#165 少年、長考の成果
「なぁ・・・英雄の雛殿はいつまであのままあそこに留まっているんだろうな・・・?」
ふと官邸の屋根部分に目を見やる英鎧騎士団の一人は、隣にいた仲間にそう問いかける。数日前現れた英雄の雛という少年は、シムビコートの一件があってからというものの、あの場から一歩も動かずにいたのだ。
「あれからもう三日・・・ずっと何かを考えている様子だが・・・」
「あぁ・・だが、軽い飯と水は運ばせてる。問題はないだろう。それに・・・もうそろそろ降ろされるだろうしな。」
「そうなのか?」
意外な仲間の返答に、男は重ねて疑問を浮かべた。
「・・・そろそろ幹部連中の今後を決める会議が始まる。多分そこに、あいつも呼ばれるんじゃないかな?あの方の目も覚めたことだしな・・・」
「ほんと、一時はどうなることかとひやひやしたよ・・・」
「・・・なんのデメリットもなしにそんなクソ理不尽に魂を奪うなんてこと出来るわけないんだ・・・何かきっと明確なからくりが―――」
「タク君。」
そんな風にひたすら一人で長考する中、俺の集中をかき消したのはそんな一言だった。
後ろを振り返ってみると、三日前この屋根の上で戦った・・・いや、戦っていた奴に操られていたこげ茶色の髪の女性がそこには立っていた。その表情はどこか悔しそうで、申し訳なさそうで、そして、ほのかな笑みの内側には、相当の怒気がこもっていると見た。
「・・・メルさん。」
「これから緊急会議だよー・・・と言いたいところだけど、その前に・・・・・ごめんね。何も出来なくて。」
彼女の口から出てきたのは、あまりにも素直な謝罪の言葉だった。彼女の意思でこうなったわけではないのだ。謝る必要なんてどこにもないだろうに。
「あいつに体を乗っ取られて、そこから気が付いたら・・・全部終わってた。アグルダさんはもういなくなってたし、私よりも年下の子も、見知った顔も何人も殺された・・・挙句の果てに団長まで・・・くっ・・・・・私が・・もっとちゃんとしてれば・・・!!」
そう語りながら、彼女の目は潤む。どうやらレル同様、シムビコートに体を乗っ取られた時の記憶はないようだ。
下唇を噛みながら、その体を震わせるメルの姿は、俺の中の悔しさを、焦燥感を増幅させる。なんであれ、あいつがやったことは、絶対に許されないし、許すつもりもない事なのだから。
そしてとうとう俺は立つ。三日間座りっぱなしであったため、少し立ちくらみを起こすが、そんな事どうでもいい。
「メルさん。何も出来なかったのは俺も同じです。任された仕事も果たせず、骸骨騎士は盗まれ、相当な犠牲者も出た・・・・・この報いは絶対に受けさせましょう。残った全員でゼローグを取り戻して、シムビコートの野郎に地獄を見せてやりましょう・・・!!」
「・・・!うん・・そうだね・・!」
俺の気持ちが伝わったのか、メルの表情が少し和らぐ。
やりましょう、とは言ったが、やらねばならないのだ。この国に来た流れでなんだかんだ巻き込まれることとなったこの騒動ではあるが、もう素通りできないほどに被害は大きい。いや、大きすぎるのだ―――
「・・・では、当事者、この中で唯一まともにシムビコートと対峙したタク・アイザワ殿に、奴についての情報を出来る限りお聞きしたく。」
「はい。」
そうして俺が官邸内へと戻るや否や、早速俺に白羽の矢が立った。まぁ当然だろう。なんせ、あの屋根の上で戦ってた人間は俺とゼローグのみ(メルは体乗っ取られてただけだしそのあと気を失ったためノーカウント)だし。
「まず、あいつはカースウォーリアーズの人間で間違いない。」
「え!?それって、カロナールと同じ・・・!?」
「あぁ。カロナールの名前も出してたし、あんだけの外道戦術やってるんだ。もう断言してもいい。」
「近頃世間を騒がせている奴らか・・・ダリフ君から聞いてはおったが、まさかセラムにまで・・・」
外道集団の名を口にした途端、この場にいる人間のほとんどがざわめき始める。無理もないだろう。そんな奴らの元に、あの骸骨騎士が渡ってしまったのだから。
「しかしどうしたものか・・・一刻も早くこの状況を打破したいものだが・・肝心のシムビコートは一体どこへ行ったのやら・・・」
「・・・あのすみません、こっちの方角の先・・・何かありますか?例えば・・・人が立ち寄らない、かつ危険な場所みたいな・・・」
「・・・?」
名前は知らないが、一人の老人が頭を悩ませていた。ちょうど聞こうと思っていた事を口に出し、俺は奴が逃げていった方角を指差す。
「その方向・・・南西の方角・・・・・心当たりはある。ずっと先に広がる砂漠。その奥に位置している月儀の遺跡・・・!昔は天壮月光の夜の催事が執り行われていた場所だが、砂岩巨蛇が住み着いてからは近寄りがたい場所となっておる・・・」
「ビンゴ・・!そこだ・・・!そこにシムビコートはいる・・・!」
「いや、そんな本拠地までまっすぐ逃げるものなの?単なる攪乱とか、ただそっちの方角に逃げたってだけの可能性もあるわよ?」
行きついた俺の答えに、すかさずアリヤが突っ込んでくる。流石に考えが安直すぎる。泥棒がそこまで何も考えずに逃げるのだろうかと、そう思っているのだろう。その考えはごもっともであるし、泥棒の常習犯なら実際にそのような行動をとるだろう。ましてや、シムビコートは自分のことを怪盗と名乗っているのだ。
「俺は戦っている際中、なんとなくだが俺より年が上に見えるあいつのことを、クソガキって言ったんだ。それがシムビコートに対して持ってる俺の印象。あいつが焦ったときの言動も子供っぽかったし、ところどころに人間を馬鹿にするようなことも言ってた・・・そんなこんなで俺の予想は、「そもそもあいつは人間じゃない」だ。」
「貴様黙って聞いていれば!この真剣な場でふざけたことを言うな!どう見ても人間であっただろうが!」
「・・・あのなおっさん、どんなものも見た目によらないんだよ。んじゃ聞くけどさ、人間が肉体全部を魔力に変える魔法ってあんの?」
「うぐっ・・!?」
あくまでも俺の考えだが、魔法を扱うには相当の知識が必要で、それには当然脳を使う。その脳まで魔力に変えてしまったら、魔法なんて使えないのではないだろうか?
そしてもちろん、肉体は魔力で出来ているわけではない。人間でもそういった魔法がもしかすれば使えるのかもしれないとも思ったが、このおっさんの反応を見る限り、どうやらそんなものは存在しないようだ。
「で、あいつの人の魂を盗むとかいう全く意味が分からない魔法についてですが・・・そんなもん、何かしらの代償が絶対にあると俺は考えました。そしてそれは、シムビコートの言動と、異形につぎ込まれた魂から予想するに、盗んだ魂の一部を手数料みたいにするのではなく、シムビコート本人がそれを支払ってる。つまり、今あいつは弱体化している、または何らかの力が使えないような制限がかかっている可能性がある・・・!さらにクソガ・・・年齢がそこまで高くなく、まだ体が出来上がっていないと仮定して、そのダメージは決して少ないものではないはずだ・・・!」
「「「・・・!」」」
「タク君・・・凄いね・・・!」
「あの夜の戦い、そして三日間でそこまでの情報の考察・・しかもそのどれもが、理にかなっている・・・!」
「真偽は分からないが、我々はただ見る事しか出来なかった・・・もはや託す他あるまい。」
「もうあれから三日経ってる・・!シムビコートをこれ以上休ませてやる必要なんてない・・・今夜。今夜その月儀の遺跡とやらに乗り込んで、山積みの問題全部解決してやる・・・!!」
もう同じヘマはしない。俺だってこの三日間、ただぼーっと座ってたわけじゃない。考える時間は十分あった。あいつの想像全部超えて、全部奪い返して、度肝抜かせたのちに全力でぶっ飛ばしてやる・・・!