#133 喧騒の一場面
―――タクたちがこの店にやってくる数時間前
クエストボードに張られている大量のクエスト内容の記載された紙は、その全てが冒険者協会で発行されたものである。
依頼したい者が協会本部へと訪れ、そこで依頼内容等の申請。何重もの審査を潜り抜け、更に協会の所有している特殊な印が押されて初めてクエスト依頼が完了する。もちろん、その偽造など不可能。
印を押す際に用いるインクには特別な魔力がほんの少しだけ込められており、偽物はすぐにばれる仕組みとなっているのだ。
そして、トポラにあるタクが訪れた『ドムの酒場』、及びそのほか複数の店に存在するクエストボードに、今日もまた新たな紙の束がやってくる。そしてその百はありそうな束の中に一枚、絶対に受理されるはずのない、しかし確かに協会の印が押されている黒の依頼書が存在していた・・・
「おい・・・何だよこのクエスト!?」
「推奨冒険者ランクも、明確な達成条件もない・・・今まで見たことがないわ!?」
「しかも・・古の金貨っつったら、この国の宝物庫とか博物館とかにあるような代物だろ!?それが百枚!?」
「ヤバいっショ!!ヤバすぎるっショ!!!」
「でも・・・普通に考えて胡散臭くないか・・・?普通の金貨ならともかく・・いやそれでも相当だけど・・・古の金貨百枚なんて、そう簡単に集められるような代物でもないよ・・・!?」
「いや、この依頼主・・・怪盗シムビコートとかいうイカレ野郎は、このショーとやらに人生を賭けているのかもしれんぜ?だから自身の全財産を報酬に出した・・・そうでもなきゃ、説明がつかねぇぜ?」
「流石に偽名だろうけど、それにしたって怪盗は怪しすぎでしょ・・・よく冒険者協会の審査通ったよね・・・」
「私たち全員これに参加できるってことでしょ?と言いたいところだけど、流石にこれに首を突っ込むのは危ないかしらね・・・?」
「いぃや!俺は乗ったぜ?せっかくの天壮月光の夜なんだ。祭りは派手にやった方が面白ぇじゃねぇか。」
「クヒッ・・・吾輩も賛成でさぁ・・・金貨争奪戦・・・乗らねぇ方がもったいねぇ・・・・・」
「・・・私は反対。もしかしたら、Aランクだったり、下手すればSランク以上の実力が伴われる可能性だってある・・・っていうか、そうじゃないと色々おかしい・・・」
「僕も。金貨が欲しくないわけじゃないけど、胡散臭すぎるよ。」
朝早くからクエスト目当てで酒場にやって来た多くの冒険者たちは、その年齢、性別、ランク、パーティ問わずそのクエストについて話し合う。
早くも賛否両論分かれているが、怪しすぎる。その考えだけはその場にいる全員が肯定した。
「にしても・・・黒い紙に記載されたクエストなんぞ初めて見たわい・・・冒険者人生五十年・・・こんなもん見たことがなかった・・・」
「あたしも今年冒険者になったけど、初めて見たよー!」
「・・・・・お前さんはもうちょい経験を積まんとな・・・」
「若いっショ!!若すぎるっショ!!!」
「でも確かに・・・この紙全部、冒険者協会で発行されてるんだよな?わざわざこのクエストだけ黒い紙で発行するか?普通?」
「そもそも内容から普通じゃないし。」
「あれじゃないか?報酬が報酬だから前代未聞の危険なクエストだからとか。ほら、ブラックリストみたいな・・・」
「それとこれとはちょっと違う気もするが・・・まぁその意見は納得できる。」
「・・ッ!はぁ・・はぁっ・・・他の酒場も一通り見てきたけど、全部の店に確かにおんなじクエストが張り出されてたよ!どこもかしこも大騒ぎ!!」
「てことは確かにギルド側がこれを発行してるのか・・・?」
「そうなるな・・・にわかには信じがたいが・・・」
「よくわかんないけどとってもたのしそうだね!」
「ここまでの話理解できてねぇのかよ!?っていうかお前何歳だ!?」
「よんじゅうにさい!!」
「シムビコートよりお前の方が遥かにヤバいわ!!!」
「ヤバいっショ!!ヤバすぎるっショ!!!」
「だが、ブラックリストか・・・ありえなくもないな。相当な国の上層部からのクエスト・・・もしかすればゼラニオ首相からのクエストの可能性もある・・・!」
「首相がわざわざこんな真似を?」
「あくまで可能性だ。そうではないのであれば、もはや検討がつかんがな・・・もしや・・・外国?」
「いやいやそれはないだろ!そんなのもはやただの異端者じゃないか?どんな奴でもわざわざ別の国に依頼なんてしないだろ!」
「ないっショ!!ありえないっショ!!!」
「それに、協会の印も各国違う物で、それぞれに込められている魔力も全くの別物だと協会本部で聞いたことがあります。ですがこの張り紙のそれは、この国の他の張り紙の物と全く同一の代物・・・少なくとも、事態はこの国の中に留まっているでしょう。」
「その前に、この怪盗シムビコートについてだ。何か心当たりある奴いないのか?」
「うーん・・・僕は特には・・・さっきそっちの人が言ってた首相説にちょっと納得しちゃったし。」
「私も同意見・・・」
「もしや、首相ではなく、その息子のゼローグとか?」
「はぁ!?ゼローグ様がそんなことするわけないでしょ!?」
「それに英鎧守護団は、いつも私たちのために必死に動いてくれているじゃない!ましてやその筆頭であるゼローグ様を疑ってるワケぇ!?」
「るっせぇなアマ共!!単なるたとえ話だろうが!!!」
「じゃあ誰だ?」
「大臣連中たちか?でも悪い噂の人なんていなかったはずだけど・・・」
「でも、そもそもこのクエストの内容が悪って決まったわけでもないし、この怪盗シムビコートが悪人かどうかはまだ分からないよ?」
「え?ここまで来て善人説?」
「なくはないんじゃない?このクエストも、ただの天壮月光の夜を盛り上げるためのイベントの一環に過ぎないかもだし。」
「確かに・・・」
「というかなぜ今までその考えに至らなかったのか・・・?」
「だとしたらノリノリすぎだろ冒険者協会・・・」
「なんだろう・・・一番納得した・・・・・」
「ノリノリっショ!!ノリノリすぎるっショ!!!」
「じゃ、じゃあ!この古の金貨百枚ってのは何なんだよ!?」
「単にイベントを盛り上げるだけの口実なんじゃない?」
「うぐっ・・・」
「ヤバいっショ!!ヤバすぎ・・」
「「「「「お前さっきからうるさい!!!!!」」」」」
こんな話はタクたちが酒場にやってくるまで人は変わりつつもずっと続き、最終的に現段階では、
・ガチで怪盗が何か企んでいて一番協力すればマジの古の金貨百枚がもらえると思っており、クエストに参加するつもり派
・ガチで怪盗が何か企んでいて一番協力すればマジの古の金貨百枚がもらえると思ってはいるが、流石に胡散臭すぎる気もするのであまり乗り気ではない派
・そんなのありえないからスルー派
・上層部の陰謀説考察派
そのほかにも様々な派閥がそれぞれ妙な結束で誕生し、最終的にどうであれ、結局はその全員天壮月光の夜までの三日間を全力で楽しむつもりであった。
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