#148 天壮月光の夜:開幕
今日、また一つ年を取りました。
月の光をいっぺんに受け、人々は最低限の節度は持って今日だけは羽目を外す。
行き交う人々からは笑顔が絶えず、皆が幻想のような夜を楽しむことに身を投じている。
「・・・盛り上がってんなー・・・・・」
そして俺はというと・・・現状維持だ。
いつからだって?警護が始まってからだよ。
事件が全く起きない街の警察官とかもこんな気持ちなのだろうか?張り込みみたいにあんパンと牛乳でもあれば食事という名の時間つぶしに・・・いや数分しか持たんわ。
やる気がなさすぎるのではとも言われそうではあるが、そんなことはない。やる気はちゃんとあるし、シムビコートは絶対に逃がさないつもりだ。まぁ正直盗まれてどれほどの影響があるのかはよく分かっていないが・・・
だが、何もない場所で誰とも会話できず昼頃から今日が沈むまでいたのだ。まだ現代人的思考の俺からすればあまりにも暇すぎる。
それにしても、天壮月光の夜とは俺が思っていた以上に凄いものだった。
元の世界では考えられない程の幻想的な美しさ。十五夜のお月さんが泣いてるぜ。本当にそれほどまでに夜とは思えない明るさ。確実に建物や屋台の明かりがなくとも全然行動可能だろう。
「にしても凄いな。十年に一度ともなるとここまでか・・・!」
盛り上がり方が夏祭りのそれなんかとは比べ物にならない。
地元の祭りなんか、「あ、祭りあるんだ。ふーん。行っても行かなくてもどっちでもいいやー。」的な考えにしかならなかったが・・・というか、そもそも規模がおかしい。今この国総出で今祭りが行われているわけで、どこもかしこも、国の端から端まで大体こんな感じであると予想される。
「おーい!そこの若いの!!」
「え?俺?」
まだ登り切っていない月をぼんやりと眺めていると、ふと意識外から自分を呼ぶ声が。
振り向いてみると、そこにはなんか食べ物いっぱい持ったおじさんが柵は流石に跨いでいないものの、俺の近く辺りにまで迫っていた。何かあったのだろうか?
「はい、なんでしょうか?」
「あんた、騎士団の見習いさんかい?せっかくの祭りなのに大変だねぇ。」
「は、はぁ・・・」
なんだ?嫌味か?そりゃあ参加できるものなら参加したいが、そうは問屋が卸さないのだ。祭りにトラブルはつきものなので少し心配した俺の方が馬鹿だったのだろうか?
「ほれ!」
「・・・へ?なんすかこれ・・・?」
「こいつは差し入れだ!若ぇんだから食わねぇとな!それ食って頑張ってくれよ!」
「あざす!!!」
なんという素晴らしいお方だ。ここまで俺の掌をくるくるさせるとは只者ではない。
渡されたのは肉串にフランクフルトに・・・何これ?芋?見たことのない芋みたいな串もある。後は何かが入った瓶だが・・・・・ん?ちょっと待てこれって・・・!?
「・・・気泡だ・・ってことは・・・」
ただの水ではない。そしてもちろん酒の匂いなども一切していない。どこか甘い香りを漂わせ、しゅわしゅわと音を立てている・・・そう。ジュースだ。しかも炭酸の。
え?それがどうしたって?大問題だ。この一か月間そんなもの全くお目にかかっていなかったのだから。というか、割とマジでこの世界に来てから水とコーヒー以外飲んでなかった俺からすれば普通にとんでもない代物なのだが・・・いや、よくよく考えればビールがあるので炭酸自体はあるか・・元は確か水に二酸化炭素溶かした感じのやつだったと思うし・・・違ったっけ?
本当に頂いてもいいのだろうかと少し考えてしまったが、もうすでにおじさんは祭りの人だかりの波の中に消えてしまったわけで・・・それすなわち・・・・・
「よし。ありがたくいただこう・・・!」
わざわざこっちに声をかけてまでくれたのだ。食べない方が失礼という奴だろう。差し入れを貰うのは禁止なんて一切言われてないし。では早速・・・
「いただきまー・・・あっつ!?」
まずフランクフルトからいったのだが、完全に焼きたてだった。見事にほんの少し火傷した。あ、でもスキルのおかげですぐに痛みが引く・・・『自己再生』有能過ぎない?
パキッと音を立てた腸の中からは、もはやほぼ肉汁ではないのだろうかと思えるほどの旨味の液体が口内に溢れ、そこからしっかりとした肉の触感に辿り着く。とめどなく溢れる甘い脂を喉の奥へと流し込み、なんとか地面に垂らすことなく胃にその全てを送り込んだ。
感想としては、普段の祭りのフランクフルトの五十倍は美味かった。そしてこれはお世辞でも何でもない。皮まで全て柔らかく、ケチャップとマスタードでいただくあの素朴なフランクフルトももちろん美味いが、これを知ったらもう戻れなくなりそうな気がする。いやあれば全然食べるけど。
心地の良い歯ごたえに決壊したダムのような肉汁。一本完食して少し脂がくどくなってきたころに、すかさず瓶ジュースを流し込む。
もはや懐かしさまで感じる刺激が心地よい。これにはどうやら林檎の果汁が入っているようで、甘酸っぱいこれが肉に合い、食欲を更に増進させる。
この勢いのままお次は謎の芋串へ。こちらの触感はほぼジャガイモ。だが全くと言っていいほどパサついておらず、噛むたびにねっとりと触感が変わっていく。あれだ。山芋みたいな感じだ。そしてかなり多めの香辛料が周りにまぶされており、芋自体は淡泊なものの、しっかりと味に奥行きがある。フランクフルトもそうだが、屋台でこのクオリティは異常なほどだ。一体いくらするのだろうか・・・?
そして最後に肉串。もはや言うまでもない。パーフェクトだ。
こちらも香辛料により肉のポテンシャルを最大限引き出されており、何の肉かは分からないが臭みもなく、筋っぽくもない。歯切れのよい触感で、先ほどのフランクフルトとはまた違った肉汁が口の中いっぱいに広がる・・・ん?今口の中が光ったような・・・・・?
「うぐぉっ!?」
突如爆発的に全身を駆け巡る刺激。それは辛さに分類されるものだった。
そういえば、官邸の図書館で見た気がする。肉自体に魔法陣を刻むことで、肉の柔らかさや食べた者の味覚などを操る調理魔法の一種なるものがあると。現実では絶対に真似できるわけがない新感覚。
だが嫌な辛さではない。一気に汗がブワッと噴出したが、これは気持ちの良い辛さだ。だがずっとは耐えられないので即座にジュースを飲んでそれを中和。美味しく、それでいて食べていてとても楽しい。
「この世界、料理も面白いな・・・!さて、『神光月波』が来るまでにさっさと食っとかないと・・・!」
月が国民にその全容を明らかにするまであと少し。食事で心身共に回復したし、そろそろ本格的に集中モードに切り替えねば。
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