#19 獣人殲滅戦線その十三
『穿焔』。
タクの『身体能力強化』出力百%による超威力の右ストレート。そこに『火焔武装』による炎と火薬によりその威力はさらに上乗せされる。
タクの拳は同種合成獣の腹を抉り、炎の柱が体を貫いた。そしてとうとう手中に収まっていた火薬に引火し、タクの右拳を中心に、同種合成獣の腹の中で爆発を引き起こした。
レリルドとアリヤから見ても、生身の常人では耐えられないほどの威力であることは明確だった。
「タ・・・タク・・・?」
「こんなこと言うのもなんだけど、あれで生きてたらそれはもう奇跡としか言えないわ・・・」
「わ・・・私の愛すべき作品がッ・・・・・!」
その後、爆発の煙幕が少しずつ晴れ、中から影がうっすらと見えた。それは紛れもない、人間の形。
「信じられない・・・あの火薬は特殊な調合で威力を高めてある・・・それを直で受けて・・・」
「ハァッ・・!ハァッ・・!グァッッッッ!グウゥッ・・・!」
そこに立っていたのは、瀕死状態であろうタク。顔は判別できるが、全身に大火傷を負っている。体は限界なのか、足ががくがくと震えている。おそらく立っているのもやっとなのだろう。そして、極めつけは・・・
「タク・・・腕・・・・・」
そう、同種合成獣に放ったはずの右腕は、肩から先が跡形もなく消滅していた。それが『身体能力強化』によるものなのか、アリヤの火薬によるものか、はたまた両方か、明確な原因は定かではないがその痛みは想像しうることができないだろう。
「フゥーッ・・!ハァーッ・・・!治れ・・治れ・・治れ・・!!!」
俺がそう強く念じると、傷はみるみると回復していく。しかし、脳が感じとった痛みは消えないので数分間うなされることとなった。
「ふぅ・・・・・勝った・・んだよな・・・?」
辺りを見回しても、先程まで圧倒的な存在感を放っていた同種合成獣は、
アリヤとレルはほぼ傷もついていないというのに、それに比べて俺はボロボロもも良い所であった。
初期装備と言える黒い上下の服は見るも無残にボロボロであった。同種合成獣からの攻撃で裂かれた挙句、炎の引火や爆発による複数個所の焼失。ひと段落したらレル辺りに服を借りよう。
「それにしても・・・治んねぇのかよ・・・・・」
これまでの人生にない感覚。いや、その感覚がないという方が正しいのか。今までに感じたことのないほどの喪失感。
傷は一通り『自己回復』によって治ったが、とうとう右腕は再生しなかった。腕がつながっていた肩当たりの部分は歪に傷が塞がっている。
よく考えてみれば、スキル名が再生ではなく回復なのだから当然と言えば当然だが、神の力だと過信しすぎていたようだ。だが力によって調子に乗ったツケにしては代償が重すぎやしないだろうか?
「・・初っ端からこれかよ・・・・・」
そう言いながら俺は力なく天を仰ぐ。
この世界二日目の夜は満月。雲一つなく、星々が輝きを帯びている。戦闘中は空を見ることなんてなかったから気が付かなかった。それは日本の田舎でもなかなか見られないような美しい眺めだった。
この先どんな奴が襲ってくるかもわからないが、片腕だけで全てをねじ伏せることなど不可能だろう。幸いにもここは魔法の世界。きっと腕の一本や二本再生できるだろう。
そんなこんなで吹っ切れた俺は、いったん悲嘆するのをやめ、周囲を警戒した。
「・・・あれ?あの変態は?」
「そ、そういえば・・・どこに行ったのかしら?」
「さっきまでそこにいたのに・・・・・」
「あぁありえない・・アリエナイアリエナイアルィエヘェッナハァッイ!!!」
カロナールは、事前に念のため用意していた転移魔法陣を発動させ、先程の現場から離脱することに成功していた。
魔法陣の転移先は、事前に設定しておいたアリンテルド共和国の首都、ライルブームの近辺にある雷岩魔の洞窟と呼ばれる場所。奥につれて複雑に入り組むその場所が、呪属性魔法士団アリンテルド派遣部隊の現在の主な拠点として機能している。
筈だったのだ。
「な・・・何なのですかこれは・・・」
目の前に広がっていたのは、いつもの気味の悪い笑いを本人が忘れてしまうほどの凄惨な現場。アリンテルドに派遣されてきていた約百名にも及ぶ団員が己の血溜まりに体を沈めていた。
いくら死体マニアと呼ばれていようとも、いくら頭のねじが外れていようとも、少なからずとも苦楽を共にした仲間が冷たくなっているのを見て動揺しないものなどなかなかいないだろう。
「だぁっ・・・どぅわあれが・・・誰がこれをッ!!!」
「五月蝿い。ただでさえ気色が悪いのに、余計に癇に障る。」
そう言うと洞窟の奥から一人の奥から大柄な一人の男が現れる。ダリフほどではないが、人間にしてはかなりの体躯である。
「キサマッ・・クルーシュス・・・!」
男の名はクルーシュス・エルラーグ。アリンテルドに派遣されたこの部隊ではトップクラスの実力を持つ遊撃隊長である。
「彼らをこのようにしたのは貴方ですか・・・?」
「あぁ。もうこんな低レベルのお遊びに付き合ってられないのでな。まぁ、軽い暇つぶし程度にはなった。」
「んなッ・・・・・」
「どうした?黙り込んで?お前、死体大好きだろ?お仲間の死体はさぞかしお気に召すと思ったんだがな。」
クルーシュスは悪びれもなく淡々と述べる。
「キッ・・・・・キサマアァアァアアアアア!!!!!」
次の瞬間、カロナールは、サングラスで隠れて見えないので、みてくれの威圧感はそれほどなものの、鬼の形相ともいえる血気迫る表情で、即座に右腕を地面に掲げる。すると巨大な魔法陣が現れ、たちまちに転がっている死体へと自身の魔力を送り込む。
「死体に関することしか能のない馬鹿が。そう来ると思ってこちらも用意しておいたのだよ。」
「「「「「ギャガガガガガガガガガガ」」」」」
「!?」
魔力を送り込んだ瞬間に動き出すはずだった団員の死体全てが痙攣を始めた。
「お前は頭の回転が以上に速いからな。こちらも対策は万全だ。」
「ナニッッッ!?」
「お前の呪人形操術とやらは、死後硬直した人間に対して魔力を送り込む際、その硬直を緩ます瞬間がある。俺はそこをトリガーとした。」
クルーシュスはカロナールの魔法の細かな特徴に気づき、それを利用してのけたのだ。
対カロナール戦では、厄介となるのはやはり呪人形操術。死体を思いのままに操るカロナールの唯一にして最強の奥義。しかし考え方を変えれば、死体さえなければそこらの魔法士と大差はない。それこそクルーシュスにとっては只の雑魚同然である。
「死体に魔力が注がれた瞬間、事前に死体に流し込んでいた俺の微弱な雷が増幅し、再び硬直させる。」
「「「「「ガガガガガガガガ・・・」」」」」
「そしてそれが更に増幅していき・・・」
「「「「「ガアア―――」」」」」
「あっという間に黒焦げになり、肉体は崩れ落ちる。」
その言葉を最後に、転がっていた死体は全てが崩れ去り、この場にはカロナールとクルーシュスを残すのみとなった。
「・・・ハァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!」
プストルム付近の森林地帯からこの瞬間までで相当のプライドをズタズタにされているカロナールは、半ば自暴自棄気味にクルーシュスへと向かっていく。
両手から生み出したのは、無数の魔力弾。その名の通り魔力をただ固めただけの代物。どちらかと言えば頭脳派のカロナールらしからぬ攻撃だった。
「ふん・・・・・」
その直後にクルーシュスもスタートを切った。その速さはまさに轟雷。あっという間にカロナールとの距離を縮め、手に持っていた体格に合わぬ小さなナイフを居合のように放った。
「カ・・・ア・・・・・ン・・・・・・・マ・・」
カロナールは成す術もなく上半身を跳ね飛ばされ、自身の赤黒い鮮血を浴びながら絶命した。
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