#32 高級店と紅き鎧
「はい。メンテナンス終わったよ!」
「フロールさん、いつもありがとうございます!」
「いいのよ。団長さんにも贔屓にしてもらっているしね。それに、そんないい剣。メンテしない方がもったいないもの。」
アリヤはラザール通りにある行きつけの武器屋に向かい、そこで愛剣のメンテナンスを行った。
十歳の頃にダリフから貰ったその剣『マリア』は、そこからアリヤの相棒として、約六年たった現在まで手入れを欠かさず使い込んできたが、それでもなおその刀身の輝きは現在でも変わらずに健在である。
「ありがとうねー!またいつでもメンテしにおいで!」
「はい!・・・また来ます!」
少し寂しそうにアリヤは微笑みながらそう返し、店を後にした。
明後日にはこの国を離れ、本格的に魔神討伐へと向かう。そうなれば、必然的にこの店には当分の間、もしかすると、もう二度と来れないかもしれない。それが分かっているアリヤには、先程の武器屋にいた女性、フロールの笑顔がとても眩しいものに思えたのだった。
「・・・あとは砥石とオイル・・結構な量になりそうだけど・・・タクのアレに入れさせてもらいましょうか。」
その後、必要なものを買い足したアリヤは、いつもより気分が良さそうに通りを歩いていく。
「今の防具にも結構お世話になったわね。お金貯めて結構無理しながら買ったのよね。」
今は着けていないが、現在アリヤが使っている軽装の鎧は、数年前に冒険者になった頃、手頃なクエストを幾度となく繰り返し手に入れたなけなしの報酬金をつぎ込んで購入したものだ。
冒険者は常に死と隣り合わせにある職業。憧れる者は少なくないが、下手をすれば討伐クエストなどで命を落としてしまうこともある。
アリヤの知っている顔も何人かがクエストを受け、そのまま帰ってこなかったこともある。それだけ危険な仕事。
なので命を繋ぐ防具にはしっかりとお金をかけた方がいい。そういうわけで当初は剣の鍛錬をしながら、収集クエストをこなす生活を行っていた。そんなことも、今の彼女からしたらいい思い出である。
「さてと!ランクも上がったし、資金も潤沢・・・せっかくだし、いい装備揃えちゃいますか!」
そんなこんなでアリヤは、アリンテルドの装備販売店のほとんどが揃うこのラザール通りでも屈指の性能を誇る装備を取り扱う店へと向かった。
「いらっしゃいませー!」
「わぁ・・・始めて入ったけど・・凄い・・・!」
中に入ると、まるで別世界かのような空間が目の前に広がる。
入り口付近に立ち並ぶ鎧は洗練された美しさ、輝きを放っており、その全てがそれぞれの個性を前面に出した優美な装飾が施されている。一部の素材に使われている布でさえそこらの物とは比べ物にならない程の高級品だ。
剣の柄や盾などにはには宝石が埋め込まれており、いかに高価な素材が使用されているのかが素人目でも一目でわかる。
だが、アリヤの今回の目当ては、今見ている煌びやかな物ではない。そもそもこれらは戦闘用ではなく観賞用。要はコレクション目的で製作されたもので、実用には向いていない。ましてや宝石などを入れてしまっていては、傷がついたらおしまいなどころか、耐久性が落ちてしまう。金なんてもってのほかだ。
この店でのアリヤの目的の物は、この店の奥に存在する。そこにある扉の手前には、会計用ではない小さなカウンターがあり、そこに一人の店員がいる。アリヤはそこから目の前に広がる全ての商品に見向きもせずにそこまで向かう。
「いらっしゃいませ。ここから先はBランク以上の方専用の商品を取りそろえているコーナーでございます。冒険者カード、またはランクが証明できるものはございますか?」
「はい。こちらに。」
アリヤは少し緊張しながらも自分の冒険者カードを提示した。彼女がずっと入ってみたかった強者の身が入ることの許されるこの店の裏側。このドアの向こうこそが腕利きの冒険者がこぞって利用する場所なのだ。
「たしかに、確認いたしました。それでは、ごゆっくりとお選びください。」
そう言うと店員は座っていたカウンターの椅子から立ち上がり、ドアを開ける。アリヤは息をのみ、緊張感が全身を巡る。
扉の先にあったのは、先程までの豪華絢爛の極みのような空間ではなく、洗練されており、目に優しい空間。白いタイルに石レンガの壁。シンプルだが、こちらの方がアリヤの性に合っている。
そしておいてある装備は、前のフロア、いや、ラザール通りの中でも確実に一級品。肌で感じるほどの一つ一つの圧倒的な存在感。
「Aランクの人たちが身に着けているようなものばっかり・・・しかもそのすべてが・・ただでさえなかなかお目にかかれないスキル付与付きの防具・・・」
よく見るような武骨な鎧ではなく、どちらかというと衣装に近いような見た目。アリンテルドで腕の立つ者は、俊敏さ優先で鎧を付けていないことが多い。駆け出しなどは敵の攻撃を避けたり弾いたりなどの技術が未熟なため鎧などで身を固める傾向がある。勿論、デイモンドのように腕利きでも普通に鎧を身に着けている者もいるが、基本的にはアタッカーが多いので、その人たちに合ったようなものをここでは取り扱っているというわけだ。
アリヤはその中で、ひと際目についた装備があった。
「・・・・・!!!」
アリヤに突如起こる胸のときめき。運命的な出会いを果たしたその装備は、首周りから巻かれ、そこから尻辺りまで続く長さの真紅のマント。厚さは薄めだが、軽量で頑丈な特殊合金製の炎のような赤い鎧。
上半身のみの販売であったが、もうアリヤの眼にはそれしか映っていなかった。
そして一瞬呆然とした後、ふと値札を見て我に返る。
「な・・・ぬぬぬ・・・・・」
いつもなら笑って通り過ぎるような値段。今持っている貯金すべてを合わせても買えない程の恐ろしい額だった。だがチャンスは今しかない。資金を援助してもらっている今しか。
「すみません!これください!あとこの鎧と同じ色の靴ってありますか!?」
「お買い上げありがとうございます。それでしたら、ひざ下まで覆える同じ色のアーマーブーツがございます。いかがでしょうか?」
「じゃあそれもお願いします!」
「かしこまりました。」
そうしてアリヤは、今までの赤いスカートと黒いタイツはそのままに、火焔魔剣士と呼ばれるに相応しい姿となり、かなり満足して店を出た。