#12 獣人殲滅戦線その六
「・・・ちょっと・・・何なのよあれ・・・?」
今回の後方支援部隊でのリーダー、イザべリアは、目まぐるしく変化した流れに絶望という名の感情でさえ遅れを取っていた
。ここまで、リーダーのダリフと、プストルムでも屈指の実力者であるアリヤとレリルド。そして昨日突然現れた謎の多い実力者、タクの臨時パーティが飛び出してからというもの、千人以上で獣人達と交戦し、順調に掃討も進んでいたが状況が一瞬にしてひっくり返った。
後方からでもいやというほど感じられる嫌な魔力。犬獣人の十倍ともいえるほどの体長、爪も牙も気持ちばかり金属のような輝きを帯びている。その身に纏うオーラは、先程までのどんな獣人よりも強い威圧感を放っていた。
辺りに轟く奴の咆哮は、これまで対峙してきた獣人とは格の違う物。音が衝撃波となり、新参の者達は耐え切れずに吹き飛ばされる始末である。
「くっ・・・全後方支援部隊に告げる!回復魔法の使える者は今すぐに詠唱を開始!前線の負傷者が下がってきたら即発動しなさい!強化魔法が使える者は、私と前線へ援軍に・・・」
「おっと、焦って前に行くのは危ないぜーイザベラちゃん。」
「ひゃっ・・!あ、アールズさん・・・!」
イザべリアの隣からヒョイと現れたのは、現作戦における後方迎撃部隊。仮に前線が崩れた場合や敵が前線を突破してきた際に戦闘を行う者たちを率いる部隊長を務める『アシュラ』傘下の二大ギルドの右翼『カルラ』のリーダー、アールズ・ヴィンセントだった。
アールズは真剣に、あるいは雑談のような優しい口調で話を続ける。
「ちょっと落ち着きなよ。こちらが焦って陣形を崩せば、それは相手にとっては好都合だろ?キミはともかく、支援魔法をメインとしている子たちを連れて行くのはかなりリスキーだ。もちろん総合的に見た前線の戦力は上がるだろうけど、正直、前線の奴らにとっちゃ、支援によるメリットよりも、足手纏いが増える事での負担の方が大きくなっちゃうんだよね。」
「う・・・・・」
アールズの正論のおかげで、焦りによって頭に上っていた血が少しずつ引いてきた。確かに、イザべリア本人はある程度の攻撃魔法も使えるが、彼女たちはそうではない。そもそも支援系統の魔法を使う者達は、自分で戦闘することに抵抗のあるものが習得する傾向にある。理由は体の不自由、魔物への恐怖、支援魔法に可能性を見出したなど理由は様々だ。
自分は戦えない。それでも何か人の役に立ちたいと願う者たちが、それぞれの覚悟をもってギルドへと入るのだ。
とまあ少し話が逸れたが、とにかく現時点での後方支援部隊内で、強化魔法を使えて尚且つ攻撃魔法も扱える者は現時点イザべリア一人のみなのである。
「まぁこっちよりも小規模だけど、イザベラちゃんみたいに攻撃系と支援系両方使える前線の支援部隊もあるからさ、君たちはもしもの時のために準備だけでもしておいてよ。まぁ一人でも死人出したら、ダリフのお頭にこっちが殺されかねないんだけどねーー。」
「あはは・・確かに・・・・」
「・・・でも流石にあれは予想外過ぎる。獣人が一塊になって化け物になるなんて・・・バッカスさんの情報だと獣人約三千匹分が凝縮されてる感じだし。一体ならただの雑魚だけど、ただくっつけてるだけではなさそうなあのオーラ、はは・・正直ヤバいねアレ・・・」
そう言ったアールズは、冷や汗をかきながら、引き攣った笑みを浮かべていた。
「あれは流石のデイモンドもキツいんじゃない?これは僕も出た方が良さそうだ。てことでイザベラちゃん。僕の部隊も任せちゃっていいかな?」
「さすがにキツいですよアールズさん・・・後方迎撃部隊だけで四百人近くいるじゃないですか・・・五百人もの指揮なんてやったことないですよ私。」
「何事も経験さっ。経験した分だけ、人は成長できるのだよイザべリア君。」
「何それっぽいこと言って言いくるめようとしてるんですか。」
「うーむダメだったか・・・ではうちのウェルス君にでも頼んでおこう。それじゃあ行ってくるよ。」
そんな感じでイザべリアに告げると、アールズは走り幅跳びの感覚で最前線へと飛び込んでいった。
突然変異ともいえぬ完全な異質な獣に、ダリフ即が興で編成した『精鋭特攻部隊』なる四人組を除いての最前線でその獣人と対峙していた『アシュラ』傘下の二大ギルドの左翼『サカラ』リーダーのデイモンド・ローレルは少しばかり肝が冷えた。
(なんだ・・・なぜ急に獣人共が合成獣なんぞになるのだ。しかも三千体もの数が一纏めだと・・・?)
作戦開始前、デイモンドは自我の芽生えた最上位級の狼獣人が出現し、それが統率した獣人軍団とも呼べるものがプストルムに進行してきていると思っていた。だがいくら最上位級だからとて、急に獣人が獣人を合成する魔法を扱えるようになるとは到底思えない。つまりこの獣人の親玉は、最上位級狼獣人ではなく別にいると予測できる。
幸いまだ森からは例の狼獣人は出てきていない。おそらくダリフのお頭たちがうまく足止め、いや、ダリフならばもうすでに倒していても全くおかしくない。
そんなことを眼前の敵を睨みながら試行していると。後方から何かがなかなかのスピードでこちらへ向かってくる気配を感じた。まぁ、考えられるのは一人だけなのだが。
その男は自分の隣辺りに着地し何事もなかったかのような笑顔でこちらへ話しかけてくる。
「よっと。やっほーデイモンド。加勢に来たよー。」
「アールズ。確かお前は後方担当のはずだが?」
「いやぁ、流石にこのレベルは君以外の前線の子たちには荷が重いと思ってねー。」
「・・・・・そうだな。正直助かった。」
こんなことを自分で言うのも何だが、自分とアールズはここにいる者達とは格が違う。ダリフから直々に手ほどきを受けてきた自分たちは、一般人から逸脱するほどの実力を手に入れたと言っても全く持って過言ではない。そんな二人が危険だと判断した獣人、いや魔獣。いくらアリンテルドのトップレベルのギルドで訓練している人間とて、普段討伐クエストも高くても胡狼獣人レベル程度の強さの魔物の討伐依頼しか出回らないほど平和な街で長年過ごしてきている者に、急にあれの相手をしろと言っても厳しいものである。
「前線にいる者達に告げる!はっきり言ってこの化け物はお前たちでは歯が立たん!こいつは俺とアールズで相手をする!お前達は俺達二人とこの魔獣を囲うように円陣を組み、内側に防御結界を構築しろ!周囲の被害を最低限に減らせ!」
「「「「「了解!!!!!」」」」」
前線の戦闘員達は、その命に迅速に対応。速やかに防御結界を構築した。そしてその円状のフィールドの中央で、『両翼』のリーダー二人と獣人の異常個体が臨戦態勢を整える。
「仕方がない。ダリフのお頭がこっちに戻ってくるまで二人で食い止める・・・いや、俺たちで倒すぞ!」
「了解!ヘイト買いよろしく!」
二人はお互いの武器、デイモンドは大盾と自身の身の丈ほどあろう杖を構え、アールズは背中に装備していたレイピア二本を抜き放った。
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