、弓だったり、鎖鎌なんてのもあったかしら。私がこうやってみせているのも、私はこういう感じのを作ってるのよってこと。無理に同じ形状にする必要は無いわ。あなたが思うがままの物を作ればいいの。」
「私の・・思うがまま?」
「うん。あなたが自信をもって、自分の剣と思えるもの。それをただ炎で再現する。まずはそこまでね。形さえ仕上げちゃえば、硬度や切れ味なんてすぐにどうとでもなるわ。気楽にやってみて。」
「う、うん・・・私の・・私だけの剣を・・・!」
アリヤが真っ先に思い浮かべる剣は、腰に携える愛剣『マリア』。魔力伝導率の高いその剣は、アリヤの『火焔武装』の効果を最大限に引き出し、これまでも多くの命の危機を共に切り抜けてきた、これまでも、これからの剣士としての一生も共に歩むことを決めている相棒。
手放すなどありえない。考えられない。たとえ炎で作られた一時的なものだったとしても。
「ごめんなさいマリア・・・そしてお願い・・!私の炎とこれからも共に・・・!」
アリヤは無意識に腰のマリアを抜き、フレイリアのように、自分なりの二刀流の構えを取る。そして己の魔力を、無をつかむ左の拳に集中させる。
「『火焔武装』!!!」
そして生み出されるは、もう一本のマリア。本物と瓜二つのそれは、アリヤの燃え盛る二本目の剣としてこの世に顕現した。
アリヤ本人から見ても、フレイリアの炎剣のように圧倒的なオーラを放っている。いきなり成功したものなので、生み出した彼女も驚愕のあまり声すら出せず。しばらくはただそれを見つめることしかできなかった。
それはフレイリアも同じであった。正直、アリヤが今日だけでこの技を習得できるとは、フレイリア自身は微塵も思っていなかった。本来十年かかると言われるなのだ。当然の考えである。
だがアリヤはそれをやってのけたのだ。己の剣への愛と、『火焔武装』と向き合う覚悟を持って。
「本当に・・・お姉ちゃんとしての面子が立たないじゃないの。アリヤ。あなたはこれからもっと強くなる。いや、もっと強くならなきゃならない。とっとと強くなって、魔神なんて軽く捻ってやりなさいな。あなた達なら多分・・それができる。」
「お姉ちゃん・・・ありがとう。」
アリヤはその激励の言葉に、静かに感謝を述べた。いつもの調子で喋ったら、己の涙腺が崩壊しかねないと思ってしまったからだ。
そうして、お互いに新技の習得に成功したレリルドとアリヤは、それぞれ技に慣れるべく、続けて戦闘訓練を行った。
だがそれでも、レリルドはまだ『夜空之宝石』の生成を確実なものに、アリヤは二刀流の剣技を習得することを、流石の二人でも初日で完璧なものにすることはできなかった。
訓練は日が落ちるころまで続き、お互い、旅立つ前の最後の手解きを受け終わった。その次の瞬間。
ゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・!!!
「な、なんだ!?」
「じ。地震!?しかもとんでもなく大きい!」
突如アリンテルド全域の地面が大きく揺れ動く。それは過去に類を見ない程の規模の大地震だった。
ダリフは目を瞑り、長年の勘で震源を突き止める。
「震源は・・・・・雷岩魔の洞窟の方か・・・てことは・・・」
「あぁ・・・タク君か・・・」
「え・・一体どんな大規模魔法使ったらそうなるのよ・・・?」
「タクは何もしなくても、そのうち勝手にSランク認定されてそうだよね・・・」
「・・ありえるわね・・・」
自身の原因が分かった四人は特にパニックになることはなかったが、街の一般人は確実に大混乱に陥っていることだろう。
「こりゃあ大事になる前に首相に言っといた方が良さそうだな・・・」
「そうですね・・・念のため街に降りて説明を・・・」
ドゴォォォォォォォン!!!!!!!
「「「「!?」」」」
「街の方から!?あれはタクじゃなさそうだな・・・!!」
その瞬間街で鳴り響いた轟音。起こったのはかなり離れているヴォルト城からでも容易に確認できるほどの大爆発。その爆破は連鎖するようにライルブーム各地で巻き起こる。
「一体何が起きてやがる・・・すぐに街へ向かう!!お前ら!!急いで準備しろ!!!」
「「はい!!!」」
「私は騎士団に指示を出してから向かいます!ご武運を!!」
フレイリアと一旦別れた三人はそれぞれの装備に即座に身を包み、全速力で城を飛び出した。
―――その頃、雷岩魔の洞窟にて・・・
「な、なんだよこれ・・・!?」
ストーン・アーツの効果により感情の信号を受け取った俺は、最高速度で来た道を引き返していた。そんな中、ふと感じる言葉では表せないような嫌な感じ。
なんとなく止まらずに向かった方がいい予感がするが、そこに何があるのかを確かめておかなければならないと思ったのだ。
そうして幅が狭く入り組んだ道に入っていく。何十回曲がったか分からなくなってきたころ、ようやく嫌な感じの正体が明らかとなる。
悍ましい血の匂いと、かすかに残る焦げ臭い匂い。広がるのは血の海乾いたと思われる地面。そして上半身と下半身が分断され、明らかに絶命している、そこに唯一残っている死体。
「か・・・カロナールッ・・・!!!」
先の戦いで、プストルムに大量の獣人を嗾けた張本人。相当な変態、もとい実力者だったろう者が、こうもあっさり死んでいる。他にそれだけやばいやつがいるということなのだろうか。
「う・・・うぐっ・・!」
初めて見る凄惨な現場に思わず吐き気が襲ってくる。だがこんなところで時間を潰している場合ではなくなった。
「・・・みんながやばいかもしれない・・・急いで戻らねぇと・・・!」
タクは意識を切り替え、再び全速力、それ以上の速度で洞窟を一気に駆け上がる。