#175 月光下の決戦その九
その後も、アリヤは絶え間なく剣を振り続けた。
今の彼女のスタミナは、旅を始める前のそれを遥かに上回っている。そしてその理由の内の大きな要因は、エンゲージフィールドでの一軒があった。
疑似長期魔力蓄積があるとはいえ、約十日間の実質的な食物摂取の不可能な極限状態の中で、幾重にも訪れた命の危機を乗り越えた結果と言えるだろう。
だがそれでも、そんな人間とは思えないほどの体力をもってしても、やはり身体構造的に砂岩巨蛇には及ばない。
だが、その巨体での活動を維持するためこれまでに様々な進化を・・・・・というわけではなかった。
それでも少し見方を変えれば、砂岩巨蛇に元より備わっている特殊な能力ともいえるかもしれない。
魔力と砂が混ざり合ってその身体を形成し、そこに魂の欠片の集合体が加わることで、初めて砂岩巨蛇の特殊な生命活動が成り立っている。
魂の欠片。その一つ一つに一個体の意思というものはなく、それらが集まったとて、それは変わらない。故に、砂岩巨蛇を動かすその魂は、意思なき意思と言ってもいい。
とどのつまり、この砂岩巨蛇という存在は、いわばゴーレムのようなものなのだ。砂、そして魔力がある限りその活動を停止することはなく、敵対するもの全てを仕留めんとする存在なのだ。
そんなセラムの人間ですら知らない大蛇の秘密を、この地を訪れたシムビコートはすぐに気付き、いざという時それを利用することを思いついた。
この仕組みはゴーレムのような存在がどうやって生殖行為を行い、どういった原理で呼吸をしているのかなどは訪れて日が浅いシムビコートには分からなかったし、興味もなかった。そんなことを知ろうが知らまいが、己のショーを引き立たせることが出来るものであればなんでもよかったからだ。
「ッ、二刀流でも火力が足りない・・・!」
アリヤが昔から得意としていた『火焔武装』、そしてそんな魔法で生み出される剣の姿をした炎と、己の愛剣による二刀流『勇者の双炎剣』。アリンテルドで習得し、そして能力を向上させたそれらは、アリヤが今まで感じたことのなかったような世界を彼女に見せてくれた。
でも、それでは足りない。今そんな『勇者の双炎剣』を全力で振るっていたとしても、それが砂岩巨蛇の命に届きうるヴィジョンというものが、アリヤには全く見えなかったのだ。
「シュルルルシュララァァ・・!!!」
「こいつからすれば、私の攻撃なんて雀の涙以下なんでしょうね・・・!」
苛立ちを覚えるも、それが現実だということを嫌というほどに思い知りながら苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべる。
アリヤの『勇者の双炎剣』は、事実エンゲージフィールド最強の怪物にも効果はあった。何度も目の前の蛇のような、いやそれ以上に大きな奴の触手を切り刻んだ。
(あの時、私は何を学んだ・・?あの時出来て今出来ていないのは・・?あの戦いで学んだのは・・・?)
アリヤは大蛇の猛攻に耐え、そして迎撃しながらも必死に頭を回す。幸いにも、あの戦いからまだそこまで期間が空いているわけではない。あの時感じた進化のきっかけとなりそうな手ごたえを思い出すのは容易であった。そしてそれは二つ。
まず一つ目。グラーケン戦の中盤、無限に等しい個体数のサーヴァンツ・フィーラーによって形成された再生する防壁、疑似天井。
あれを突破することが出来た要因の中にはムラメの活躍も含まれるが、それ以上にあれほど己の限界を超えることが出来たと思える瞬間は、アリヤのこれまでの人生の中にもほとんどなかった。
肉体の、そして脳の危険信号をねじ伏せるあの感覚。その後すぐに意識を失ってしまったアリヤだったが、筆舌に尽くしがたいあの経験は、彼女にとって何物にも代えがたいものだった。
そしてもう一つ、それは終盤。短い間ではあったが、ムラメが従えていた不思議な鎧。タク曰く、タクの世界の鎧を身に着けた『暗影武者:闇丸』。
変わった鎧に変わった剣。シャムシール、シミターなどの曲刀に似ているが、見ただけで格の違う切れ味、そして高度を誇っていたそれを振るって戦う鎧武者の姿が彼女を圧倒するのは至極簡単な事だった。
そんな闇丸の剣技を見様見真似で再現したアリヤ。その一モーションだけで酸素の欠乏、筋肉の一時的な硬直などいろいろありもしたが、それでも今までになかった剣技の可能性を見出すことが出来た。
見様見真似という言葉でそこから思い出すのは、自身の尊敬する人物。幼い頃からアリヤの父親的存在であるダリフ・ドマスレットの剣技。
まさに最強という言葉が相応しい破壊の権化とも呼べるパワフルな剣は、今まさにアリヤの欲しいものであった。
彼の我流剣技、阿修羅『破道』。そのうちの一之型『微笑み月の流星』をその目で見て、そして再現した一之型・改『微笑み月の焔流星』は、長らく冒険者としてのアリヤを助けてくれた剣でもあった。
(・・・・・思えば、それを使ったのは、あの時が最後だったわね・・・)
アリヤは、その後己が物とした新たな力に頼りっぱなしだったことに気付く。
かつて自分が磨き続けてきた一振りの剣に全てを込めることを忘れてしまっていたわけではない。それでも、対応力に優れ、汎用性が高い二刀流は、いつしか彼女のメインスタイルかのようになっていたのだ。
しかし、それはアリヤにとっては違う。あくまでも『勇者の双炎剣』は手段の一つだったのだ。
ダリフから譲り受けた我が愛剣マリア。その可能性を広げるための手段。
(『勇者の双炎剣』に割いていた魔力・・火力を、全部マリアに注ぎ込めば・・・!)
生半可な剣では、その膨大な魔力と熱に耐えきれず、武器が駄目になってしまう。
しかしマリアは違う。高い魔力伝導率、そして武器としてのスペック、グレード。それらはまさに一級品と呼べる代物なのだ。
「ふぅっ・・・はぁぁぁぁ・・・・・!」
アリヤは右の剣と左の炎を交差させる。それをゆっくり丁寧に、そして確実に左の『勇者の双炎剣』によって生み出した炎、その魔力をマリアに込めていく。
やがてすべての炎が注ぎ込まれ、炎を纏っていた剣は、その刀身を真っ赤に染め上げる。
「『火焔武装』・・・『真紅炎刃』・・・!!!」
己の全てを込めた一刀は、思いを乗せた一刀は、目の前に広がるどんな理不尽にも立ち向かう勇気を持ち手に与え、戦うための確かな力を持ち手に発揮させる。
共に戦い続ける本当の相棒と共に、少女は今目の前の理不尽に向かい再び挑む・・・!




