#150 天壮月光の夜:喜色満面
気付けば150話です。
「聞こえた!?アリヤちゃん!!」
「・・・はい・・!」
官邸内に配置された騎士団の面々は、メルは、そしてアリヤは聞いた。聞き間違えようもないレリルドの声を。
それはいつもの彼からは想像がつかないような絶叫。それは、何かしらのかなり良くない事が宝物庫で起きたことを意味している。そしてこの状況。その答えは一つだけ。
「不審な人物発見!!直ちに取り囲んだ後捕縛しろ!!!」
「「「「「了解!!!」」」」」
ある一人の団員が、この官邸では見慣れないような人物を発見する。それは廊下を全力で、そして笑顔で走っていた青いスーツの男。その光景は、まるで玩具を買い与えられた子供のようであり、無邪気な笑顔からはどこか狂気のようなものを感じる。
「フフフ・・・今宵は我が人生、最高の者となるであろう!さぁ、楽しもう諸君!私のショーはまだ始まったばかりだ!!!」
「あれが噂のシムビコートかぁ・・・悪いけど、こっちも意地と誇りがあるんだ・・・逃がさないよ!!総員!なんとしてでもここで捕らえるよ!!!」
そう言いながら、メルは腰に身に着けていた自身の得物、短剣の柄を右逆手で抜く。指示を飛ばされた団員達も眼前の侵入者をしっかりと捉え、全方位からじりじりとその距離を詰めていく。
「せっかくだ。包囲網を正面突破するのもまた一興かな。」
「貴様・・何をふざけたことを!!!」
「何もふざけてなどいないさ・・・後方に飛ばされるのはお好きかい?」
そう言ってシムビコートがどこからか出現させたのは、一本の剣。刃は鞘に包まれており、シムビコートはそれを抜き放つことなく構えている。それは決して特別な業物などではない。ただの鉄の剣。しかしそれは、英鎧騎士団の人間にとってはなじみの深い一振りであった。
「んなっ!?それは・・我ら英鎧騎士団に支給される片手直剣・・・貴様がなぜそれを!?」
「これの事かい?ちょっとそこでくすねてきたのさ。では諸君、そろそろかかってくるがいい。そしてぜひとも私のショーを高みへ引き上げるための踏み台となってくれ!!!」
「総員!取り押さえろォ!!!!!」
全員がシムビコートへと向かっていく。それは一斉に、だが決して同時にではない。全員が絶妙にずれたタイミング。味方が味方を攻撃してしまうというデメリットのある一斉攻撃だが、全員が意識して攻撃をずらし、他の人間のそれを把握しておくことで、仲間討ちのリスクを英鎧騎士団独自の技術で減らした攻撃パターン。
本来であれば全く意味のない、ただずれた同時攻撃というそれであっても、それを想定し日々訓練に励んできた者たちは、その中で意味のないものにも意味を見出したのだ。
そうして出来上がったのは、疑似的な斬撃の嵐。この世界にごく稀に存在する人間の常識を逸脱した超人たちに一矢報いるため編み出されたフォーメーションがシムビコートに容赦なく襲い掛かった。
「ハハハ、己の集中力との勝負と行こうか!」
そんな絶望的な状況であっても、シムビコートは変わらず無邪気に笑う。その笑顔は屈託がなく、そして気味が悪い。
シムビコートは軽く呼吸を整え、一瞬にして集中モードに移行する。放たれた騎士団側の初撃。一般の騎士であろうとその強さは本物。鍛え上げられた一振りはシムビコートに容赦なく襲い掛かる。
「ふんっ!!」
「ぐおっ!?」
そしてそれは、意図も容易く弾かれた。拍子抜けするほどあっさりと。
続いて二撃目。シムビコートの左斜め後方から放たれる。だがそれも弾かれ、そこから三撃目、四撃目、その後も、一太刀も奴の身体に接触する刀身は無かった。
「な、なぜだ!?これだけの大人数に対して相手は一人だぞ!?なぜ一発も当たらない!?」
「簡単な事さ。質の違いだよ。さて、こっちの番だ。ハアァッ!!」
鞘に納められたままの剣の腹を用いて、近くにいた団員たちから次々と殴打を食らわせていく。
食らった団員たちはもれなく後方へと吹っ飛ばされ、そのまま壁にへと突き刺さる。たった一撃で数十人の成人男性を払ってのけた。
更にお返し化のように二撃、三撃、四撃五撃・・・団扇で紙を吹き飛ばすかのように軽々と吹き飛ばしていった。
「ふむ、実に面白い。騎士たるもの、自身の肉体の強化のため多くの食事をとらねばならないのではないのかい?私からすれば、些か軽すぎるように思えるが?」
「うーん・・・ボクはあんまり太りたくはないかな~?」
「フフッ、どうやら随分と剛毅な乙女がいるようだ・・・」
そしてここから、シムビコートはとうとう本格的に反撃に出る。とうとう鞘からその刃を露わにし、もう必要ないと言わんばかりに鞘を床にへと投げ捨て、手元に残った剣を嬉しそうに掲げる。
「アハハッ・・・!はぁぁっ・・・さて、どうやら僕の思い描いたショーの中では、君たちはもう役目を終えてしまったようだ。いらない小道具はあってもスペースを取るだけだ。処分しなければならない。」
高らかに、そして短く笑った後シムビコート見せたのは、さっきとは真逆の冷徹な視線。少し低めの声には確かな威圧感が込められ、笑顔は消えたわけではない。けれどもそれはあまりにも残念そうで、暗い笑顔だった。そのまま静かに印を結ぶ。誰にもその意図は伝わらない。そして一切無駄のない洗練された手の動き。敵であるというのにも関わらず、思わず見入ってしまうほどの意味不明の所作。
「・・・・・『愚魂乗取術』。」
パァン・・・・・
所作の最後に響き渡る手を一回叩く音。それと同時に、アリヤたちの目の前の光景は一変する。
突如、何もないはずのシムビコートを取り囲む団員たちが、バタバタとその場に倒れていく。まるで、魂でも抜かれたかのように。
「っ!?皆!!・・・何が起こった・・・!?」
これには思わずメルすらも取り乱す。シムビコートを子供のようだと考えるのもすぐさまやめた。何も発することなく生気を抜かれた部下の顔は、見ていてあまり気分のいいものではないのは確かである。
ただ、全員がやられたわけではない。
(シムビコートを中心として半径二十・・いや、約二十五メートル。おそらくそれが奴の何かしらの魔法の効果範囲・・・それの外に居る奴らはみんななんともなさそうだし・・・にしても、かなり広いね・・・)
「・・・まずは、千三百七十二人分・・・これはこれは・・中々幸先の良い・・・むっ!?」
ダァン!ダァン!ダァァン!!
「今度は何っ!?って・・・」
「レル!!」
シムビコートの満足げな表情を崩したのは、辺り一帯に響き渡った銃声。騎士団の人間はもちろん聞いたことのないその音に戸惑い、その音を良く知るアリヤは助っ人の参戦にほんの少しだけ緊張がほぐれる。
「骸骨騎士を返せ!!!」
「おかしなことを言うものだ。わざわざリスクを負って盗んだものを返す愚者がどこにいる?」
「ってことはやっぱり・・・」
「あぁ・・ごめんアリヤ、メルさん・・・黒鋼の骸骨騎士はあいつに盗られて・・・アグルダさんは殺された・・・!」
「っ!!・・・くっ・・・!!」
「そうか・・・・・どうやら、ボクは君を生かして捉える理由がなくなったわけだね・・・シムビコート。」
メルは一切の動揺を見せず静かにそう述べる。だがその言葉には、相当の怒気が籠っているようにも感じた。
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