#107 託す未来、時を越えたエールその十三
一時的にこじ開けた隙間に繰り出す斬撃は常人の動体視力では追うことすらできず、まさに嵐とも例えられる凄まじいものだった。
アリヤは絶え間なく二本の剣を振り、その隙間を少しずつ、だが着実に広げていく。
「はあぁぁっ!!!」
「す・・・凄い・・・!」
ムラメが以前見たそれは遡ること数日前。いつもの修業に三人が加わった際に行った模擬戦の時。
実際にアリヤと得物を交え戦い、そして敗北したあの時。闇丸も召喚しての二人がかりでの高速の連撃を、彼女は一人で捌いてのけたのだ。
普通ありえない。ムラメは素直にそう思った。ムラメは強い。それは自惚れではなく他も認める事実。精霊の加護に加え、日々積み重ねてきた修練の数なら洞窟居住民の誰にも負けない。
だからこそ、戦う前は己の中には確かに自信が存在していた。だが、一戦目、レリルドに敗れ、二戦目でも自分の本当の実力というものを思い知らされることとなった。
敗北を知り、今共に戦っているムラメだからこそ分かる。もし今アリヤと敵として戦うこととなれば・・・・・
自分は確実に死ぬということを。
「はあぁぁ・・・はぁぁぁぁ・・・・・!!」
目の前の疑似天井を切り始めてから一体何十分・・・いや何分、もしかすれば秒単位かもしれないが、アリヤはこの瞬間の時間の経過をあまりにも長く感じていた。
確実に隙間は大きくなっている。この触手妖精には再生能力は無いため、穴が再び塞がれるということも無い。塞がれはしないが、どんどん内側から埋まってくるのだ。
体力がどんどん消耗されているというのに、それでも気の遠くなりそうな、手ごたえもあまり感じられない。おそらくこの壁はまだまだ分厚いだろう。
「くぅっ・・・!ぁぁぁああああ!!!」
アリヤは更に斬撃の速度を高める。それは自身の限界などとうに超えたスピードで放たれ、目の前のサーヴァンツを次々に斬り捨てていく。ただ我武者羅に、それでいて的確に阻むすべてを屠りながらも、少しずつ上に体を進めていく。
少しずつ、体が悲鳴を上げ始める予兆を感じ始める。それに加えて歴の浅い二刀流。手数は一刀のそれとはけた違いだが、その分消耗が激しい。更に炎を剣に纏わせ、炎で剣を生み出している。魔力炉内のエネルギーもみるみる減っているのが分かる。
(・・・だからって、体を止めていい理由になんてならないっ・・・!!)
「やぁぁぁあああ!!!」
それは、執念に近いもの。あるいは、火事場の馬鹿力とも呼べるもの。
人間には、行使できる身体能力に制限がある。体力の限界を感じながらも体を全力で動かし、そのまま物事を続けていると、脳は体に危険信号のようなものを送る。
このままではまずい。これ以上は危険だ、命に関わるぞと。身体に決められた、刻み込まれた上限を超えてしまえば、そういったアラートが体の中で鳴り響くのだ。
もちろんアリヤの身体でも、今全く同じことが起きている。それから更にギアを無理矢理上げたアリヤの身体は、とうの前に白旗を上げている。
だが彼女は、それらを完全に無視。そのまま強行突破しようとしていた。
「これ以上は無理だ。」という心にほんの少し宿った、アリヤからすれば邪念と呼べるものをねじ伏せ、今もなお剣を振り続ける。
もはや脳に十分な酸素が回っておらず、アリヤの視界はすでにぼんやりとし始めていた。それでもなお、彼女の連撃の質は全く落ちない。
「っだぁ・・・はっ・・はっ・・・くっ・・ぁあっ!!」
「あ・・アリヤさん・・・!」
もう何も考えられない。ほとんど何も見えない。それでもただひたすらに剣を振り、上へ上へと歩みを続ける。
本人に自覚は無いが、すでに何百、何千のサーヴァンツを斬り捨てているアリヤは、もうすでに疑似天井の中をかなり進んでいた。
こじ開けられた穴を塞がんとサーヴァンツ達は試みるが、それはムラメの魔法によって阻まれていた。
ムラメが発動させた魔法は・・・『鈍速黒壁』。
そう。かつてムラメの母、ユカリが使用していた、相手から速度を奪う魔法。それを周囲の全方位に展開し、穴が塞がるのを食い止めていたのである。
壁の構築式を理解していたキキョウから教わったその魔法。実戦で使うのはムラメも初めてであったのだが、どうやら上手くいったみたいだ。
そうして疑似天井の一部に完成されつつあるトンネルは、塞がることなくその形を保ち続けている。
「頑張って・・・頑張ってください!!!」
後ろからアリヤについていくムラメは、ただ彼女を応援することしかできなかった。
その言葉に意味があるのかどうかはムラメ自身には分からなかった。だが、ムラメに出来ることは、この穴を留めること以外に存在し得なかった。
目の前で立ちはだかる壁を、己の全てを込めて突破を試みている自分よりも年上の、大人でもない一人の少女は、もはやムラメから見ても相当消耗している。
だがムラメは、人の体力を回復できるような魔法を持ち合わせていない。一番近くにいるのに何もできないという無力感がムラメを襲う。
だが実際には、それはムラメの思い込み。その声援は、アリヤの耳にしっかりと届いていた。
おぼろげな意識の中、その遥か先から届く幼子の思いは、満身創痍寸前のアリヤを再び奮起させる。
自分の意識に反して話しかけていた二振りの剣を強く握り直し、一瞬、ほんの一瞬アリヤは炎を纏いし愛剣と、剣へと姿を返し炎を構え直す。その瞬間、彼女の緋色の眼は光を取り戻し、眼前のサーヴァンツをしっかりと捉える。
彼女の執念、そしてムラメの声が、とうとう彼女を限界のその先にまで到達させた。しかし、この状態はもちろん長く持つ者ではないことはアリヤも分かっていた。
「・・・ッッッぁぁああっ・・・はぁぁぁああぁぁぁあああああ!!!!!」
そうして限界のその先、そこから更に先へと引きあがる速度。それは間違いなくトップギア。これ以上の上昇は見込めない程のギリギリの極限状態。
この局面の最後の最後。全てを振り絞る。なんとしてでもこの絶望をこじ開け、ムラメをこの先へと送り届ける。それが自分の役割だと信じて。
その直後、アリヤが放った魂の叫びに呼応するかのように、彼女の身体を炎が包み込む。
「っ!?アリヤさん!!」
それはただの炎といった見た目ではなく、例えるならば、まるで炎の化身のような。それは実体があるようで、揺らめいている幻影のようで。それはアリヤの身体に重なり、動きをリンクさせる。
それが彼女の動きを読んで合わせたのか、アリヤ自身がそれに合わせたのか、はたまた無意識か。最後の一撃と言わんばかりに右のマリアを後ろへと引き、瞬時に刺突の構えを取る。
刹那、それは放たれた。
それはもはや炎ではない、それよりも高位の何か。純粋な赤へと色を変貌させたそれは紅蓮の槍と化し、眼前の先にいる触手妖精へと力の限り貫かんと腕を前に出す。
それは凄まじい炎の渦、竜巻とも呼べるそれと共に天へと上り、目の前のそれらを次々に貫いた。
その先に見えるのは、その姿をここまで隠していた、グラーケンの外套膜、その内側に見えるのは、当初の目的であった内臓部分。
アリヤは、ここまで自分を襲ってきた理不尽、絶望を打ち破り、その身はついにムラメと共に疑似天井を突破した・・・!
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