#161 天壮月光の夜:王手反転
「さて、バケモンは止まった・・『神光月波』も多分そろそろ終わる・・魂を盗む発動条件も満たせない・・!」
「くうっ・・・!!」
感情の起伏が激しいシムビコートも、王手をかけられては何も言い返せないようで、ただただ泣きべそかいているようだった。
過剰なまでの光を供給してくる月も、遥か長い時間に感じられた一分をそろそろ迎えようとしているようで、その光の強さも少しずつ弱まっている。もしまた見られるのだとしたら、それは十年後になる・・・が、その頃には魔神を倒して元の世界に帰っているか、魔神に敗れてこの世界が滅んでいるかのどちらかだろう・・・どちらにせよ、もう俺はさっきの月をもう一度お目にかかることはできないだろう。それならば、もう少しゆっくりと、落ち着いて見たかったものだ。
「頼むからもう捕まってくれよ・・・あれだよ・・神に懺悔する的な・・・アルデン教ってのがあるんだろ?あのジジイが許してくれるかどうかは分からんし、そもそも俺らは許さんがな。」
「・・・・・神・・・あの・・ジジイだと・・・」
「ん?」
なんとなくシムビコートにそう告げると、奴の嗚咽が途端に止む。それと共に奴の身体から力が抜けていくようだったが、それは感情を激化させる前兆のようなものであった。
次の瞬間、再び現在進行形で捕まっている怪盗は激情する。
「無礼者が!!愚者が!!劣等の人間の分際で・・余所者の魔法すら使えん見放された者如きが!!!神を軽々しく語るなァ!!!!!」
「んなっ!?」
突然耳元近くで叫ばれるものだからびっくりした・・・というのもあるが、それ以上にこんな神など微塵も信用していなさそうな、世界は神ではなく自分の手で回っているのだと言わんばかりの自己中心的なこいつがそのようなことを言うのに驚いた。
「この世界は、万物は神から生まれ、そして僕もその神からこの命を授かった・・・!ぼ・・・いや私は!自らが神のためにこの世界で咲き!そして散るのだ!!」
「何を訳の分からんことを・・・!!」
「分かるさ!分からせて見せる!!この国を落とし、あの方の贄となれることを光栄に思うがいいっ・・・!!!」
「・・・あの方?」
というかこの国を落とすだと?怪盗の野望にしては随分と規模がデカいように思えるが・・・
だがしかし、こいつならその気になれば出来るのだろう。俺が実際に見たわけではないが、こいつは手を叩くだけで人の魂を奪えるとかいう「ほぼチートだろ!」みたいな魔法を持っているとのことだ。つまり、手叩きまくるだけでこの国の人間全員おしまいってわけだ・・・・・
じゃあ、なぜそれをしない?
(こいつ・・・何かまだ隠してるな・・・?)
俺は魔法に関する知識は一切持ち合わせていない。だが、伊達に元の世界でそれ系の作品の作品を履修してなどいない。チートスキルを有して転生または転移した奴とかならともかく、神から生まれたとかさっき言ってたこいつの力は、おそらくこの世界の範疇に留まっている。
つまり、そんなとんでもない魔法を発動するのにも何か条件・・・または代償が必要・・・なはずだ。おそらく多分きっと!
まぁそれはもういい・・・答えを出す前に、この戦いは多分終わる。
「シムビコート、遺言はそれで構わないな。さぁ・・・終わりだ―――『破魔之剣』・・・!」
ゼローグが剣を構える。すでにその剣の間合いにはシムビコートが俺に捕まっており、今更躱す手段など存在しな・・・・・
「・・・『憑依』。」
「ッ!?そうだった!!っていうか人の身体を自由に出入りできるのかよお前!?」
そういうのって大体相手に触れたりとかしなきゃいけないパターンだと勝手に思ってたが、あろうことか奴はその予想をいともたやすく裏切った。
メルの身体の前側から出てきたそいつは、俺よりも少し身長の低いスーツの男。こちらからは顔は見えなかったが、灰色の髪に中折れハット。よく物語で出てくるような怪盗の恰好をしていた奴は、必殺の剣技であろうそれを繰り出す一歩手前だったゼローグへと一気に接近する。
「くっ!?」
「あの乙女の身体も少々名残惜しいが・・・英鎧騎士団長ゼローグ・スタードリアス・・・貴様の身体ごと私がここを去れば、この国の戦力は確実に下がるだろうな・・・!!」
「フン、ならばこのまま斬り捨てるのみだ・・!」
ゼローグは咄嗟にバックステップ、シムビコートはそれに少し遅れて追従する。そして、多少乱れはしたものの、ゼローグの剣の構えは完全に崩れてはいない。すぐさま体制を立て直して迎撃出来る状態であったゼローグは、そのままメルの身体から出てきた男に刃を振るわんと己の肉体を動かす。が、
「甘いッ!!」
「なっ・・・!?これは・・・・・」
「は?扉・・・ってそれ、宝物庫のやつじゃねぇか!?」
どこからともなく現れたのは、あの分厚い宝物庫の扉。なんでそんなもんがここにあるんだよ!!とツッコみたくはなったが、おそらくレルの言っていたものを魔力に変えて体内に吸収するとかいう原理がサッパリ分からない手口で盗んできたのだろう。
それは本来、ゼローグ達スタードリアス家の者からすればただの扉に等しい。なんせ、自分たちの魔力を通すだけで勝手に開くのだから。だがそんな扉も、この状況ではただの分厚い鉄板。十二分に有効的な盾にへと変貌する。
「舐めるな!!俺がこの程度の物すら斬れないとでも思っているのか!!!ハァァアアアアッ!!!!!」
目の前の良く見慣れた鉄の盾と化したそれだが、言ってしまえばただの部屋の扉に過ぎないそれに、ゼローグも特に思い入れがあるわけでもなかった。なんの躊躇いもなく放たれたその剛剣は、いとも簡単とまではいかないものの、それでもかなりの分厚さを誇るそれを一刀のうちに両断した。そして隙間から見えてくる景色。そこには今現在共に戦う英雄の雛の姿はあるものの、肝心のシムビコートの姿はどこにも見当たらない。
「チッ・・!一体どこに・・・!?」
「ゼローグ!!後ろだ!!!」
「ッ・・!!」
一瞬のうちに振り返ったゼローグであったが、その目の前にはすでに貼り付けた笑みを一ミリも崩さない奇妙な、人間なのかすら怪しくなってくるような男の姿がそこにはあった。
「さぁ・・・貴様の身体・・・この僕が使ってやる・・・!!!!!」
「クソッ・・!やめろシムビコート!!!」
だが、そんなタクの声も虚しく、彼の次に目にした光景は、数日前知り合った団長の体内に奇妙な魔力が入り込んでいる。というものであった。