#98 託す未来、時を越えたエールその四
現在の触手の数は六本。触腕を除き、奴が攻撃に使うであろう八本の内四分の三を今一人で捌いているわけだが、正直言ってもうあまり余裕がない。
触手の威力自体は何とかなる。『身体強化』に『魔昌闘波』の重ね掛けにより、グラーケン相手でも十分攻撃を弾き返すことが出来ている。
だが、そのサイズ、物量が問題なのだ。
一本だけでも下手な建物くらいあるのではないかと思ってしまうほどの太さなのだ。それが六本。更にその上キキョウを守りながらの戦闘である。相当な集中力が求められ、それらもどんどん削られていく。その上まだあと二本残しているという一般人かでらすれば完全なる無理ゲーだ。
「クソッ・・・ちょっと早いけど使うか・・!『神の第ろっか」
―――おっと・・・そう何度もさせねぇぜ?
「・・・!?」
その声が聞こえた瞬間、俺を含めた世界の全てが止まったかのような感覚に襲われる。体は固まり、音は消え、視界はまるで世界がモノクロになったような。
そしてそれは俺だけではない。ゆっくりと目だけを動かし、周囲を見渡す。そこで気づいた。止まっているのは俺だけではないと。
俺に迫ってきている触手は、あらゆる物理法則が消えたかのように、一時停止ボタンを押した映像のように止まっており、そこから一ミリもこちらへ向かってくることはない。
壁を登るレル達も、レルに打たれ地に落ちてくる触手妖精も、一部の崩れた足場も、全てが停止し動かない。
(・・・誰だお前は?)
声の正体は確実に今まで一度も聞いたことのない声。若いとは言えない、だがそこまで渋くも無い男のような声。
姿はどこにも見えない。戦闘の間にも、俺達以外の人間なんて誰もいなかった。いるはずがなかった。そいつが大勢で来ているのならば気づかないわけがないし、俺達以外に、わざわざ少数で敵の本丸に挑んでくる馬鹿もいないだろう。
そしてこの状況でも余裕そうに呟いたその声は、俺の内の言葉を聞き取ったかのように返す。
そうだなぁ。俺はお前ではねぇ。そして他の誰でもねぇ。お前の内に潜んでいた。あるいは芽生えた、戦闘を欲する武神の残滓・・・とでも言おうか。
(全く答えになってないんだが・・・何言ってるかさっぱり分かんねぇ・・・)
それが事実。それ以上でもそれ以下でもねぇのさ。
(・・・で、何度もさせねぇってのは?何のことだ?)
なんだ?しらばっくれてんのか?そりゃあもちろん『神の第六感』の事に決まってる。
声の主はさも当然のように俺へと言葉を返してくる。確かに『神の第六感』は一度使うとしばらく使えなくなるが、ここ最近は一切使っていなかった。おそらくそう言った事ではない何かなのだろうが、いまいちピンとこない。
あのクソ神が何をどうやったのかは知らねぇが、俺の十八番をスキルなんぞにして、テメェみたいな奴でも簡単に扱えるようにしやがった・・・無論あいつはいつか殺すが・・・まずお前だ。億が一にもねぇだろうがな・・・もしも俺がテメェを認めるようなことがない限り、このスキルを使うことは絶対に認めねぇ。もし使ったもんなら・・・テメェに乗り移って、テメェの身体で俺の好きなように暴れてやる|―――
「・・・・・な、」
何だったんだ、今のは。
今まであんなの一度も無かった。誰なんだあれは?あれは俺の中にいるのか?あれは一体何がしたいんだ?アルデンは何をしたんだ?認めるってなんだ?なぜ俺の身体に乗り移れる前提なんだ?
もう一度出てこい。今すぐ答えろ。
『・・・クさん・・・・・タクさん!!!』
だが、もう時は動き始めている。色はその姿を取り戻し、物理法則も元に戻り始めているのをなぜか感じる。死ぬ直前に世界がスローモーションになる現象に近いものだろうか。
もちろんあの声が返ってくることはなかった。代わりにこちらへとやってくるのは、一時停止前の続き。超スピードの触手六本による猛攻。
その間、俺はただ茫然とその場で固まるばかりであった。身体が動き始めたころには、その内の一本が目の前まで迫っていた。
俺はそれを無意識で裏拳を放ち弾き返す。どれほどの時間かは正直把握していないが、その間ずっと同じ内容の戦闘もとい囮を務めていたのだ。知らぬ間に体が覚えていたようで、ひとまずこの場は助かった。
『大丈夫ですか!?急に一瞬固まって・・・』
『・・・・・いや、何でもないです・・すいません。』
『ここから正念場ですよ!集中力を切らさないように!』
『・・・了解。』
もう俺の頭の中に、『神の第六感』を発動させるという考えはどこにも存在していなかった。 あの声が一体何なのかはさっぱり分からないが、本能が感じている。あの言葉には、寸毫の偽りも存在しないということを。
テメェに乗り移って、テメェの身体で俺の好きなように暴れてやる。
その言葉が頭の中から離れない。何度も同じ台詞が頭の中で延々とループしている。
『神の第六感』は、発動すれば戦闘素人の俺でも、この世界最強格のダリフ・ドマスレットとも互角にやりあうことができるスキル。
それをそいつが、自分の十八番と豪語したそいつが好き放題暴れれば、一分とはいえ、一体どれ程の大惨事になるかは想像ができない。もし、俺の身体とは言え、俺と違って制限時間が無いのだとしたら、俺の身体はそいつに永遠に乗っ取られ、魔神の前にそいつがこの世界を滅茶苦茶にしかねない気がする。
「はぁぁぁぁぁああああ!!!!!」
俺は内に凄まじい勢いで溜まっていくもやもやをぶつけるように触手を殴り飛ばす。
出力の調整があやふやになっていたのか、殴ったそれらは弾け、まだ繋がってはいるものの、皮一枚繋がっている木の枝かのようにぶらぶらと揺れている。
だがもちろんというべきか、触手は一瞬で再生。終わらない鼬ごっこはまだまだ続く。
そして、ここで七本目が登場、物理的に増える手数に一瞬押されるも、なんとか持ちこたえる。そして、一度態勢を立て直せたのならば、そこからは絶対に譲らない。
「ああぁぁぁぁああああ!!!」
『タクさん!?本当に大丈夫ですか!?」
俺はただひたすらにグラーケンに向かって叫び続ける。ただひたすらラッシュを続ける。
突然襲ってきた気味の悪さ、ほんの少しこびりついた恐怖を徹底的に取り除くために。
謎の声へ今抱いている感情を、謎の声への対抗心へと変えるために。