#26 小さな修羅場と己の決意
ヴォルト城での会議の最初の議題は、今回の一件の首謀者と思われるカロナールについてだった。
「タクよ。そのカロナールという者の容姿はどのようなものであった?」
「あ、はい。えーと・・・身長は百・・いや百十センチくらい。体は丸いのに手足は変に細かったので気味が悪かったですね。あと、服装はスーツでサングラスをかけてて・・・肌が青白いというか・・うーん・・・とにかく不気味でした。」
そう俺が答えると、モラウス首相は顎に手を当て、少しの間熟考し、こう述べた。
「ふむ・・・おそらくそいつは、近頃耳にする呪属性魔法師団の人間で間違いないだろう。」
「呪属性魔法師団?」
アリヤがそう問いかけると、首相は淡々と説明を始める。
「おそらく、お主たちが先ほど説明してくれた、そのカースウォーリアーズとやらの別称だ。人のしての倫理に反するような魔法を得意とし、それを平然と扱う。そしてその力で世界規模で何やら企んで居る外道の連中だ。」
「そういや、『死体内増殖複製』の事も、その噂が流れてきたときに聞いたんだっけか。『死体マニア』・・・そう言われるとしっくりこんでもないが・・やっぱり胸糞は悪ィな・・・」
「他にも人としての尊厳を踏みにじるような一般には禁忌とする魔法を行使する者どもが多くいるという話を耳にする。」
「ふむ・・じゃあ行く先々でもそういうやつらと鉢合わせる可能性があるわけか・・・」
「何?行く先々だと?」
首相が俺の呟きにそう問いかける。
「あ、はい。俺達魔神討伐行くので。」
「・・・達?」
「「タ・・・タク・・!!」」
フレイリアが呟き、レリルドとアリヤは小声で焦ったようにこちらに訴えかける。しかしなぜそんなに慌てているのか。
「アリヤ!本当なの!?それが重罪だというのは、あなたもよく分かっているでしょう!?それに魔神を倒しに行く?・・・無茶よ!死ぬかもしれない!・・・いいえ、それ抜きでも異端児だといった先々、各方面から忌み嫌われるのが目に見えるわ!」
「う・・それは・・・」
あ、そうでした・・・この世界では、国を渡る、もしくはそれに準ずる考えをすること自体罪として扱われるのだった。なんでもアルデン教とやらの教えに反するのだとか。
軽はずみに口を滑らせてしまったと少し後悔したいところだが、もうすでに遅かった。フレイリアは席を立ち、アリヤの元へ近寄り、彼女の方に両手を乗せて必死に訴えかけた。
「馬鹿なことは考えないで!あなたまで死んでしまったら・・・私は・・・・」
そういうフレイリアの目からは涙が浮かんでおり、本気で妹を心配する姉の姿がそこにはあった。
そしてフレイリアはこちらの方を向き、腰に護衛用として装備していた剣を握る。
「ごめんなさいねタク君・・・たとえあなたが英雄の雛だとしても、小父様と渡り合う力を持っていたとしても・・・アリヤを魔神討伐なんかに連れて行ってほしくないの・・!たとえこの場であなたと戦うことになっても・・アリヤだけは・・!」
そう言うとフレイリアは鞘から剣を抜き、その刀身をこちらに向ける。
「お姉ちゃん!やめて!私はタクに強要されたわけじゃないの!自分で決めたことなの!」
「そんなことは関係ないの!あなたは神でも英雄でもない・・・普通の女の子なのよ!?たとえアリンテルドの中で強くたって、魔神なんかに勝てるわけないじゃないの・・・!」
「「・・・ッ・・!」」
その言葉に、アリヤだけでなく、レリルドまでもが絶句した。俺だけでなく、二人も魔神討伐とは言っているが、外の世界の情景へのあこがれで、その危険性を侮っていたのかもしれない。
「それでも・・・それでも私はッ・・!」
「全員鎮まれぃッ!!!」
「「「「!?」」」」
首相の一喝により、その場の全員が収まり、冷静さを取り戻すことに成功した。
「・・・さてドマスレット・・説明を求めるが・・・構わぬな?」
「うーん・・・この件に関しては、こいつらから説明した方が分かりやすいと思いますよ?」
そう言いながらダリフはこちらの方を向く。そういえば、ダリフが端的に説明してくれただけで、詳しいことはまだこの二人は知らないのだった。
「えぇとですね・・・首相達は俺の経緯についてどこまで知ってましたっけ?」
「アルデン様に呼び出され、先にも見せたようなとんでもないスキルをいくつか授かっているという所だ。」
「まぁ。タク君嘘つくようには見えないし、小父様とあそこまで戦えてたし、本当なのだろうけどさ。」
「はい。んで、俺がこの世界に転移させられて理由が、その魔神討伐なんですよ。」
「なんですって!?」
「城の予言士は確かにアルデン様が鉄槌を下すと言っておったが・・・」
フレイリアもそのように聞いていたので、首相と同じく驚きの表情を見せる。
「・・・冒険者としての真髄は、その地に住む人々の暮らしを豊かにする手助けをすること。そして、その暮らしを脅かすものから、人々を守ること。魔神が暴れだすまでの一、二年だと知って、その間黙って過ごすことなんてできないの!私は冒険者として、みんなのために戦いたい!!」
「・・ッ!?一、二年!?それは本当なの!?」
「・・・本当だ。フレイリアよ。隠していたわけではなかったが、言っておらずにすまんな・・・最も、なぜその機密情報を彼女が知っておるかは知らんがな?」
そう言いながら首相はダリフを睨みつける。ダリフの方はというと冷や汗をかきながらそっぽを向いている。
「口外したら打ち首だと脅しておいたはずなのだがな?」
「口が滑っちまいましてね?ハハハ・・・」
「ふん、まぁよいわ。今お前に暴れられたら更に国が混乱する。」
そう言われたダリフは、こっそりと安堵の溜息を吐いていた。
「そう・・・事情は分かったわ。それを踏まえてアリヤ。少し話があるの。訓練場まで来てくれる?」
「・・・えぇ。お姉ちゃん。」
そして二人は席を立ち、訓練場へと向かった。
「んじゃ、俺たちも行くか?お前も聞きたいことがあるんじゃないのか?」
「は、はい!師匠!」
ダリフもそういうなり、レルと二人で会議室を後にした。
「まったく、揃いも揃って・・・まぁ、フレイリアの方は可愛い妹が自ら死地へと赴くようなものなのだからな。心配するのも無理はない・・・して、タクよ。アルデン様からの命であるのならばこちらも止めるわけにもいくまいが・・・ここで知らぬ顔をして送り出せば、人々からの風当たりは強かろう。そこで提案なのだが、この事を大々的に発表するのはどうだ?」
「発表?」
「うむ。近頃公にしていなかったとはいえ、魔神の噂はこの国でも流れており、大きかれ小さかれ国民の不安のタネとなっておる。そこで、お主の事を知れば、民の心も少しは軽くなるかと思ったのだが。」
「うーん・・・人によっては逆効果かもしれませんけどね。人によっては、俺が負けたら世界終わりみたいに考えそうですし。」
「だが、お主も言うなれば神の使者とも呼べる者。そう簡単に負けるつもりもないのだろう。」
そう言うモラウス首相の口角は少し上がっていた。
「・・・はい。正直、最初は訳の分からないまま、いきなり魔神倒せって言われて転移させられるし、神からスキルを貰った自分が最強になのかと思えば目の前には高い壁があるし。さっさと魔神倒そうと思ってたけど、多分今の俺じゃ全く歯が立たずに終わるって嫌というほど痛感させられるし、とんだ理不尽ですよ・・・でも・・・・・でもこのまま黙って負けるわけにもいかなくなりました。ダリフさんやアリヤ、レル、一緒に戦ったギルドの皆さんにフレイリアさん。勿論首相も、みんな優しかった。この世界の事を何も知らない俺にだって、ほんの短い間だけど、最高の友達に、仲間に出会えたと思ってます。だから俺はみんなに恩返しがしたい!首相。俺はこれからもっと強くなります。強くなって、魔神を倒します!一緒に行くアリヤもレルも絶対に死なせません!・・・・・って、柄にもない宣言をしてみたんですが、どうでしょうか・・・?」
俺は紛れもない本心からの決意表明を首相に行った。簡潔に言えば、世界を救うと堂々と言ってしまったわけなのだが。
それを聞いた首相の口角はそのままで、微笑みながら俺に言葉を返す。
「うむ。その心意気や良し。お主の覚悟は十分に伝わった。この発表は三日後の孫の誕生式典の際に行うとしよう。儂、いや、アリンテルド共和国首相としてできる限りの援助を行おう。式典までに、この国で三人の装備、必要なものを調達しておくがよい。」
「首相・・・ハッ!ありがとうございます!」
俺は首相の寛大すぎる措置に、せめてもの敬意として、模擬戦の際にみんなが行っていたようにその場で跪き、深く礼をした。