#13 獣人殲滅戦線その七
半円球状の防御結界の中で、デイモンドとアールズは意識の集中を始める。デイモンドはいつも通り、冷静に相手の出方を見極めようとしていた。アールズも先ほどまでとは違い、その構えには一切の隙も無い。デイモンド同様、強者のオーラを放っていた。
この二人の実力はアリンテルドでもダリフに次ぐレベルだと言われており、戦闘の際は、普段の様子からは考えられないほどのコンビネーションを発揮するのだ。そんな二人が本気で共闘するのは実に数年ぶりの事であったため、周りの中堅、若集達は、結界を張り巡らせながらもその集中は眼前の二人に向けていた。ある者はその闘気に戦慄し、ある者は己の今後の糧とするため磨かれた技を盗まんとし、ある者はヒーローを見るかのような眼差しで二人を見つめていた。
すると直後、魔獣とも呼べる異質な獣人は、周囲を見渡し・・・
「・・・ガルル・・ショウゲキト・・マホウヲ・・・フセグカベ・・・・」
「ヌッ!?」「うそぉ!?」
周囲の戦闘員がふざけて言ったわけじゃない。確実に、この獣人が言葉を発したのだ。それだけではない。今まで獣人が見たことも無いはずの防御結界を、見ただけでその概要を言い当てたのだ。合体した獣人の中には犬獣人よりも知能の高い胡狼獣人も含まれていたがそれその知能もたかが知れている。獣人最強種と言われる狼獣人の最上位クラスでやっと獣人としての意思を持ち、人語を理解して話すことができるのだと以前ダリフから聞いたことがあるが、でっち上げともいえる獣人の集合体というだけで、ここまで飛躍的に知能が向上するとは到底思えない。
「てかなんで防御結界までわかっちゃうワケ!?喋ってる時点で十分おかしいのにさァ!?」
「獣人は人間よりも遥かに魔力を感じる感覚器が発達しているというのは有名な話だが・・・そんな感覚の限界をも超越して、構築式までも見破ったとでもいうのか!?」
「おいデイモンド!どーいう理屈なのそれぇ!?」
「分かっていたらとっくに説明しているさ!・・・・・いくぞ!」
そのデイモンドの掛け声に合わせてアールズがスタートを切った。
「まずは小手調べ・・・!」
アールズは右へ左へとフェイントをかけながら目まぐるしいほどのスピードで魔獣の懐へと潜り込んだ。潜り込んだ瞬間のアールズの側方から、魔獣の鋭い爪による激しい横薙ぎが迫る。その直後アールズはさらに加速。体を捻り攻撃をかわしながら魔獣の後方に回り、逆手に持った二本のレイピアで魔獣の背中を下から激しく切り上げる。
「グオッ・・・・」
「アールズ!回避しろ!」
「あいよ!」
アールズは魔獣の攻撃が届かない少し後ろに飛びその場で大きく飛び上がった。デイモンドの言う回避の対象は魔獣の物ではない。デイモンド自身の攻撃からだ。
「ぬうぅん!!『アース・クエイク』!!!」
デイモンドは自身の杖を強く握りしめ、それを地面へと突き刺した。そして地中で高威力の衝撃魔法を魔獣に向けて放つ。衝撃は地面の中で増幅し、それは大地を割り、魔獣の足場を広範囲で陥没させた。
アールズいわく、何の捻りもない名前だが、その威力は間違いなく本物であるそうだ。
「そぉぉぉぉれッ!!!」
魔獣の足場が崩れたタイミングで、以前空中に留まっていたアールズが、魔獣めがけて急降下を開始する。そして落下によって乗った威力を殺すことなく魔獣の頭部にレイピア二本による重い一撃を叩きこむ。その攻撃で魔獣の頭は潰れ、攻撃の余波で魔獣の体は爆散し、血肉の山と化した。
「す・・凄い・・・!」
「流石我らが両翼のトップたちだぜ!」
「案外大したことなかったな!」
「「・・・・・・・」」
そんな外野の声が聞こえてくるが、以前二人の周りの空気は重く、その集中を乱すことはなかった。
「手ごたえはどうだった?アールズ?」
「うーーん・・・確実に仕留めた・・ハズだが・・・・殺った感覚がない。」
醜き肉塊とかした魔獣からは、以前その異質なオーラが消えない。それに先ほどよりも強い魔力を感じる。見た目で判断するなとはよく言ったものだ。部下たちにはあとで説教だな。
そう考えている二人の眼前で、肉塊がうごめき始める。
「・・・よく考えなくとも、先程も一度肉塊になってから魔獣へと変貌していたのだったな・・・」
「これ・・アレかな?余計パワーアップさせちゃったヤツ?」
オーラを増強した魔獣は、先程の姿よりも一回り大きくなり、先程の状況が嘘のように再生したのだ。驚くべき再生能力。それは生ける屍だからこそなせる芸当なのだが、そんなことを知らない、知る由もない二人は、眼前の状況に多少なりとも戦慄を覚えずにはいられなかった。
「グゥオオオオオオオオオオオオッ!!!!!」
再び迸る魔獣の咆哮。それはデイモンド達の脳に直接響き渡り、軽い行動不能状態を引き起こした。先程までは行動不能など一度もしなかったのだが、どうやら再生により『咆哮による威圧』に特殊効果が付与されたのだろう。人間でも死地を乗り越えたものが限界を超えたり、新たな能力を獲得したりする実例があり、おそらくその類の物が魔獣の中で起こったのだ。
行動不能が解けた瞬間には、すでに魔獣は眼前に迫っていた。
次なる狙いはデイモンド。先ほどの技を学習したうえで、足場の陥没による足止めを警戒してのことだ。
「グゥゥオァアアッ!!!」
「ヌゥゥゥゥゥゥッ!?」
アールズが思考している間に、力を増した魔獣がデイモンドに攻撃を仕掛ける。その体躯に合わぬ速度で突進し、右腕を振りかざす。そこから放たれた右ストレートを、デイモンドは自身の大盾で防がんとする。
「グッ・・・・・!」
事態は急に劣勢に・・・というわけはなかった。アールズは先ほどから一歩も動いていない。それどころか、レイピアを二本とも鞘にしまい、目を閉じ、挙句の果てにズボンに両手を入れて仁王立ちしている。アールズが思考する際の集中モードに移行したのだ。
この状況はデイモンドにとっても好都合だった。デイモンドは、策を弄するタイプではない。彼は性格上、策を立てている暇があるならば己の技量を上げ、策など必要ない程に強くなればいいという思想の持ち主であり、しかしそれではある程度の戦いにおいては問題ないが、格上が相手では技量など何の意味もない。その点においてはアールズとは真逆であった。
アールズも戦闘能力は高いものの、デイモンドと一対一で勝負したならば、おそらくデイモンドに一勝できるかどうかだろう。アールズの戦闘スタイルは、パワーを自身の俊敏さで補い敵を翻弄するスピード型で、現時点では同じスピード型のレリルドよりもパワーもスピードも上だが、最後はやはり力負けしてしまう。
そんなわけでアールズは、戦いにおいて策を練る。勝てない一対一ではなく、勝てる多対多を想定するのだ。たとえそれが戦闘の途中であろうとも思考を止めることはない。だがアールズの中には不安なんて一ミリもない。戦場でのアールズの隣にはいつだって、信頼している仲間がいるのだから。
そしてアールズは今回も、何一つ心配を抱くことなく自身の思考回路をフル回転させる。
(奴を倒す方法は何かないものか・・・あれだけ粉々にしてなぜ再生できる?・・・いくらイレギュラーだからってそんな出鱈目あり得るわけがない・・・)
想像を優に超えるパワー。圧倒的なまでの威圧感を放オーラは、魔獣の意思に呼応するかの如く増幅していく。デイモンドが愛用している大盾は、何とか持ちこたえてはいるが、今までどんな攻撃にでも余裕をもって防ぎきれていたにもかかわらず、魔獣のたった一撃で小さなひびが入った。それを支える左腕にも相当な負荷がかかり、腕の骨は言わずもがな悲鳴を上げている。
その間にもアールズは思考することを中断することはない。これまでも、様々な危機を、己の発想と閃きで切り抜けてきたのだ。そしてそれはデイモンドも承知している。だからこのような状況であっても文句の一つも言わずに、敵の注意を引き付け、アールズが思考する時間を少しでも多く稼いでいるのだ。こんな行動を事前の相談もなしに行えるのは、二人の信頼関係によるものが大きいだろう。
そしてアールズの思考のテーマは、『魔獣の討伐方法』から、『この魔獣の存在自体に疑問を抱く』にシフトチェンジする。
(通常どんな再生能力があろうと、神様の力じゃあるまいし、まともな生物であるならば脳を潰せば確実に死に至るはず・・・・・まてよ?・・・まともな『生』物?・・・『死』?・・・・・ッ!そうか!)
アールズはこの手の勘、思考能力が異常に優れていた。わずかな思考時間で、獣人を『生物』とする固定概念から抜け出して見せたのだ。この世に完璧な生物などいない。もしいるとすれば、それはこの世から逸脱した神なのだから。そんな当たり前のことに気づくのに、アールズの中ではかなりの時間を要してしまった。
「それでどうだアールズ。こいつを倒す術はあるのか?」
そのデイモンドの質問にアールズは真剣な顔で答える。
「ああ・・・・・・・無い!」
「・・・・・そうか。」
いつもの真剣な真顔とも呼べる表情を一切崩すことなく返答したデイモンドは、こいつはなぜそんなことをこんなドヤ顔で言えるのかと内心で呟いた・・・
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