#164 月夜に照らされる盗品
ーーーまだ、夜が明けていない頃。
官邸から黒鋼の骸骨騎士を盗み、そこから官邸から逃げ切ってみせたシムビコートは、セラム共和国に存在するとある砂漠。シムビコートらが現在根城にしているその遺跡へと戻り、未だ地上に光を届けてくれている月を見上げていた。
そんなシムビコートの背後に近寄ってくる、一つの影。
目を開けているのかどうかすらも分からないような細目。男は、少し暗い白髪の髪を風で揺らしながら、気配もなくシムビコートの真後ろに現れた。
「お疲れ様です・・ウルティブロ。」
「ほんとだよ・・・疲れたし、僕のショーは全然思い通りにいかなかったし。もう散々だよ・・・」
ウルティブロ。そう呼ばれたのは、他でもない。細目の目の前にいる灰色の髪のスーツ男だ。それは、正真正銘怪盗シムビコートの真名であり、本来仲間から呼称で使われている物であった。
「その肉体・・・英鎧騎士団団長、ゼローグ・スタードリアスですか・・・」
「うん。これの他にもいいのがあったんだけど、ちょっとヘマしちゃってね。」
元の姿と類似している白髪。そして、騎士団長の証である英鎧『アキレウス』。背中にはこの国でも有名な『ヴァルカヌスの剣』と『ヘファイアの円盾』。それらの模造品ではあるものの、そこらの武具とは一線を画する代物を携え、ゼローグの肉体を支配するシムビコートは凛とした顔に似合わぬ幼い少年のような口調で喋る。
「それで、例の物はちゃんと手に入れられたのですか?」
「もちろん・・・これだよ。」
そうしてシムビコートは、適当な地面を探してそこに手をかざす。するとシムビコートの手の平から黒い魔力が放たれ、それがどんどん指定した場所に集まり、元の魔力に変換される前の形に戻っていく。その場に現れたのは、黒い金属光沢を放つ骸骨。神の名を冠するそれらを遥かに凌駕する性能と呼ばれるその創鎧をその身に纏い、更にこの国でもトップクラスの切れ味と防御力を誇る本物の剣と盾を携えたそれは、並の最強など比べるに足らぬ圧倒的な存在感を放っていた。
「ほう・・・それが・・・・・」
「あぁ。黒鋼の骸骨騎士。官邸地下の宝物庫に保管されていた代物さ。もうすでに『神光月波』の月の光の魔力をフルチャージさせてある。いざとなったらいつでも使えるよ。」
「うむ・・・・・お手柄ですね。」
それが本物であることを確認した男は、素直に戻ってきた仲間を称賛する。
「しっかし、セラムにあの英雄の雛が来てるなんて聞いてないよ?あいつとその仲間のせいで、僕の最高のショーが台無しになっちゃったんだから・・・!」
「・・英雄の雛、ですか?」
「何、知っててまた僕に意地悪したとかじゃないの?」
「私のことをなんだと思っているのですか・・・?」
英雄の雛。組織の中でもそこそこのやり手であったカロナールの醜悪な玩具を攻略し奴を追い詰めた記憶に新しい男。そんな奴がこのセラム共和国を訪れているという情報は、細目からしても初耳の情報であった。
順当に真っ直ぐ魔神討伐へと向かい、そのまま無事にエンゲージフィールドを抜けることができたのであれば、今頃本来ルクシア王国にいるはずだというのに。
「なぜこの国に・・・何か目的があるというのか・・・?いや、まさか奴もこの創鎧を狙って・・・?」
アリンテルドに派遣された者らは、突如として現れた神玉『ゼウス』を有する男に壊滅させられたためそこまで正確な情報があるわけではないが、一月前に現れた英雄の雛も、御伽噺の英雄よろしく武器を持たぬ素手のバトルスタイル。常人外れたパワーとスピードを誇り、更には肉体の部位を破損してもたちまち再生してしまうという。もはやそれは人間なのだろうかと疑いたくなるほどの存在。
「魔神討伐に備え、攻撃力に加え防御力も増強する算段か・・・?いや、それだと肝心の機動力が削がれてしまうのでは・・?それすら気にならないほどのそれを、奴が持っているということなのだろうか・・・?」
「まぁ、なんでもいいけど。僕は疲れちゃったから、しばらく奥で休んでるよ・・・ふわ・・ぁ・・・」
明らかに敵である存在の力量について考察する細目であったが、そんなこと気にすることなく、シムビコートは鎧を着たまま寝るのではないかと思わせる素振りを見せながら遺跡の奥へと向かっていったーーーーー
「・・・・・全く・・・この世に生まれて五年しか経っていない若輩が・・・・・だがまぁ、仕事はしっかりこなしているんだ。これ以上は言うまい・・・」
単刀直入に言おう。カロナール、シムビコート、そしてこの細目は、人々から魔族、魔人と呼称される存在である。
生殖行為で生まれる一般的な生物とは違い、魔力自体の突然変異、人間の魔法、はたまた儀式など様々な要因、手段によってこの世界に生まれ落ちる極めて珍しい存在。魔族の魔法は人間のそれとは性能が桁違いであり、その実力は個であろうと並の人間の千にも万にも勝るとも言われている。
そんな魔族の内の一体。千年以上の時を生きてきたこの細目の魔人エーベルスは、その場に残され、月夜に照らされている黒鋼の骸骨騎士を眺めながら、まだ見ぬ英雄の雛に思いを馳せる。
(・・・あのお方に一目置かれている男・・・それに見合う実力者・・であるならば、間違いなく奴はここへとやってくるだろう。ウルティブロがどのようにそれに対応するか・・・少し見ものだな。)
生徒に対する教師のように、はたまた新入社員に対する上司のように。あるいは愚かな弱者を見下す強者のように、迫り来るであろうそれらに同行している仲間がどういった戦いを見せてくれるのかを想像しほんの少し釣り上がった口角は慎ましくあるものの、それは明らかに下卑ていた。
エーベルス自体は今回起こりうるであろうそれに関与する気は一切ない。今回彼は、元々シムビコートの初仕事でその実力を試す付き添いとしてやって来たに過ぎなかった。無論シムビコートがどのようになろうとエーベルスには関係のないことであり、至極どうでもいいことでもあったのだ。
(英雄の雛の力がどれほどのものであるのか、しっかりと見させてもらいましょうかね・・・・・)
以前張り付いた笑み。それはシムビコートに影響されたものなのだろうか?それとも、エーベルスにシムビコートが影響されたのか?真相は定かではないが、そのオーラ、表情のどす黒さで言えば、間違いなくエーベルスに軍配が上がることは、間違いないだろう。