#156 天壮月光の夜:喜怒哀楽
「ふむ・・・随分とオーディエンスが減ってしまった・・・」
「ったりめーだ。あれでもだいぶ残った方なんじゃないか?いや残ってもらっても困るんだが・・・」
少しがっかりしたような表情を見せるシムビコート。神光月波までの時間が刻一刻と近づく中、あのナニカもその姿をどんどん変貌させている。
あの魂を無理やりつぎ込まれた元人間現化け物、まさか月が出ている間ずっと強化されるとかじゃないよな・・・?いや、こういう嫌な予感は大抵当たってしまう。多分、そう捉えておいた方が精神衛生上にもいい。
「タク・・!まずあちらの方に手を回した方がいいかもしれんな・・・!」
「大丈夫、その必要はない。」
「なぜだ!?」
なぜって?それこそ愚問だ。ゼローグはあの大量の群衆の中にあいつらがいることを忘れたのか?
「俺の仲間があそこにいるんだ。なんの心配もいらない。」
「・・・そうか。」
ゼローグもその答えに納得したようで、緊張感が漏れ出ていた表情も幾分か落ち着きを取り戻している。そのまま再び乗っ取られた仲間の姿へと意識を集中させていく。
「そんなことより、こいつの方がよっぽどの問題だろ・・・ゴリ押しじゃ無理そうだし・・・」
「そんな考えなしの強行突破が通じるほど、奴も甘くはないだろうな。」
「あなた方、檀上、しかも敵の目の前で台本の打ち合わせかの如く喋っている・・・よろしくない・・実によろしくない・・・」
よっぽど呆れているのだろうか、シムビコートは頭を抱え悲痛な顔を作り首を横に振っている。確実に演技だろうが・・・と思った次の瞬間―――
「――本番中だぞ。あまりふざけるなよ?」
「「ッ!?」」
奴の纏う空気が一瞬にして変貌した。眼差しは鋭く、オーラは殺気を発し、穏やかな少年のような雰囲気は微塵も感じられない。なぜここまで瞬時にそれを変えられるのだろうか。いや、これがこいつの本性であるのだろうか。
「・・・最高のステージ、最高のコンディション、最高の自分がそろっているというのに・・・私の思い通りに現実の物語というものは進まない・・・嗚呼っ!なんともどかしい!!」
「笑ったり発狂したり・・・忙しいやつだな・・・」
「いっそのこと、自分以外の生物、その全てが我が掌で踊る傀儡であったのならば・・・そう思ったことは無いかい?」
「あるわけないだろう。下種が。」
言動全部が狂ってる。ショーにより自ら望んで人生を狂わせた男は、その狂気を内に留めることなど不可能であり、それはやがて奴の周りにも影響を始める。それが台地であるのか、空であるのか、もはや空間であるのか人であるのか。それを決めるのは、狂魂の演盗の他存在しない。
「っていうか、考えが飛躍しすぎだろお前。なんか自己中だし。」
「ジコチュウ?」
「自己中心的な考えって意味だよ・・・って、そんなこと教えてる場合でもないな・・・!」
マジであと数分の間に満月は真上にきてしまう。ここまでの月の動き方からして・・・二・・いや、三分はあるか?できればそれまでの間にこいつを―――
「あぁ・・本当に美しい・・・本当に、神が私たちに奇跡を見せてくれているかのような・・・」
奴は、空を見上げていた。さっきまで散々勝手に嘆いたり、なんかキレたりしてたのに、だ。
その表情はとても柔らかく、月光が反射してというのもあるだろうが、その目はとてもキラキラしている。本当に突然その行動をシムビコートは取ったのだ。
次の行動が全く読めない。まるで小さな子供を相手にしているかのような・・・ムラメはよくできた子じゃった・・・・・いや違う違う。
次どんなことを奴がするかが分からない。奴の能力も、レルから聞いただけで実際に見たことはまだない。あいつは次何をしてくる・・・俺は次何をすればいい・・・・・
「・・・知るか。とにかく突っ込む。」
「っ!やはり早いな・・だが、こちらが感慨深くなっているなっているというのにいきなり襲い掛かってくるとは・・・些か非常識ではないかい?」
「うるせぇ。非常識の塊みてぇな奴に言われたくねぇよ。」
脇を締めシムビコートへと肉薄する。そこから・・・
「突っ込むだけとは芸がな・・ッ!?」
急停止。奴の一歩手前、拳の射程ぎりぎりで踏みとどまる。残念だったな。俺は頭も使える脳筋なんだよ。
「俺が何も考えずにただ突撃することしかできないとでも思ってたか?」
まぁ実際そうなんだけどさ・・・でも俺だって人間だ。多少なりとも思考くらいは出来る。
「一秒間に十回のジャブぅぅー!!」
「グフッ・・!?」
俺のさっきの発言、そして一直線に奴へと向かったことで、完全に俺を特攻バカだと思っていたであろう奴の意表を突くことに成功した。放たれた高速アンド連続左ジャブは見事に奴の右横腹にへと直撃し・・・感じた感触がなんか柔らかいような・・・・・あ。
(って完全にやっちまったァァァ!!!?)
さっきまでちゃんと意識してたってのに!クッソ!やっぱ俺は特攻バカだったのか!?
いくらシムビコートだからって、肉体はメルなんだから攻撃するのはまずいっていうのはわかっていただろうに!!じゃあほかの方法は何かあるか・・・?こんな土壇場で思いつくわけねーだろ馬鹿野郎!!!
「タク!気にせず攻撃を続けろ!」
「だからお前は人の心とかないんか!?」
「死にさえしなければ、回復魔法で何とかなる!!」
「そういう問題か!?そういう問題なのか!?」
だからと言って剣はとてもまずい気がするのですが!?
いつの間にか俺の正面、シムビコートの背後に迫っていたゼローグは、奴に向かって飛び掛かり、真上から己の剣を振り下ろす。
そしてそれをシムビコートは身を翻しながら横へと回避、その刀身は、その勢いのまま俺の身体へと接触して・・・・・俺の身体を真っ二つに断ちやがった。
「フッ・・・仲間を斬殺とは・・・騎士団長も堕ちたものだな。」
奴は一瞬瞳を閉じ、微笑みながらゼローグに向かってそう告げた。
「・・・あぁ・・本当にその通りだな・・・!」
「なんだとっ!?」
シムビコートに返事を返したのは、ゼローグではない。先ほどゼローグが、何のためらいもなく斬り捨てた男・・・・・
そして、シムビコートもまた知らなかった―――
「とりあえずゼローグ・・テメェは後で半殺しにする・・・!」
「やれるものならやってみろ。」
「人斬っといてなんだその態度は!?せめて謝れ!しっかり意味わからんくらいに痛いんだからな!!!」
「・・・お前・・一体・・・ッ!!そうか、お前か・・・カロナールを追い詰めたイレギュラーというのは・・・!」
―――タクの、あまりにも出鱈目な能力を。