#184 月光下の決戦その十八
そして、『夜空之宝石』が消える。
辺りに残されたのは、砂が固められ砂岩のようになった地面。そしてレリルドのみ。砂岩巨蛇は消え、周りがよく見渡せる。
レリルドの目に映るのは、同じくまだ砂岩巨蛇と戦っているアリヤ。そして、凄まじい魔力と闘気のぶつかり合い。おそらくまだ自分では介入する余地のない、かなり離れているその場所からであっても、その圧倒的な実力差がいやと言うほどに分かってしまう。
「僕も・・まだまだだ・・・」
今回の戦いの中で得たものは大きい。しかしそれでも、あのような戦いを見てしまったら、自身が無くなっていくような感じがしてしまう。レリルドの心情は揺れる。だがそれでも、向上心・・・強くならなければならないという気持ちだけは増幅していく。
「でも・・まだできる事は・・あるはずだ・・・」
戦いの際中、メルたち英鎧騎士団が謎の炎に包まれていたのを確認していた。だが、現状それらしきものは見えない。向こうは片が付いたのだろうと、レリルドは判断する。
「じゃあ・・アリヤの・・・ところへ・・・」
タクの方は、先ほどの通りどうにもならない。割り込んでも戦いの邪魔になるだけ。良くても一瞬の時間稼ぎしかできない。
ならばと、レリルドはアリヤの方へと足を進めんとする。が、体が思うように動かない。
それもそのはず。先ほどの戦いで、彼はコートのスキル付与だけでは賄えないほどの魔力を一気に使っていたのだから。
更には、とっくに体力の限界も訪れていた。麻痺に抗いながらの戦闘は、通常以上の肉体的疲労を彼に与えており、普通ならすでに指先一つ動かせないほどだろう。
それに、麻痺へのある程度の抵抗は身に着けたものの、それは完全ではない。さらに言えば、砂岩巨蛇の麻痺煙の成分はレリルドの体内にまだ残っている。ここまで動けていたのが不思議なのだ。
「う・・くぁっ・・・・・」
レリルドはそこで力尽き倒れる。だが、彼は立派に役目を果たした。この夜の戦いは、レリルドの成長を更に加速させるだろう―――――
「シュロシャアアアアアア!!!!!」
「ふうっ・・・やぁぁあああ!!!」
一方その頃、アリヤは順調に砂岩巨蛇に対し攻撃を続けていた。
新たな『火焔武装』の効果は絶大なものであり、それによって繰り出される炎の斬撃は、相当な強度を誇る大蛇にも通用した。これまでの『火焔武装』、そしてそれを派生させた『勇者の双炎剣』では届き得なかった火力を叩きだしていた。
・・・のだが、アリヤは『真紅炎刃』発動から数分後、徐々に攻撃が通りにくくなっていることに気付く。そして、その理由はすぐに分かった。
「・・・魔力・・?」
先ほどまで感じなかった魔力を、目の前の大蛇がほんの少し纏っているのだ。しかし、それはなぜか、アリヤにも見覚えのあるようなオーラだった。
「・・・強化魔法?」
そう。かつて見たプストルムのギルド『アシュラ』のメンバー、イザベリアがよく使っていた強化魔法にそっくりだったのだ。そしてそれは生半可な強化ではなく、付与された者のポテンシャルを最大限引き出す類のもの。敵からすれば、非常に厄介なものであった。
自身を強化するのは、なにもスキルだけではない。魔法であっても、力を引き上げるのには十分な要因だ。
タクがイレギュラーの筆頭であるというだけで、魔法による強化もこの世界では普通の部類。というよりも、そちらの方がスキルよりも汎用性が高く、戦う者には重宝されている。
中にはイザベリアのように、強化魔法専門の魔法士も決して少なくない。アリンテルドの冒険者は、およそ三割の人間がそれにあたる。
そんな強化魔法を、目の前の砂岩巨蛇は自らに付与した。そのおかげで皮膚や体の強度も跳ね上がり、先ほどまで圧倒していたように見えたアリヤとの力の天秤を、大蛇はゆっくりと動かしていたのだ。
「けどっ!まだ通る・・・!」
だからと言って、アリヤの『真紅炎刃』が早くも全く通用しなくなってしまったわけではない。効き目が悪くなってもなお、その攻撃をアリヤがやめることはない。
二刀流から一刀流に戻ってもなお、剣を二振り持っているのではないかと錯覚させるような凄まじいスピード。そしてそこから放たれているのは、人ならば一撃で熔断してしまう獄炎の刃による斬撃。
「シュロロロロロ!!!!!」
「くっ・・!まだ速くなるの・・・!?」
アリヤでさえ内心でいい加減にしてほしいと思うほどの大蛇の自己強化。硬くなり、早くなり、そして殺傷力は跳ね上がる。目の前の生物を殺すためだけに作られた生物かのような立ち振る舞いは、ほんの少し彼女を焦らせる。
しかし、ここで焦ってしまえば、ここまで積み重ねたものは一瞬にして崩れ去るだろう。そんな予感がしたアリヤは、一度手で頬を叩き、冷静さを取り戻す。
「・・・ふぅぅぅ・・・・・」
攻撃が効かなくなったわけではない。自分が弱くなったわけではない。だがそれ以上のスピードで砂岩巨蛇が強くなっていっているだけ。
(・・・こんな蛇如きに出来て・・私が出来ないとでも・・・?)
その事実が、アリヤの中の闘争心に火を着け、更にはそれに燃料を放り込んだ。
アリヤの負けず嫌いは天性のもの。勝負に負ければ勝てるまで続け、クエストに失敗すればその日に対策を練り上げ、次の日にはクリアする。そんな生活を何年も送ってきた。
(そっちが強くなるのなら・・・こっちはもっと火力を上げればいい・・・!!)
「はぁぁぁあああああ・・・・・!!!!!」
アリヤはありったけの魔力を、炎を剣に込めんとする。それはもう、普通の鉄剣であれば溶かしてしまうのではないかという勢いの炎を。
炎を込めれば込めるほど、『真紅炎刃』は更にその純度を増し、より深い真にへとその手を伸ばす。
アリヤは剣と一体化を目指した。
アリヤは剣を炎に纏い、そして注ぎ込む。
そしてとうとう・・・炎はアリヤの体すらも伝った。
不思議と、熱さは感じない。それどころか、非常に心地良い感覚。剣に成れたという確信が、彼女をそうさせているのだろうか?
彼女は、己の姿すらも炎によって変貌させた。そしてそれは、かの地下洞窟で、アリヤが一時的に見せたあの姿に非常に酷似していたのだ。