#131 酒場自慢のカルボナーラ
一式強化された我が装備を再び纏い、いつもより少し足取り軽く俺たちは宿を探す。
「心なしか着心地もよくなった感じがするな。」
「確か、元の素材が変化したんだっけ?そのせいなんじゃないかな?」
「装備としてのランクも上がってるでしょうし、前よりは断然価値のある物に仕上がってると思うわ。と言っても、それ多分元がファッション重視の奴だろうから、普通の冒険者の人のそれよりもちょっといいくらいって感じでしょうけどね。」
アリヤの話によれば、スキル付与付きの防具というのはそれだけでも相当の価値があるらしく、本来であればよっぽど金に余裕がなければ買うことすら難しいらしい。実際に鍛冶屋で払った金額は服本体を買った時の値段と文字通りの桁違い。この装備がこの世界でも唯一無二の物であろうからまぁ仕方ないと言えばそうなのだが。
「さて、早いとこよさげな宿を探したいけど・・・」
「・・・どうやらこのあたりにはなさそうだね。」
「っていうか、ここら辺ほとんど酒場じゃねぇか!?」
装備魔修にかなりの時間がかかったため、とっくに日は暮れており、辺りでは店の明かりと共に冒険者たちの喧騒が聞こえてくる。
どうやらここは飲み屋街のようで、辺り一帯飲食店と酒屋がずらりと立ち並んでいる。昼間の屋台とはまた違った賑やかさだ。
「流石にまだ酒は飲めねぇしなぁ。」
「飲まないのなら全然大丈夫だとは思うけど、どうする?もう晩御飯食べちゃおっか?」
「宿がちょっと不安だけど・・・そうね。せっかくだし、どこかに入りましょうか。」
今考えれば、普通にプストルムの酒場で飯食べてた。そんなわけで気兼ねなく酒場の中からよさげな場所を選別する。なるべく酒がメインの場所は無しで、店前に出ているメニューで美味しそうなやつがあるところを探す。
「おおおっ!?あるのか!この世界に!!」
「・・・なにこれ?」
「パスタだ!!!」
「ぱす・・・?」
いやパスタくらいあるかと一瞬考えてしまったが、どうやら俺のリアクションは間違っていなかったらしい。
アリンテルドではどちらかと言えばパンが多かったし、何ならパスタなんぞ一回も出くわしたことがなかったのでグラタン同様少し諦めていたのだが、これはいいニュースだ。
「タクはそれ知ってるの?どんなやつ?」
「小麦練って伸ばして切って茹でたやつ。」
「それ本当に美味しいの!?」
まぁ見てろって。作るの俺じゃないけど。
怖いもの見たさみたいな顔をされているのがちょっとあれだが、一応ちゃんと二人に了承を貰ったところで入店。丁度カウンター席が三つ開いていたのでそこに着席した。
「いらっしゃい。」
カウンターの奥から話しかけてきたのは、この店の主人と思われる男。細身で白いひげを生やし、酒場というよりもカフェのマスターの方が似合いそうな雰囲気あるロマンスグレー。
他の客からの注文であろう樽のジョッキに入った酒をそちらに渡した後、ゆっくりとこちらに近づいて来る。
「ご注文は?」
「俺は決まってるけど・・・二人はどうする?」
「うーん・・・よく分からないから、タクに任せるわ。」
「僕もそうするよ。」
「んじゃマスター。カルボナーラ三つ。一つ大盛りで。」
「あいよ。おいドズ!聞こえたか!?」
「おうよ父ちゃん!!すぐ作っからよ!!」
店主がそう厨房に向かって叫ぶと、おそらく息子であろう恰幅のいい男がそう返す。料理を作るのが好きな奴、その十二割くらいは食べるのも好きだと思っているのだが、きっとあれはそれの完成形・・・!
「彼は辿り着いているというのか・・!?カルボナーラの極致へと・・・!?」
「何言ってんの・・・?」
「いや・・・極致は言い過ぎたが、俺の世界にはカルボナーラにクリームを入れるか入れないかという血で血を洗う論争が今もなお続いているとかいないとか・・・・・」
「何それ怖い・・・」
ちなみに俺の意見はというと・・・うん。どっちでもいい。
両方とも結局のところ美味いし。本場イタリアでは入れないらしいし、どっちか選ばなければ殺すとカルボナーラ教の方に問い詰められたのならば俺もそっちを選ぶが、別にクリーム入ってても美味いし・・・うん。本当にどっちでいい。
「で、結局それって一体どんな料理なの・・・」
「何ぃ!?カルボナーラを知らないだってぇ!?」
そうびっくり仰天みたいな顔をして反応したのは俺ではなく、厨房で今現在料理をしている最中であるはずのドズさん。
客も結構店にいるが、料理は間に合っているのだろうか・・・?というか、この人以外に料理してる人いるんだろうか・・・?
「おいドズ・・お客さんに迷惑だろうが・・・」
「仕方がなぁい!!この僕直々に、この店のカルボナーラについて教えてあげようじゃないかぁ!!」
「やれやれ・・・すまんね君たち。こいつはカルボナーラの事になると止まらなくなっちまうんだ・・・子供の頃からの悪い癖だよ・・・」
「この店のカルボナーラは世界一ッ!そしてそのレシピを作った人こそ、ここにいる僕の父ちゃんなのさぁ!!」
「へ・・へぇ・・・」
そのあまりの勢いに完全に気圧されているアリヤ。彼女の顔からは、変な事聞かなきゃよかったという思いがひしひしと伝わってくる。
というか、グラーケン初見遭遇くらい焦っているように見えてしまうのは自分だけだろうか?
「この店のカルボナーラはリガトーニじゃなくてスパゲッティなんだ!卵はうちの家の鶏が朝に生んだ新鮮なもので、チーズはペコリーノ・セラミーム!この街の南東にある羊牧場で元気に育った羊のミルクから作られているんだ!具材はシンプルにセラミームポークのグアンチャーレ!パンチェッタと間違えられることもあるけど、この二つは似て非なる物なんだ!まず部位が違うんだよね!パンチェッタはお腹の肉を使ってるけど、グアンチャーレは頬肉なんだ!それにグアンチャーレはパンチェッタよりも脂身が多くて、味がごちゃつくことがない濃厚ながら以外にもシンプルなカルボナーラには相性ピッタリなんだ!それから白のワインにニンニクと・・あと欠かせないのが黒胡椒!いやぁいい時代になったよね!昔胡椒は金と同等の価値にまでなったことがあるそうだよ!今は魔法の進歩で生産量も増えたからどれだけ使ってもあんまり懐が痛くないけど、それでも人の手が一切加わっていない天然の胡椒は今でもとても希少価値が高くて、中々お目にかかれないんだ!『天然黒華胡椒』って言うらしいんだけど、ルクシア王国と帝国デトゥルースを繋ぐ国境付近のどこかにひっそりと生えてるって昔おじいちゃんに聞いたんだよね!俺もこの目で見てみたいなぁ!いや、出来る事ならうちのカルボナーラに・・・!おっと、話が逸れたね!材料はとりあえずこんな感じかな!次は作り方!と言っても、一応店のレシピだから、ちょっとだけだよ!グアンチャーレをフライパンで炒めて、カリカリになったところで白ワインを入れる、そうやっている間に塩を入れて沸騰させたお湯でスパゲッティを茹でる、そしてボウルに卵とチーズ、スパゲッティの茹で汁を入れて混ぜるんだ!そのボウルの中にさっきのスパゲッティとグアンチャーレを入れてソースに絡めたら完成!!皿に盛りつけて、上から更に宇チーズをかけてあげればパーフェクト!!難しいように見えて、実はとっても簡単なんだ!ちなみにソースをフライパンで絡めるのも良いけど、ここはあくまで回転効率重視の酒場だからね!もし卵が固まっちゃったらかなり時間のロスになっちゃうから、なるべく失敗の少ない方法で作っているんだ!フライパンでやった方がなんかかっこいいっていうのはあるけど、味には何の影響もないからね!うーん・・とりあえずこんなところかな!他にも色々語りたいことはあるけど、ひとまずこれでおしまい!僕もまだ仕事の途中だからね!それじゃ、楽しみに待っててね!!!」
「あ・・・頭がくらくらしてきた・・・」
「へぇ・・・勉強になるなぁ・・・これは楽しみになってきたな!」
「なんで全部理解できてるの・・・!?」
自分の店のカルボナーラについて語りまくったドズからは、オタク特有の早口的な何かを感じた。
ちなみにその後出てきたカルボナーラは滅茶苦茶美味しかった。
『生クリーム』
それは、料理、デザート、ドリンクにも応用できる牛の乳が生み出した奇跡の産物。
それを愛し、その果てに崇拝するにまで至った者達は、彼らが向かったその地イタリアで、とあるその愛が揺らぐほどの強敵と遭遇することとなる・・・!
それが、『カルボナーラ』・・・!!
彼らは歓喜した!クリームを使わずにここまで濃厚な味わいを引き出せる代物を!
彼らは恐怖した!自分たちのクリームへの愛が揺らいでいることを!
彼らはその後、まぁなんやかんやあってイタリアの全パスタ専門店との全面戦争を起こし、兵たちは最終的に各派閥でなんやかんやあってごちゃまぜ。最終的になんやかんや『生クリーム教』は残存し、それ以外の人間はなんやかんやで二つの『カルボナーラ教』としてこの世界に残った。そして今もなお、地球全土を巻き込んだ真のカルボナーラを巡る二大巨頭の戦いが終わることは無い・・・!
瀧原リュウ最新作『全世界カルボナーラ大戦~王道か、更なる濃厚か~』 近日始動・・・!(しません。)
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
いいね、ブックマーク、評価、感想等、お待ちしております!