#170 月光下の決戦その四
「英雄の雛・・君と戦う前に、私はやることがある・・・」
数百メートル離れたタクには流石に聞こえないほどの声量で、シムビコートは一人呟いた。
タクたちがここに来るまでの間、シムビコートはただ体を休めながら待ち構えていた訳ではない。
必要なだけの魔力量を貯め、後ほんの一手順済ませるだけで完了できるまでに整えていたのだ。
「遺跡を破壊し更にはここまでの大人数・・随分手荒い訪問だ・・・となればこちらも、それ相応の応接をせねばなるまい・・・!」
そう言いながらシムビコートが取り出したのは、黒と紫のカプセル剤。人間が使おうものならその絶大な力と副作用に耐えられずに漏れなく廃人と化す禁断の薬。アンロックブースター。そしてそれを、何の躊躇いもなく口へと放り込み飲み込む。
しかも、それは一般的に流通しているアンロックブースターとは少し違う。『カースウォーリアーズ』にて魔人用に独自改良された代物であり、魔人以外に効果がない代わりに、魔人には絶大な効果を発揮する。
つまりその薬は人間ゼローグ・スタードリアスではなく、魔人ウルティブロにへと作用する。故に、乗っ取ったゼローグの体で服用したとしても、ゼローグ自体が廃人になることはない。
「・・・・・ァアッ・・・!出でよ!『傀儡魂之捨駒兵』ッ!!」
あたりに響き渡る地の揺れ。その中から次の瞬間、炎に包まれた人間のような・・いや、人型の炎とも呼べるものが這い上がってきた。
だが、その色は紫、青、黄色・・・様々な色が混ざり合っている、とても炎とは思えない色。どこか幻想的でありながら不気味さを放つその色は、例え炎色反応を持ってしても再現不可能だろう。
これこそ、シムビコートの生み出した模造された魂による捨て駒。「魂のような物」で動く自我を持たない炎兵。
「・・・そして・・これだけでは終わらない・・・!」
シムビコートの持ち駒は、この『傀儡魂之捨駒兵』だけではなかった。
「我が子を殺されたのだ・・・その怒りは計り知れない物だろう・・・!さぁ、仇は目の前だ!存分に暴れろ、蛇共よ!!!」
そうして遺跡の両端あたりの地中から更に姿を現したのは、体長五十メートルほどの紫、そして緑の大蛇二匹。それは先ほどの砂岩巨蛇が可愛く思えるほどの威圧感を放っており、先ほどの個体は前座でしかないことを騎士団員たちに思い知らせた。
「往け!まずはこちらに向かってきている人間からだ!!」
「「シャロロロシャァァアアアアアア!!!!!」」
この砂岩巨蛇たちは、すでにシムビコートによって飼い慣らされており、膨大な魔力を注がれたこれらは、本来持っていなかった能力を得て、それぞれが独自の進化を遂げた個体。元の砂漠の主としての面影はどこにもなく、シムビコートの手駒として生きる強力な魔獣と化してしまっていた。
そんな二匹が怒りをあらわにしながらまず向かった先には、その二匹の間に生まれ、先ほどまで共に生きていた砂岩巨蛇の仇、英雄の雛の姿があった。
そう。シムビコートは、この二匹を怒らせ、本来以上の力を出させるためにわざと先にタクの元へと砂岩巨蛇の子供を向かわせたのだ。地面の砂で体を再生できる大蛇であろうと、英雄の雛であれば瞬殺してくれるだろうと、あろうことか敵を信じて。
「・・・さぁ、その二匹は並大抵の強さではないぞ・・そもそもの状況が二対一だ・・・!どう来る・・!?」
シムビコートの口角はこれまでにないほどに上がっており、普段あまり表情を変えることがないゼローグの表情筋は悲鳴を上げていたが、そんなことは誰も知る由もない・・・・・
「おっと・・これまた大所帯なことで・・・・・」
どうやらこの世界の奴らは数の暴力という言葉が大好きらしい。毎回多いんだよ!!
この間触手妖精を倒したと思いきや、今度は人型の炎みたいなもの。まぁそれらに関しては良いとしよう。あの数だ。一体一体の能力はそこまで高くないだろう。結局は量より質ということだ。
問題はその後から出てきた砂岩巨蛇。と言ってもさっきの奴とは比べ物にならない・・・!ここからでも感じる気味の悪いオーラは、間違いなく俺に向けられたものである。
「よくも我らが同胞をー!って感じか・・・?」
実際はあの二体の砂岩巨蛇の子供であるのだが、そんなことを知るわけがないタクはそれ以上考えるのが億劫になり、それについての施行をパッとやめる。
「・・・まぁいい、あれだけの巨体が二体同時に・・・アレを試す絶好の機会だな・・・!!」
今は建物もない。近くに人はいない。思う存分暴れられる最高の環境が整っている・・・!
「見るからにヤバいっつってもな・・・結局あの激マズイカ野郎より上ってことはねぇだろ・・・!!ちょっと借りるぞ、お前の力・・・・・『地底之大王烏賊』!!!!!」
直後、俺の腕の周りを半透明の光の触手が包む。右は明るい金色、そして左は濃い紫色。その職種はどんどんと膨張していき、やがて先ほど倒した砂岩巨蛇の巨体、それよりも一回り小さい程度にまで巨大化した。
『地底之大王烏賊』は、グラーケン戦後に俺が結晶化したグラーケンの身体の一部を食ったことで得たスキル。流石にまんまとはいかないが、あのグラーケンの力をある程度であれば行使することが可能となるもの。
「流石にまだサーヴァンツは出せねぇし、本物と比べたらショボいにもほどはあるが・・・それでも二本くらいなら何とかなる・・・!」
触手を十本出して同時に操るのは無理だ。いや、おそらく練習すればいけるのだろうが、今はまだ無理だ。こうやって腕の動きとリンクさせて武器のように操る程度のことしか出来ない。
だが、それでいい。自分と体のサイズがあまりにも離れている奴への有効打・・・!殴る蹴るだけでもいいが、こういう手数というものはあればあるだけ、役に立てば立つほどに良い・・・!
「「シュォォァアアアアッッ!!!!!」」
「ハァァァアアア!!!」
向かってくる二体の大蛇・・・上等だ。逆にこちらから行かせてもらう・・・!!
俺は蛇に向かい全力疾走、そして跳躍。眼前に蛇を捉え、腕を振りかぶる。体を空中で捻り回転させ、更に威力を挙げた触手の鞭が、蛇共の身体を弾き返した・・・が、
「効いてねぇか・・・!」
「「シャルルロロロ・・・・・」」
やはり先ほどの砂岩巨蛇とはわけが違うということか。ならば、百発でも千発でも、お前らの命が尽きるまで叩き込み続けてやるよ・・・!!