#152 天壮月光の夜:一騒動
月が空の天辺に差し掛かろうとしている少し前から、柵の外ではタクが遠目で見ても相当な人間がある待っていることが確認できた。そしてそのほとんどが武装しているのに気づいたのは、ほんの少し後である。
数日前より街中に張り出されていた、怪盗シムビコート名義の予告状。唯一黒い紙に記されたそれは人目に付きやすく、瞬く間に人を伝って拡散された。情報の伝染は続き、とうとうトポラの中では納まらなかった。古の金貨百枚というありえない報酬内容に感化された冒険者たちは、こぞってこの街に集結していた。
そして街を訪れた冒険者たちが耳にしたのは、怪盗が何かしらを盗むという噂。この街でそのように大々的に盗むと宣言したならば、シムビコートの行く先は官邸内にある宝物庫一択であろう。そう判断した者達が、こうしてぞろぞろ現れたわけだ。
裏をかいて別の場所へと向かった者たちもおり、現状官邸を取り囲んでいる者たちで全てというわけでもないのだが、それでも信じられない程の人間が存在していることは確かだ。
本来であれば彼らも、今日ばかりはクエストなど受けずに祭りを楽しんでいたはずだろうが、いつの時代、どの世界でも金は人を魅了し、惑わせる。
しかし、それも仕方のない事なのかもしれない。
シムビコートが報酬に提示した古の金貨という代物は、歴史的にも価値があるうえに現物の数が非常に少ない。その価値は、一枚で通常の金貨千枚に相当するほど。それが百枚あるのだから、もしもそのクエスト報酬が本物であり、それを手に入れることが出来たのであれば、その者は文字通り、一生遊んで暮らせるのだから。命の危険を晒すこととなる冒険者なぞ引退し、悠々自適に過ごせるのだから。
「にしても、この数分で相当増えたな・・・・・で、現れやがったな・・・!」
俺は変わらずずっと外で待機していたが、どうやらとうとう始まってしまったらしい。
実際に確かめたわけではないが、『魔晶闘波【雷】』の効果で官邸内の人間の感情の揺れを察知したのだ。まぁ、それがなくともあの銃声が聞こえれば大体想像はつくが・・・
銃声の聞こえ方からして、もうすでに宝物庫は突破されているようだ。宝物庫見学の後ほんの少し試させてもらったのだが、俺が『身体強化』百パーセントで錠を引きちぎろうとしてもドアを蹴破ろうとしてもびくともしなかったのだが、それを一体どうやって突破したのかは疑問である。
「なんか中でドンパチやってるみてぇだな?」
「とうとうシムビコートとやらが現れたか・・・」
「というか、マジで宝物庫入りやがったのか!?英鎧騎士団がこんだけいるのに、自殺行為だろ・・・」
「俺が一番乗りしてやるぜぇ!古の金貨は俺のモンだ!!!」
「あっ!ずるいぞテメェ!!」
「俺が先だ!!」
「男共は引っ込んでな!金貨はアタシの物だよ!!」
「いやちょっと!?柵は越えないでいただきたいんですけど・・・!?」
短気な一人の男が柵を越えようとする。そしてその行動が人の連鎖反応を起こしてしまい、次々と立ち入り禁止区域内に問答無用で入ってこようとする。流石に見過ごすわけにはいくまいと呼びかけたのだが・・・・・
「あぁん!?なんだテメェ!!邪魔すんじゃねぇよ!!しかもガキじゃねぇか!なんでそん中入ってんだよ!!」
「さてはお前も金貨を狙ってるな!?一人だけ良い思いしようとしやがって!ふざけんな!!」
「い、いや・・あのですね?関係者以外は立ち入り禁止なんですよ・・・」
「あんただって騎士団の制服着てないじゃない!明らかな部外者じゃないの!?」
「そうだ!自分がやってんだから俺らを止める権利なんてあるわけないよなぁ!?」
「・・・・・・・」
そう言いながらズカズカと柵を越えてくる冒険者たち。いちゃもんを付けながら堂々と侵入してくる。
うん。始めは穏便に済ませようと思ったんだけどね?こちとら昼間からずぅっと祭りに参加もできずに待機してたわけで・・・しかもそれに加えてそんだけ色々言われたらこちらも黙っている理由なんて無いわけで・・・官邸の中が大変なことになっているのは重々承知ではあるが、それでも侵入してきたこの集団を見過ごすわけにもいかないわけで・・・・・
「・・・おいコラ人の話を聞かないアホ共。それ以上こっちにくんなよ?」
「「「ああ゛ん!?」」」
「俺は騎士団の関係者だ。部外者は引っ込んでろって言ったんだよ。それ以上俺の方に近づいてきたら、こちらもそれ相応の対応を取らせてもらうが?」
「そんなこと言って、近づかれたら怖いだけだろうがこの腰抜けェ!!!」
「あんたみたいなヒヨッコにどうこう言われる筋合いはないんだよ!!」
「まぁ構わねぇさ。この手の馬鹿は痛い目に合わねぇと理解できねぇんだ・・・そこまでして金貨が欲しいようだがな、テメェみてぇなクソガキにはもったいねぇ代物なんだ・・・んおっ!?ぐふぉぁああっ!?」
最後になんか言ってた男はとうとう武器を振り上げた。ので、足払いを掛けてそのまま顔面に拳を死なない程度に思いっきり振り落としても正当防衛である。これに関しては異論は認めない。
「・・・・・柵の外に戻れ。今すぐ。」
「ひっ・・・」
「「「はっ、はいいぃっ!!」」」
結局あれだけ大口を叩いていたのにも関わらず、俺がほんの少し睨んで威圧するや否や、そいつらはちょっと地面にめり込んでノックダウンしている男を担いで柵の外にへと急いで戻っていった。一部の外野の人たちが化け物を見るような感じで怯えている気がするが、おそらく気のせいだろう・・・・・
パリィィィィイン!!!!!
「なんだ!?」
その直後、ガラスが豪快に割れる甲高い音が外にまで響き渡った。俺はすぐさま官邸の方を振り向く。
官邸の廊下に隣接している窓には大きな穴が開いており、散らばった破片は月光を浴びてきらきらと輝いている。その奥に、数時間ぶりに見るレルとアリヤの姿、そして大勢の騎士たち。そしてそれらは、ただ唖然とするばかりで、すぐさま動けていたのは俺の仲間二人だけであった。
では一体、だれがあの窓を突き破ったのか?レルが大砲でもぶっ放したわけではなさそうだし、それにしては穴が大きいようにも見える。縦に伸びた楕円が一番近いような形の穴の開き方からして、誰かが突き破ったとしか思えない。俺は急いで辺りを見回す。すると、官邸の屋根に見覚えのある人物が立っていることに気付く。
「あの人は確か・・・メルさん・・だっけ?」
数日前の作戦会議で少し顔を合わせた程度ではあるが、隊長とのことだったので一応名前は憶えている。確か官邸内の指揮を務めていたはずだが・・・・・
「タクーーーッ!!!メルさんがシムビコートだーーーッ!!!!!」
「はいいぃっ!!!?」
官邸内から叫ぶレルの言葉に、俺は驚愕よりも困惑が勝る。
ちなみに超今更ですが、この世界の硬貨について。
日本円にして、銅貨1枚100円 銀貨1枚1000円 金貨1枚10000円だと思ってください。
つまり古の金貨100枚は、約10億円ですね。やっば。
硬貨の種類はレア枠で増やすかもしれないです。
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