#27 少年少女とそれぞれの覚悟
ノバルファーマ姉妹は、会議室を後にし、すっかり日も暮れた近衛騎士団の訓練場へと再び足を運んだ。もうすでに本日の訓練は終了しており、周囲には誰一人として見当たらない。
その中で、ここまで二人は無言を貫いており、その場の空気は先ほどまでとは比べ物にならない程重い。
先のタクとダリフの模擬戦で陥没していた地面はすでに修復されており、まるで何事もなかったかのような上程へと戻っている。
そんな訓練場の真ん中で、二人は向き合った。
「最後にもう一度だけ聞いてもいいかしら。アリヤ。本気で行くのね?」
フレイリアは殺気にも近い威圧感を放ちながらアリヤに問いかける。その眼差しは、炎が燃え盛っているかのようで、それでいて酷く冷たい。
しかし、ここで引いてしまっては、この先の戦いでも同じことになるだろう。それはアリヤも分かっていた。しかし、それが分かっていたとしても、正直恐怖心というものは拭いきることはできない。
それでも、アリヤの決意は揺るぎはしない。
確固たる意志。自身の冒険者としての誇り。それらを語ることができるほど強くないけれど、いつか。いつの日か。この思いを胸を張って信じることができるように。今は引くわけにはいかない。
「・・・・・えぇ!私は行くわ!たとえそれが地獄に繋がる道であったとしても!この目で世界を見ることもできずに魔神に滅ぼされるくらいなら!私は冒険者・・・いえ・・一人の人間として!自分の気持ちに嘘なんてつきたくないの!」
「・・・・・そう。それが本心なのね。」
それを聞いたフレイリアは、威嚇をやめ、いつもの温厚な雰囲気へと戻った。
そして、自らの首飾りを外し、アリヤの前に出した。その首飾りには、アリヤ、フレイリアの瞳と同じような美しい猩々緋色の輝きを放つ、直径三センチほどの玉石がつけられている。
「アリヤ。はい。これは私からの餞別。」
「・・ッ!お姉ちゃん・・これって・・・」
「そう。『ノバルファーマの火焔玉』。」
『ノバルファーマの火焔玉』とは、炎属性魔剣士の名門、ノバルファーマ家で脈々と受け継がれている家宝である。
一家相伝の魔法技『火焔武装』をはじめとする炎属性魔法の効果を飛躍的に高める効力を持つ。
「・・・いいの。これからは貴方が身に付けなさい・・・そして・・・・・」
フレイリアは、とうとう抑えていた涙が止まらなくなり、そのままアリヤを抱きしめる。
「絶対・・絶対帰ってきてね・・・お姉ちゃん、ここで・・いつでも待ってるから・・!たとえにあなたが逃げて帰ってきたとしても・・・何の文句も言ったりしない・・・だから・・・・・」
「・・・えぇ。必ず。お姉ちゃんを一人になんてしない。」
アリヤはそう微笑みながら、フレイリアに抱きしめ返して答えた。自分でも気づかない、頬に一粒の涙を伝わせながら。
そんな二人の上では星々が淡い輝きを放っていた。
その星々の下ではまた一組。空を眺める二人。
先ほどの姉妹とは対照的に、何気ない会話をしながら城の二回から外に出たダリフとレリルドは、雲一つないそれに浮かぶ星を目の当たりにした。
「おぉっ。雲一つねぇなあ。」
「そうですね・・・まるで、この間のような・・・師匠。話してくれるって言ってましたよね・・・教えてください。師匠は・・その・・外へ・・・?」
「・・・あぁ。昔な。」
問いに答えたダリフは、そのまま語り始める。
「全部話すと長くなるからな。所々は端折るが・・・まぁ簡単に言やぁ、どうしてもアリンテルドの外側。この世界のすべてをこの目で見たい。この足で歩きたいって思ったんだ。だってそうだろ?俺たちは冒険者なんだ。自由に冒険して何が悪い?そう思っちまったんだよ。」
「・・・例え異端児だと言われても・・・ですか?・・・ッ!すみません!失礼なことを・・・」
レルもかつて、そのことで散々恥さらしの異端児だの、信仰心を失った愚か者だの罵倒されてきた。そんな切実な思いが、レリルドに無意識でそのような質問をさせた。
「そうだな・・・レル。俺はこう考えてるんだ。姿を拝んだことも無いような神様よりも、己の気持ちを優先するべきだ。ってな。信仰心を完全に捨てたわけじゃないし、俺は今でももちろんこの世界はアルデン様が作ったと思ってる。それに感謝すべきだともな。だがな、そうやってせっかくアルデン様が作った世界なんだ。その全てを楽しんだ方が、創った方も創った甲斐があるだろ?」
「・・なるほど・・・そんな考え・・僕にはできなかった・・・人として生まれたのだから、神様の教えにただ従っておけばそれでいいと・・・神様に敷かれたレールの上で生きていけばいいと。でも本当は・・・!見てみたかった・・!知りたかった・・!アリンテルドを飛び出して、どこまでも行きたかった!そしてタクに出会って、それが叶うと思った・・・でも、今になって少し怖いんです・・・ただでさえ考えるだけでもいけないことを実行するのが・・・そんな勇気が僕にあるのかどうか・・・」
「お前は頭が固すぎるんだよ。もっと気楽に生きてみろ。視野を広げろ。そうすりゃ、違う世界がおのずと見えてくるもんさ。」
ダリフにそう言われ、レリルドは、自分の中の心を縛っていた鎖のようなものが少し解けた気がした。
「師匠!ありがとうございます!僕は、夢をかなえるために、魔神を倒すために、そして・・・みんなで心から笑える世界にするために!この国を出ます!・・・僕はもっと強くなって、ここへ必ず戻ってきます・・その時は師匠・・・僕と全力で勝負してください!」
そうレリルドが宣言すると、ダリフはいつものようにニヤリと笑った。
「ヘッ!小僧が言うようになったじゃねぇか!・・・お前、さっきより大分良い顔してるぜ。」
そんなレリルドの顔は、迷い一つない、自身に溢れた顔つきだった。
一通り事を終えた四人は、揃って会議室に戻ってきた。
「お、やっと帰ってきた。」
「ごめんタク。待たせたね。」
「ていうかあんた、かなりくつろいでるわね・・・」
俺とモラウス首相は、四人の帰りがあまりにも遅すぎるため、熱めのコーヒーを啜りながら待っていたのだ。そのせいで、すっかり会議室は芳醇なコーヒーの香りに満ち溢れている。
「あ、お前ら、出発は三日後になったぞ。急いで準備しないとな・・・って、どうしたんだ?二人とも?」
それを聞いたレルとアリヤの口角が少し上がる。
「いや、丁度、新しい技の開発を師匠としたかったところなんだ。」
「あれ?レルも?私もお姉ちゃんと少し。」
「ほぅ、新技か。」
俺も何か考えたいところだが、今すぐパッとは思い付かない。
「それぞれ必要なものを調達する時間は空けとけよ。一応全員で見て回りたいし、何なら俺に関しては迷子になりかねん。」
「あはは。ライルブームはかなり広いからね。」
「了解、いつにするかは後で決めましょ。」
こうして、いつもよりもはるかに長く感じたグラナディラ・ヴォルト城での一日が終わった。