#122 託す未来、時を越えたエールその二十八
もう、迷っている時間は無い。下では今共に戦う仲間が命を燃やして奮闘している。
ここまで、この外套膜内側に来るまでに幾度となく絶望を味わい、理不尽に次ぐ理不尽に襲われながらも若き彼らは一切心を折ることなく、今こうして自分が、この戦いの命運を左右するところにまで来れたのだ。自分一人ではここまでたどり着くことなんて絶対に出来ないこの位置まで。
それに本来であれば、タクたち三人は言ってしまえば無関係。たまたまこのエンゲージフィールドの地下洞窟にグラーケンによって落とされただけにすぎず、その出会いも偶然によるものであった。あの三人の実力であれば、迫りくる触手を強行突破し、この洞窟から抜け出すこともできたであろうに。
いや、この状況すらも、七年前にツテコが言っていたそれであるというのか?七年後、英雄の雛が訪れる・・・その言葉が。
であるならば、一体あの方は何者であるというのか。そんなことをふと考えたキキョウであったが、過去を思い返している暇などないのだ。
「必ずやり遂げて見せるッ・・・!」
この戦いにおいて、自らが与えられた役割、いや、志願した役割。
五人の中で唯一の大人である自分が、それを出来ずして他の四人に顔向けできるわけがない。今はただ進むのみ。グラーケンのこの力の根源、愛する妻の元まで。
「・・・ッ・・・・・どけぇぇぇえええええ!!!!!」
直後、秒間数百単位で現れてサーヴァンツが征く手を阻むも、それはキキョウを食い止めるには至らない。
血気迫る表情で触手妖精へと向かっていく魔人の姿には確かな覇気が宿っており、その立ち振る舞いはまさに鬼。立ちはだかる者悉くを滅ぼさんとする勢いでキキョウは速度を一切落とすことなく、それどこか更にそれを増しながら進んでいく。
ただでさえ命を削っている『絶魔人化』で、彼はその能力の限界の果てを越えようとしている。無論あのユカリとの対話の後だ。キキョウも己が命を捨てるつもりは毛頭ないが、そうでもしなければこの場所では戦えない。キキョウ自身がそう考えているのだ。
元々、キキョウの能力のほとんどは戦闘向きではない。対象の回復、強化を主としている彼は、どちらかと言えば後方支援タイプ。『アシュラ』のイザベリアのような立ち位置だ。
それがこの戦いの最前線で戦えるというのは、本来ありえない話なのだ。それを実現可能とするならば、それ相応の対価を支払う必要があるのだ。
「ぐ・・・グフゥッ・・・!」
歯を食いしばるキキョウからは彼の血液が漏れる。それは、キキョウの身体が悲鳴を上げていることを示している。
味覚、嗅覚などは遮断したままであるので、そこまでの不快感はないものの、限界が近づいていることが顕著に表れている。もう、魔人の力を行使できる時間はそう長くない。
「ッチ・・・急がねェとなァ・・・!!」
それでもなお征く手を阻むサーヴァンツ。変わらぬ光景にキキョウは苛立ちを感じながらも、勢いを緩めることは決してない。
「もうひと頑張りだ・・・!!」
直後無数の触手がキキョウに襲い掛かる。頂上に近づいたこの辺りはグラーケンの魔力で満ちており、それを触手妖精は全身で吸収するかのような素振りを見せる。
「ん?」
同じくその闇属性の魔力によって生み出されたであろうサーヴァンツは、シンプルにその能力の全てを更に引き上げていく様子だ。
触手の太さは倍とまではいかないが膨れ上がる。それもただ太くなっているわけではない。それは言うなればパンプアップ。おそらく表面積がただ増えたわけでない。
それに合わせて体の方も一回り大きくなっており、その周りには黒と紫のスパークが迸っている。サーヴァンツ・フィーラーは先ほどまでとは明らかに違う姿に進化したのだ。
「次から次へと・・・!!」
だが、この一瞬で目の前のサーヴァンツ全てが進化したわけではない。進化したのはキキョウに近い全体の約一割であり、それ以外は未だ先ほどまでの姿と変わらない。だが、もたもたしているとその全てが進化してしまうのは自明の理である。
黒い稲妻の欠片のような風貌のそれを纏った無数の触手は、先ほどと何一つ変わることなく襲い掛かってくる。
「邪魔すんなら・・テメェら全員この手で始末してやる・・・!」
キキョウはそのまま横に回りながら飛び上がり、その勢いのままサーヴァンツに蹴りを叩き込む。
それは数いる一体の頭部側面に直撃し、その個体は激しくあるかどうか分からない脳を揺さぶられたかのような挙動を見せた後地に堕ちていく。
その時感じる、ある違和感。
(ッ!?硬ェな・・・)
キキョウの全力の蹴りなら、今までのサーヴァンツであれば余裕で首から上が捥げていたであろうに、対象の首の骨は折れるどころか軋むことすらなかったのだ。
保有する魔力量、触手の性能だけではなく、シンプルな身体能力、耐久力もしっかりと強化されているようだ。
そして、そんな事を考えている間にも、他のサーヴァンツはキキョウに牙を剥く。
「・・ぃっ・・・ぐぁっ・・・!?」
キキョウは自身の右脇腹に激痛が走るのを感じた。ふと目を向ければ、サーヴァンツの一体の触手の束がその横腹を抉っていた。
先ほどの口内とは比べ物にならない程の血がそこから溢れ出し、彼の服を紅に染まる。
『魔硬質化』による肉体の硬化を施してもなおその効果を上回るほどの貫通力。進化による強化は凄まじいものであった。いつもの状態の肉体であれば間違いなく致命傷であった。
『絶魔人化』に含まれる『魔物命糧』。その体内に蓄積していた魔力を用いて患部の再生を施す。タクの『自己再生』ほどではないものの、たちまちその傷は癒え、なんとかキキョウは自身の命を繋いだ。
だが、おそらくあの黒いスパークのせいだろう。身体の筋肉が硬直して思うように動けない。
(・・・ちょっと舐めてたかもな・・!下手すりゃあユカリの元までたどり着くまでにこっちがやられかねない・・・!)
キキョウは過信していた。己の秘奥義とも呼べる『絶魔人化』を。
キキョウは油断していた。この地の王グラーケンの生み出した怪物を。
「・・・もう容赦は無しだ・・・!確実に仕留めていく・・・!」
相手はおよそ数千、今もなおどんどん増える、無限に増殖していると言っても過言ではない程の圧倒的な増殖数。
「本番はこっからだ・・・!こっから一気に駆け上がる!!!」
キキョウは何度目か分からないスタートを切る。ただ全力で敵に立ち向かうため。目的の結晶へとたどり着くため。
そこからは、キキョウ自身の信念の戦いとなった。
無限に増えるサーヴァンツとの永遠に終わる気配のない鼬ごっこ。あれからどれだけの個体数を撃墜したのかは分からない。
それでも数は全く減らず、その上進化個体はどんどん増え続けている。
流石の『絶魔人化』状態のキキョウも全ての攻撃を躱すことなど不可能で、十体倒せば二、三回は触手の刺突を食らう。それを永遠と繰り返していた。
確実にユカリの結晶に近づいてはいるものの、この進化サーヴァンツの鉄壁を搔い潜ることは難しい。身を削りながら、キキョウはただ目の前の触手妖精を討ち、確実にその一歩を進める。
高く飛び上がり強行突破する手段も考え実行したは良いものの、その先にもうじゃうじゃといる進化前サーヴァンツの一斉攻撃を滞空中にもろに食らい、有効な手段ではないことを身をもって理解した。そう言ったわけで現在のように地道に歩を進めているわけだが、全体的に見れば結晶まであともう少しまで迫っているというのに、中々道が拓かない。たちまちキキョウは更なる苛立ちを感じ始めるも、これを突破する一手を持っていないのも事実である。
(クソッ!もっと・・もっと修練を積んでおけば・・・!)
そのように考えるキキョウであったが、もうすでに遅い。
強さとは、一朝一夕で手に入れられるものではない。地道な日々の積み重ねにより培われていくそれを、いざというときにだけ欲していては意味が無いのだ。
その競技が好きだというだけできつい練習を怠っているスポーツ選手が本番で活躍できるわけもなく、本気で悔しいと思っても次の日の練習への取り組み方はいつもと変わらない。そのようでは、いつまで経っても成長なんてするわけがない。
そしてそれはキキョウにも言えることだった。彼も魔法の研究にはそれはそれは精を出していたが、魔法の知識、技術ばかりを磨き、肝心の体術、身体の動かし方などに関してはほどほど程度だったのだ。そして今では単純な実力では七歳のムラメにすら及ばない程となってしまった。
情けない気持ちは確かにあった。だが、ムラメが授かっているのは、上位精霊のそれとは比べ物にならない程の最上位精霊の加護なのだと、どこかで言い訳していた。
(でも・・・それを言い訳にして全部諦める・・?ふざけんな!!!)
そもそも自分は何のためにここにいるのだ?自分の役割を確実に果たすためだろう!
であらば、こんな取り巻きに手間取っている場合では無いというのに。
しかし思い直したところで、状況が相当劣勢であることには変わらない。進むために必要な物が、キキョウには無いのだから。
しかし、ここにいるのはキキョウだけではない。」
「やぁぁぁああああっ!!!」
「ムラメ!?」
三人よりもかなり進んでいたはずだというのに、ここにいるはずのないムラメが、目の前の進化サーヴァンツを短剣で斬り捨てる。
キキョウはありえない筈の状況に混乱するも、今実際に起こっている現実をゆっくりと受け入れようとする。
「タクさんとレルさんが、ムラメを送り出してくれたのです!!」
「・・それにしたって・・・」
いくら何でも早すぎないか?を一瞬考えもしたが、ムラメの実力は自分の想像の更に先へいることを再び思い出す。
「お父さん!ムラメも一緒に参ります!早くお母さんを・・・お母さんをグラーケンから解放してあげるのです!!!」
「!?」
そうだ。ムラメの言うとおりだ。
今もなおユカリは苦しんでいる。七年間も、一人孤独に。
ならば、誰かが解放してあげなければならないというのに、自分はこんなところで情けなく足止めを食らって・・・・・
だが、彼は思い出した。自分一人で戦っているのではないと。ユカリを思っているのは自分一人ではないと。
「・・・ありがとう。ムラメ、手伝ってくれるかい?」
「・・・はい!もちろんなのです!!!」
あぁ。齢七歳の幼き我が娘が、こんなにも逞しく、そして頼もしいとは。
今現在進行形で成長を続けているムラメの姿を見て、キキョウはなんだか誇らしくなる。
そうだ。ムラメの未来のためにも、最後まで戦わねば。ユカリに託された、最後の願いなのだから。
「よし・・・行こう!!!」
「はいっ!!」
「「うぉぉぉぉおおおおおおおッ!!!!!」」
窮地に陥ったキキョウの元へと駆け付けた心強い戦力。
それは少しづつ、ほんの少しづつではあるが確実に進化したサーヴァンツを屠っていく。
キキョウは己が拳で、ムラメは二本の短剣を模した闇で。それぞれが迫りくる無限に抗い続け、ただ進み続ける。そこに生じるかどうかも分からない綻びのために。
そしてその瞬間は、意外にも早く訪れた。
「お父さん!!」
「あぁ・・・!」
「「ここで一気に畳みかける!!!!!」」
瞬く間に増えていた進化個体が突如として増えるのが止まった。キキョウは、ほんの僅かな希望の可能性が的中したことに内心安堵する。
膨大という言葉を二乗したかのような魔力量を誇るグラーケンとて生物。その量は決して無限ではない。
ここまでに生み出した数万、数十万単位にも上りそうな触手妖精、ユカリの入った結晶を媒介とした自身の属性の反転、加えてこの急速進化。果てしない量の魔力を消費するのは当然のことだ。
更に、ここまでの窮地に追い込まれた経験は、グラーケンには恐らくほぼ無いと言ってもいいだろう。何せ、数十年前長老がこの地にやって来た時から、奴はこの地で猛威を振るっていたのだから。
「せーのっ!!」
「「『双・魔・斬・嵐』!!!!!」」
二人の怒涛の連撃が、嵐の如くサーヴァンツを数千単位で巻き込んでいく。二人がやりすぎなほどの高速横移動を挟みながら徐々にサーヴァンツを飲み込む。その際発生したアッパーフォースは触手妖精を上方へと吹き飛ばし、多くの個体をそのまま空中で一塊にする。
「行きますよ!!」
「おう!!」
ある程度の数を固めることに何とか成功した二人は、勢いよく内臓を駆け上がる。
ムラメはそのまま直腸を、キキョウは外套膜を蹴って空中で、縦横無尽に駆け回る。その際も細かく内臓を損傷させながらも、その塊が解れる前にその場所へとたどり着く。
「予行演習だ・・・!」
「「せぇぇぇぇっのおっ!!!!!」」
塊の体格に位置している二人は、全身全霊を込めて同時に己の放てる最大火力を叩きこむ。
完璧なタイミング、凄まじい威力の力はサーヴァンツの塊に均等に行き渡る。
そしてそのまま何の抵抗も見せることなく、数千サーヴァンツの塊は内側から破裂した。
「手応えバッチリなのです!」
「いやはや・・・いつぞやの修業の時にちょっと話した合体技を、この土壇場でやることになるとは・・・」
『双・魔・斬・嵐』は、以前ムラメが「合体技をやってみたいのです!」と言い出した際にその日二人で考えた技。
もちろん考えるだけ考えて、それを一切実践することはなかったのだが、この極限状態。集中力が最高の物になっている今だからこそやってのけることが出来たのだ。
そして目の前のサーヴァンツがほとんど消えた今、もうそれはすぐそこにあった。
「とうとう・・・辿り着いた・・・・・!」
目的の紫に輝く結晶は、もう眼前にまで迫っていた。反射した光が変化し、中に存在する物を露わにする。
「・・・こ、この人が・・・・・」
「あぁ。この女性が、正真正銘の・・・ムラメのお母さんだよ・・・・・」
『タク、待たせたな!こっちも準備万端だ!』
『無事で何よりですよ・・・!そんじゃ、とっとと終わらせますか!!!』
キキョウから、とうとう結晶まで辿り着いたという知らせを受けた。
ここまで相当かかったが、ついにグラーケンに王手を指すことに成功したのだ。
後はただタイミングを合わせて心臓を貫くだけ。いくらグラーケンでも、この暴走状態とも呼べる今現在の姿を失えば、再生能力は急激に弱まるはずだ。そしてその瞬間に心臓を破壊すれば、確実に命脈を絶てる・・・はずだ!
「生憎、こちとら音ゲーも割と嗜んでたんだよ・・・!」
みんな、ありがとう。本当にグラーケンをここまで追い込めるなんて・・・・・
その時、しばらく聞こえてこなかったユカリの声が脳内で再び響き渡る。
えぇっと・・・タクくん・・・だっけ?
「え?あ、はい。」
そこから白羽の矢が立ったのは、キキョウでもムラメでもなく、俺。予想外の声掛けに戸惑いながらも、俺はその声に返事を返す。
多分・・心臓を貫いても、ある程度ならグラーケンは再生してしまう。確実に仕留めるには・・きっと、心臓を欠片一つ残さずに消し去るくらいしないと・・・
そんなどこか既視感のある倒し方を提示され、俺は思わずフッと笑ってしまう、
(なんか、そんな感じの敵多いな・・・)
プストルムでの同種合成獣といい、今回のグラーケンといい、ボスキャラは消滅させないといけない決まりでもあるのだろうか?
まぁ、そんなことはどうでもいい。となれば、やっぱりアレをやるしかないだろう。
「・・・ふぅぅぅぅ・・・・・」
俺は今この瞬間、集中力を更に引き上げる。かつてないほどに襲いかかる緊張感を押し殺しながら。
魔石を拳に含み、いつでも放てる態勢で構える。この洞窟で感じた負の感情、全部目の前の心臓にぶつけてやるのだ・・・!
「じゃあ、スリーカウントで行くぞ・・・!こっちはゼロの瞬間に放つから、その直後にそっちも打ってくれ!!」
「了解、いつでもどうぞ!!!」
感覚を研ぎ澄ます。曲の時間は約3秒、ノーツ数一個、それでいて最高難易度の音ゲー。ミスすればもう取り返しがつかないという緊張感。
だが、こっちもここまでの激戦でかなりハイになっている。いい感じに戦闘によって頭のネジが外れている。
「三・・!!・・二!!一・・・!」
ここが踏ん張りどころ。焦るな、落ち着いてそれを放て・・・!
(・・・・・さようなら、ユカリ・・・!)
拳を握る魔人はその目に涙を溢れさせ、また、溢れ出す様々な感情も必死で胸の内に留めて、ついに最後の覚悟の一撃を、妻の入った結晶に向けて放つ・・・!
「・・・ぜ」
ギュガギュギギョガガギギィィィィイイイイ!!!!!
だが、そんなあっさりとは問屋が下さない。
文字通りの最期の抵抗。グラーケンはこの場にて自身の体を大きく揺さぶる。
それでも、キキョウは問題なかった。すでに結晶へと拳は向かっており、その大きな揺れが起きてもそこまでバランスを崩すことはなかった。
しかし、タクは違った。
「!?ッぁあああっ!?」
タクはキキョウのカウントの間も心臓へと叩き込む一撃の事しか考えておらず、その瞬間研ぎ澄ませた集中力が裏目に出てしまったのだ。
結果、タクは直腸から足を滑らせ、綺麗に縦に一回転。足を下にして落下の態勢に入ってしまう。
やばい・・・終わった・・・・・
タクは瞬間そのように思ってしまう。今既に心臓は自分の腕のリーチでは届かない場所にあり、更に戻るための足場は自分の足元にはない。
そして既に、キキョウはユカリの入っている結晶を破壊しており、そこを中心として再びグラーケンの身体の色がコンクリート色へと戻っている。つまり、もう既に一秒にも満たないカウントダウンは始まってしまっている。今から登り直したとしても、絶対に間に合わない・・・・・
しかし、希望はまだ彼に手を差し伸べる。
「タク!何も考えなくていい!その場で地を蹴るんだ!」
「・・・ッ!!」
ここまで来て、仲間を信用できない訳がない!
俺はその場で着地するように踏ん張る。そうするとその場にあるはずのない地が存在していた。
確認する暇は無いが、おそらくレルの『夜空之宝石』だろう。
レルの指示通り何も考えず、ただ目の前の心臓だけを捉えながらそれを蹴り、先ほどまでいた場所まで復帰する。
「・・・エンゲージフィールドの支配者・・・長らく揺るがなかったその玉座・・・俺が貰ってやるよ・・・!」
そして俺は、とうとう拳の中に握っている魔石を二つ砕き、魔石内のエネルギーを右拳に集約させる。一つは闇、そしてもう一つは、炎。
「正真正銘・・最後の一撃ぃぃっ!!『穿影蝋』!!!!!」
そしてグラーケンの心臓に拳が接触した瞬間、俺の拳から生み出した漆黒の炎が心臓を凄まじい勢いで包み込む。
俺の新たなる即興必殺技シリーズの名は、『穿影蝋』。
それは拳の中で炎の魔石と闇の魔石を同時に割り、拳に纏わせて放つ渾身の右ストレート。と言っても、『穿焔』とやってることはほとんど変わらないのだが。
ゆらゆらと揺れる焔は、闇の中に影を生み出す。自らが消えるとともに影は再び闇へと飲み込まれ、そこに残るは虚空のみ。
ギィギュギャギュギギギギギギギイィィィイイイ!!!!!
ギュギョ・・・ガ・・・ゴゴゴココポポコココ・・・・・
全力のパンチの衝撃と炎の熱は、凄まじい強度を誇るグラーケンの心臓をも消滅させた。
グラーケンは断末魔を上げ、一度全身が大きく痙攣したのちに・・・・・
その生命活動を、静かに停止させた・・・・・
「・・・・・あれ・・?ここは・・・?」
この瞬間、キキョウの意識はどこか違う世界のような場所にあった。キキョウの肉体のある場所は間違いなく地下洞窟のグラーケン体内の最奥なのだが、彼の目の前に広がっているのは、何もない世界。
いつの間にか『絶魔人化』の硬化も消えており、キキョウの姿はいつもの人間のそれと全く変わらない。そして先ほどよりも遥かに低下した視力で、彼は辺りを見渡す。
だがそこは見渡す限り何もなく、その果ても存在するようには見えない。世界全体に薄い霧がかかっているような。
世界は白・・・いや、うっすらと紫だろうか。その色一色に染まっており、キキョウの頭を持ってしても理解が全く追いつかない。
「・・・・・!グラーケンはどうなった!?みんなは!?一体どうなったんだ!?」
「安心して。グラーケンはちゃんと倒せた。あの子たちのおかげね。」
「ッ!?ユカリ・・・!?」
振り返るとそこには、ここにはいない筈のユカリの姿が。先ほど自分が結晶ごと破壊したユカリの姿がそこにあった。
ただ小さく微笑み、暖かい眼差しでキキョウを見守っているかのような、そんな目。
「ここは・・・?まさか、僕も死んだのか・・・?」
「いいえ、これは・・私の最期の魔法・・・と言っても、ほんの少しの間だけど・・ね?」
今目の前にいるのは、生きたユカリではない。これはきっと、ユカリのまだこの世界に残っている魂の残滓。そんなことを、なぜかキキョウは察していた。
「・・・・・ユカリ。私は、まず君の願いの一つ目を叶えた。もう一つは、これからゆっくり、時間をかけて達成していこうと思う。」
「・・・えぇ・・・・・あーあっ!あの子が成長した姿、ちゃんと見たかったな・・・」
キキョウ以外いないこの世界で、ユカリは彼の前だけで自分の羽目を外す。
その願望を吐露するユカリの顔はどこか悲しげで、それでいて寂しそうで。
「ユカリは、私がユカリの分の愛も一緒に注いで必ず立派に育てる!絶対に幸せにしてみせるから!!・・・だから・・・・・向こうで、見ていてくれ!!!」
その言葉を聞いたユカリから、すぐに返事が返ってくることは無かった。けれどもその顔は微笑んでいて、目にほんの少しの涙を浮かべている。
ユカリはそのままキキョウへと歩み寄り、両手でその頬に触れる。そのまま流れるように彼へ自らの顔を近づけ、その唇を彼のそれと合わせる。
「・・・・・!」
突然の口づけにキキョウは困惑しながらも、今後訪れることは無いであろう多幸感にその身を委ねる。
だがその身体は直立したまま動くことは無く、ユカリだけが主導権を握っている。
そうして永遠にも感じる時間がたった後、その唇はキキョウの口元から離れていく。
その後、最後にユカリが見せたのは満面の笑顔と、一言。たった一言のエール。
「・・・頑張ってね!」
「・・・・・うん!!!」
その瞬間、とうとうキキョウの涙腺が崩壊する。次第にユカリは、魔法によって作られた幻想の世界は遠ざかっていき、気が付くとそこは、元居たグラーケンの体内。
生命活動を停止させたグラーケンの肉体、内臓は全てが紫色の結晶へと姿を変えており、あちらこちらに散らばっていたサーヴァンツの骸はその存在を跡形もなく消している。
キキョウはある違和感に気付き、ふと足元に目をやると、そこに転がっているのは真ん中で綺麗に割れた眼鏡。それを見た途端、キキョウの中に様々な感情がこみあげてくる。
「・・・お父さん?大丈夫なのですか・・・?」
しばらくの間ずっと棒立ちで動かなかったキキョウを心配したムラメが、彼に声をかける。
もう、過去とは決別した。これからは、未来にへと目を向けなければならない。
「あぁ。ムラメ、本当にありがとう・・・さて、とりあえず、下のみんなと合流しようか。」
「・・・はい!!」
これは、その世界の南側で起きた小さな出来事が無数に積み重なって生まれた、大きな出来事。
決して未来永劫揺るがない筈の王の座が、少数の人間によって陥落した、信じられないような話。
近き目覚めの日を待つ魔神、玉座から引き摺り下ろされた南の支配者。そして引き摺り下ろした張本人である英雄の雛とその眷属。動き出すそれぞれの人々。
世界は、確実に新たな未来へと、変化を始めつつある・・・・・
なんとか間に合いましたぁぁぁあああああ!!!
大晦日にキリよく、一気になんとかグラーケン戦を終わらせることが出来たと思います。
さて今後ですが、この後の話がまだ自分の中で纏まっていないので、また以前のようにお休みをいただきたいと思っております!ごめんなさい!!
とは言っても、ちょっとしたらすぐに投稿されてる・・・ってこともあるかもしれないので、よければチェックを続けていただけたら嬉しいです!!!
今年最後の最後になりますが、ぜひ評価、ブックマーク等もよろしくお願いいたします!!!!!
来年も瀧原リュウと異世界武闘譚をどうかよろしくお願いいたします!!!!!