#16 獣人殲滅戦線その十
―――その瞬間、俺の前から世界が消えた。
最後のスキル『神の第六感』を発動した俺は、その瞬間に問答無用でパニック状態に陥った。
なんだこれは。見えない。聞こえない。感じない。
先ほどまでの森の木々、自身の血の匂い、衝撃音。何も感じ取れない。分からない。
眼前の同種合成獣はどこに行ったんだ?カロナールは?レルとアリヤは?
森は?地面は?空は?風は?
これがスキルの効果?意味が分からない?感覚を奪い、植物状態にでもするスキル・・・?そんなバカな話があるか・・・!
(マジでどうなってんだ・・・・・右から爪の横薙ぎ。)
「「!?」」
アリヤ、レリルドは、魔力を蓄積しながらも驚愕を隠すことはできなかった。
集中し、眼もつむっていた。それをたまたま開いたのだ。二人とも。タクの力の片鱗を感じたかの如く、無意識で。
認識すらしていない、できていない同種合成獣の攻撃をタクは躱して見せた。最も、タク自身もよけている自覚などないし、そもそも体が動いているかどうかすらもわかっていないのだが。
(左のストレート・・右足の蹴り・・右の爪による袈裟、その直後に左の逆袈裟・・・ここで隙ができた。鳩尾に入る。『身体能力強化』五十%。)
「グゥゥゥゥゥウオァ・・・!!」
同種合成獣は先ほどまでとは威力が段違いの攻撃を食らい、ほんの少しよろめいた。
これらは、アルデンが相澤拓に与えたスキル『神の第六感』による効果。
人間の五感。味覚、嗅覚、視覚、聴覚、触覚の他に、闘神、武神などが持つとされる圧倒的なまでの戦闘勘を一時的に我が物にできるというもの。
これにより神に匹敵せぬものであればどんな相手の攻撃にも対応でき、その勘頼りの洗練された反撃を敵に浴びせることも可能となる。簡単に言えば、現戦闘における最適解を確実に、正確に遂行することができる。というものだ。
デメリットとしては、『神の第六感』発動中、先程の五感に加え、痛覚、温度感覚、平衡感覚など、人間に備わっている感覚器官がすべて使えなくなるということ。
この戦闘勘というものは、言うなれば神の力そのもの。人間の体ではその大いなる力に耐え切れず、普段生活に使用しているすべてのリソースをこのスキルに充てなければならない。
更に、このスキルは、使用者の能力に準ずるということ。
言ってしまえばこのスキル。ただただ感が良くなるだけなのである。使用者の能力が飛躍的に上昇するわけでも、突発的に力に目覚めたりもしない。
仮にこの『神の第六感』だけを持っており、何らかの達人を相手にしたとしたら、その攻撃の内容が分かったとて、対策できるほどの身体能力、武装、魔法が無ければ、何も感じないままただやられているといったことになるだろう。
(・・・・・・・)
タクはそのうち、思考をやめた。放棄せざるを得なかった。意識をしたところでこの状態では何も変わらないことを悟ったのだ。思考の外側。無意識の中にいるような状態のタクは、今はこのスキルに身を任せることを選択したのだ。
「ヒョファア!?な、なんなのですか彼ェェェ!?急に感情が消えたかと思いきや、あの洗練されたかのような動き!そこには一切の無駄もナッスィング!私の 同種合成獣に対抗しうる存在が、ダリフ・ドマスレットの他にも・・・?アリエン・・・!アルィエヌワァイ!!!そんなものはデータになかった!どうなっているのですゥゥゥ!!!???」
カロナールは先ほどまでのにやつき顔が消え、動揺を見せ始めた。ダリフがいなくなり、子供三人如きに何が出来ようものかと内心思っていた。
だが今目の前では予想しがたい光景が広がっている。
異様な武器を生成し使いこなす特殊魔法士レリルド・シーバレード。
己の持つ魔力伝導率が異様に高い剣『マリア』に自身の魔法『火焔武装』により炎を纏わせ戦場で舞う火焔魔剣士アリヤ・ノバルファーマ。
この二人はアリンテルドでもそこそこ名の通る実力者ではあったため、危険視はしていないものの、プストルム襲撃を計画している際、念入りにマークはしていた。
だがあの男。タクと呼ばれるあの男。突如現れた完全なる異質な存在。
規格外のパワー、スピード。自らを破壊しながらも戦い、どれだけ攻撃を食らっても傷は癒え、更に力を増して自身の僕、同種合成獣にためらうことなく向かっていく。
なぜか魔法を 使っていないようだが、それでもカロナールにしてみれば十分に意味が分からない不確定要素とも言える者。
「フヘヒヒハハッ・・・!こちらとしても出し惜しみしている場合ではないようですねぇえぇぇええッ!!!!!『限界超越強化』!!!!!!!」
「グゴガァァァァァァァァァァアアアアアア!!!!!!!」
「な、なんだ!?」
カロナールが使用したのは、禁忌とされる強化魔法。かけられたものは限界のはるか先をも凌駕するほどの圧倒的な力を一時的に手に入れることができる。ただし、被付与者はその力に耐えられず、最後は肉体が滅んでしまう。その時間、わずか十秒。
はるか昔の世界大戦で、瀕死で助からない兵等が、己の意志を貫き通し特攻すると決めた際、せめてもの慈悲としてかけるために。
それを考えたくはなかったものの、先に見越していた者により事前に開発されていた人類の負の遺産とも呼べる魔法。
当然現在は人間にはもちろん、魔物相手でも使用を禁止し、その構築式は闇に葬り去られている。
だがカロナールはそれをこの世界に再び蘇らせたのだ。何年、何十年もの年月を費やして・・・。
同種合成獣は亡骸で作られたカロナールの操り人形。肉体が滅んでもすぐに再生するが、その十秒間。カロナール本人でさえ手に負えなくなる殺戮の権化となる。
十秒と侮ることなかれ。現時点の何十倍、何百倍とも呼べる能力を有した怪物が、十秒間も暴れるのだ。小さな町程度なら、もしかするとプストルムでさえ一瞬で壊滅させることが可能だろう。そんなものをたった三人にぶつける。
あのダリフでさえ対応が難しいであろう圧倒的存在をだ。普通に考えずとも三人とも瞬殺だろう。三人を始末した後の残り時間で街を滅ぼすことだって十二分にあり得る。作り出した 同種合成獣一体につき一回。魔力消費量がとんでもないので、無尽蔵とも呼べる魔力量を有するカロナールでさえ一度の戦闘で一回しか使えない、しかも使用後しばらくは『死体内増殖複製』による獣人増殖が不可能となる彼の真の奥の手。彼自身こんな場面で使うとは思っていなかったが、目の前のこの男が次にどんな異常事態を引き起こすかわからない以上、ダリフよりも優先して殺すべきだとカロナールは考えた。
この時、カロナールは自らの最悪とも呼べる選択ミスを、十秒後に嫌というほど後悔することとなる。
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