#146 天壮月光の夜:神光月波
「・・・とのことです・・!」
「いや結局時間分かんないんだが!?」
「確かに・・・!!」
そこは肯定しないでいただきたかった。
名も知らぬ騎士団の人にシムビコートが新たにこちらに寄越した手紙の件をたった今聞いた。最上?頂?考えられるとすれば・・・
「満月が一番上に来た辺りってことか・・・?」
さっきの人は報告を終えてすぐさま戻っていってしまったので、再び一人で考える。こういう時にこんなことを言うのもなんだが、良い暇つぶしができた。
奇跡の瞬間とか言ってるのだから、その時何か特別なことが起こるのだろうか?この文面からするに、シムビコートが何かをするのではなく、天壮月光の夜の日に毎回起こっている現象的なやつもありそうな気がしてきたが、確認しようにも人が全くいないこんちきしょうめ。
「あ、いや、いるわ。そこら辺に。」
当然騎士団及び関係者は一人もいない。だが街にはいる。さっきまで俺が嫉妬深い眼差・・・仏のように微笑みながら見つめていた一般人だ。
聞こうとしている内容は何もシムビコートに関してではない。おそらくこの街の人間は全員知っているであろう天壮月光の夜関連のことについてだ。そこらの人に聞いてもおかしくはないだろう。
というわけで、早速柵の近くを歩いていたおばさんを捕まえ、何か知らないかを聞いてみる。
「天壮月光の夜の日に天辺に行った月がどうなるかって・・・あぁ、『神光月波』の事かい?」
「何それかっこいい・・・!?っじゃなくて、よければそれについて教えていただけませんか?」
「えぇ・・構わないけど・・・なんでわざわざそんなこと聞くの?ここらの人間ならみんな知ってるはずなのに?」
「っ!?」
ぬかった!なるほど・・よくよく考えてみればそうだ・・・!確かになんでそんな常識も知らねぇんだよってなるわな普通!!何か言い訳・・・良い感じの言い訳は無いものか・・・・・
「・・・い、いやぁ、十年前はすぐ寝ちゃいましてねー。普段はそんなこと話題にもならないですし、結局知る機会のないままずるずると年月だけが過ぎちゃいましてー・・・」
いやそんなことあり得るわけねぇだろうがぁぁあああ!?アホか!!多少なりともなんかあるだろ十年もありゃあよお!?
結局俺の脳内一人漫才みたいになってしまったが・・・・・
「あらもったいない!じゃあ今夜は楽しまないとねぇ!」
「あ、ははは・・・」
よかったぁぁあああ!!!乗り切った!何とか乗り切ったほぼ奇跡みたいだけど!!
・・・あれ?ていうか冒険者協会の件があったから必死に取り繕ったが、ぶっちゃけばれたところでデメリットないような?
「で、『神光月波』についてだったわよね・・・・・」
『神光月波』。
セラム共和国で十年に一度訪れる一大イベント『天壮月光の夜』。月光は普段よりもその輝きを増し、その光に含まれる魔力は人々の活力となり、例年よりも数段階質の高い作物を実らせる。
そしてそんな月が空の天辺に到達する少し前から、屋台、民家の明かりはその全てが人為的に消され、人々は誰もが静まり返る。その時が来るのを心待ちにしながら。
そうして訪れるは更なる輝きを放つ大迫力の月のオーラ。その光は人々の疲れを癒し、傷を癒し、心を癒す。それは征くべき道を示す神々のようで、淡く、優しく、そして何にも代えがたい力を持つその月の波動は、セラム中の人間の心を浄化する。
そして当たり前のことであるが、始まりがあれば終わりもある。『神光月波』が起こる時間は、僅か一分。十年の内のたった一分。
静かに眺める人々からすれば、それはあまりにも短いようで、永久の時のようにも感じられる神秘的な体験。
その光を浴びたことで戦いにより失った腕が元に戻った、不治の病を患っていた老婆がみるみる回復した、死者が光を浴びたことで蘇ったという逸話も存在しており、それらの記録は官邸の図書館に纏められている・・・・・
だそうだ。というか普通に図書館にあったのか・・・『鬼神の如き夜』とか見つけてる場合じゃなかったな。いやマジで。
それにしても、効いた感じ名前負けしないような凄い内容だった。最後の死者蘇生の真偽は定かではないが、傷が治ったり作物がよく育つのは本当らしい。軽いけが、骨折程度までならすぐ直ってしまうのだとか。作物の方も、天壮月光の夜が終わった少し後に、国総出で大収穫祭が行われるのだとか。なんでも、今日の祭り以上にいろんな料理が山のように・・・あと一か月くらい滞在しようかな?とほんのちょっと本気で考えてしまったのは内に留めておこう・・・
しかし、そこまで力説されたら普通に楽しみになってしまう。シムビコート確保が最優先であることは重々勝利しているが、その『神光月波』はぜひこの目で見てみたい。そう思わせてくれたおばさんのプレゼンテーションには、こちらとしても脳内スタンディングオベーションせざるを得ない。
「・・・てな感じかね。とにかく、今から夜が楽しみだねぇ!」
「ありがとうございます。これで予習はバッチリです。」
「そりゃよかった。ところで・・・あんたその柵の内側にいるけど・・騎士団の方ではなさそうだし・・・あ!見習いの子かい!?」
「あはは・・まぁそんな所です・・・」
今更事実を言っても面倒なことになりそうだったので、俺はこの場ではそのままそれっぽいキャラを演じて乗り切った。ゼローグの下なんて絶対に御免だが。
「せっかくの天壮月光の夜の日に・・大変だねぇ・・・なんか怪盗とかいうのが出るらしいね?街中で噂になってるよ。」
「そうなんですよ!それなのに周りは楽しそうにせっせと屋台を立ててるもんだから、こっちからすれば軽い生殺しですよ!」
「そうよねぇ。若いんだから遊びたいわよねぇ。まぁお仕事でしょ。頑張んなさいな。どうせ後夜祭もあるだろうしねぇ。」
「後夜祭ッ・・・!?」
前夜祭が無いのに後夜祭はあるのか・・・まぁ祭りの余韻が残っているという点では分からなくもないが。
「えぇ。月が沈んだ後も丸一日祭りが続いて・・・って、ほんとに何も知らないのねぇ・・・?」
「うぐっ・・・いや、その・・・丸三日くらいずっと眠ったままだったんですよ・・・」
「それ大丈夫だったの・・・?」
うん。我ながら、言い訳が下手すぎる。
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