プロローグ 相澤拓、最後の日常
平和なこの日常に足りないものは何か?
そう聞かれたとき、『刺激』と答える者が一定数いるのではないか。なぜそう思うのかって?俺がその内の一人だからだ。
何気ない日常に幸せを感じる人ももちろんいるだろうが、少なくとも俺はそうではない。かといって、俺は調子に乗って暴れだす愚かな馬鹿野郎でもない。
そして、俺が「こういったような刺激が欲しい。」とその内容を誰かに言おうものならば、その誰もが俺にこう返すだろう。
「漫画の読み過ぎなんだよ。」と。
キーンコーンカーンコーン・・・
本日最後の校舎に響く鐘の音が鳴り終わると、その喧騒もより一層増してゆく。
「おっし、早く部室いくぞー!」
そうチームメイトに呼びかける同級生。
「今年こそ・・俺達も全国に行くんだ・・・今日も気合い入れてやるぞ!」
そう仲間を鼓舞する上級生。
「今日エルゴメーターの測定だってよ。」
「うわっマジかよ・・・二十分間ずっとマシン引くやつだろ・・・?」
そう気怠げに話し合う下級生。
この高校は部活動がそこそこ盛んであり、日々運動部は汗を流し、文化部はそれぞれの分野で腕を磨いている。全国大会常連の部活もそこそこ多く、ここを目指して受験勉強に励む地元の少年少女も少なくない。
そしてそんな中、肝心の俺はというと、少し体を伸ばして席から立ち上がり、鞄を肩にかける。
「さてと。帰るか。」
そう。俺はどこの部活にも属していない、いわば帰宅部。この高校。部活動に入ることを強く推奨しているものの、強制ではないのだ。
部員一丸となって同じ目標を目指し、青春を注ぐのも素晴らしい事であろう。だが俺は、誰に何を言われようが部活には入らない。
理由はいくつかあるが、簡潔に答えるならば、時間を取られてしまうというのが一番大きいだろう。たいして興味のないスポーツや芸術に貴重な時間を奪われるくらいなら、いっそのこと入らなければいいのだ。
そういうわけで、俺はいつものように廊下を歩き、校舎を出て、正門をくぐる。
家は高校からそこまで離れていないので、自転車を使うまでもない。ちょっとばかしの運動だ。まぁこの後結構動くので、気にすることでもないのだが。
「ただいまー。」
「おかえりなさーい。クッキーあるけど食べる?」
「うーん・・・じゃあ食べる。」
家に帰ると、玄関まで甘い香りが漂ってくる。
どうやら先ほどまで母親がいつものようにクッキーを焼いていたようで、真っ先に俺に食べるか聞いてきたということは、おそらくかなり上手く焼けたのであろう。ちなみに、失敗していた場合は何も言ってこない。
俺はとりあえず手を洗ったのちに自室に向かい、荷物を置いて着替えてからリビングへと向かう。
「今日のはかなり自信作なのよ?」
「分かってるよ。昨日のスコーンの時は一切呼ばれなかったし。」
「ジャムは美味しかったでしょ?」
「肝心のスコーンがクソ固かったけどな!?スコーンはこね過ぎたらダメなんだよ!」
母親に容赦なくダメ出しした後、俺は自分でコーヒーを淹れてから席に着き机に置かれたクッキーの山から一つつまみ口へと運ぶ。
焼きたてのクッキーはサクッと音を立て、口の中でホロホロと崩れていく。素朴な甘みの後に鼻を抜ける小麦の風味が何とも心地よい。そして口に残った甘みをブラックのコーヒーで流し込む・・・
「ふう・・美味い。前よりクオリティ高いんじゃねぇの?」
「あらそう?それはよかった。ていうかあんた、そんだけ料理できるんだから、学校でもすればいいのに。あんたの高校って確か、料理研究部があるでしょ?入っちゃえばいいじゃない。」
「いやあそこ女子しかいねーし。それに、俺は他の事がしたいんだよ。」
「とか言って、どうせゲームでしょ?で、今何位くらい?」
「さっきの休み時間までは独走状態だったから、そのままかちょっと下がってるくらいかな?」
「ふぅん。ま、あたしはゲームはサッパリだけどね。頑張んなさいな。」
まったく、理解のある母親で本当に助かった。
おやつを完食した俺はすぐさま自分の部屋に戻り、スマホに充電ケーブルを挿す。その後手慣れた操作でスマホのパスワードを解除し、あるアイコンをタップする。言わずもがな、アプリゲームだ。
ゲームのタイトルは、『ストレングス・サバイバーズ:ファイティングデュエル』。
このゲームは俺の気に入っているアニメ作品のゲームで、内容はPVPメインの格ゲー。立体的な動きが可能なステージ内で互いのHPを削り合うといういたってシンプルなゲームだ。
俺は現在開催されているイベント画面を開き、自分の順位を確認する。
「お、まだ抜かれてなかったか。」
俺のプレーヤーネームの横に表示されるのは、【1位】という文字。
俺はイベントが始まってから十日間、ひたすら対戦を繰り返し、どんどんポイントを増やしていったのだ。
そして、勘違いしないでいただきたいのは、このゲーム、決して人気が無いわけではない。
細かく言えば、このゲームのPC版の方がアクティブ人数が多く、スマホ版よりもプレイアブルキャラクターも多い。そしてランキングはスマホ版とは別で存在するので、このゲームでイベランをするガチ勢は基本的にはPC版で行っている。
だが、スマホ版といえど、一位を取るのが簡単なわけでは決してない。スマホ版をメインでプレイする猛者も少なくないし、スマホ版プレイヤー限定の大会も存在するほどにはこちらも盛り上がりを見せている。
「さぁ、かかってこい・・・!」
早速俺は対戦相手とマッチングし、ゲーム内での試合が始まる。
俺が使用しているキャラクター、コリキスはスマホ版限定のプレイアブルキャラクターであり、拳で戦うキャラのため、攻撃力、射程は低いが、素早さがこのゲームで一番早く、相手の攻撃を避けながら技を当てるヒットアンドアウェイがメジャーな戦法だ。
「ガードが堅いな・・よし。ゴリ押すか。」
まぁ、俺はそんな戦い方はしないが。
そんな感じで、勝利回数を増やしていき、イベントポイントを稼いでいく。
このゲームのイベントは、イベントポイントと呼ばれるものを試合終了後に獲得し、勝ったのならばその獲得量が増え、負けたなら減る。そしてそのポイントを増やしていき、そのポイント数で順位を決めていくといったものだ。
つまり、試合をやればやるほど、勝てば勝つほどどんどんポイントを稼ぐことができ、必然的に上位をキープすることができる。実にシンプルな内容。
「まぁ、連日徹夜で二位と相当離れてるし、全然余裕あるな。」
俺はその後数時間ぶっ続けでプレイを続けた。スマホ本体がえげつないほど熱を発しているが、そんなことはお構いなしだ。
だが、ずっとこの調子だと流石に目の疲れが凄い。あと体もずっと同じ体勢なため、ガチガチに固まってしまっている。というわけで、ここから少し体を動かすことにしよう。
「行ってきまーす。」
「あら、またジョギング?」
「おう。一時間ぐらいしたら帰ってくる。」
「車に気を付けるのよー。」
「あいよー。」
とまぁ、母にはああ言ったが、俺が今から行うのはジョギングではない。秘密の日課である。
俺は近所の公園へと走って向かい、辺りに誰もいないことを確認する。
「・・・よし、始めるか。」
俺はポケットからスマホを取り出す・・・流石にここまで来てイベランはしないよ?
会員登録してある動画配信サイトを開き、先程のゲームの元ネタ、『ストレングス・サバイバーズ』第二期OVAのとあるシーンを再生する。
「コリキスの戦闘シーンは・・・ここだな。」
それは、先程俺が使っていたキャラ、コリキスがOVAのクライマックスシーンで敵にラッシュを叩きこむ場面。
「この『飛竜連撃参の型』・・・再現できそうだけどなぁ・・・」
俺の日課、それはアニメに登場する技の再現に挑戦すること。
様々なアニメに登場する剣技、棒術、体術などを用いて戦う白熱した戦闘シーンは、見ているこちら側の胸をとてつもなく熱くするのだ。そしてたちまちこう考える。「俺もこれ使いたい。」と。
なので現実では意味は全くないかもしれないが、こうして体を動かすがてら、ひっそりとチャレンジしているのだ。こんな姿陽キャ共に見られでもすれば、次の日からネチネチと絡んでくること間違いなしなので、俺はいつも誰もいない夜の公園でそれを行っている。
あと、勘違いしないでいただきたいのだが、俺は決っっっして不審者ではない。
「ふんっ・・!せいっ・・・!」
とはいうものの、やはり現実だと中々に難しい、だが、以前よりも体のキレは確実によくなってきている。前より動ける時間も増えてきたし、完全再現も近いか。
「でも、最後の十八連撃・・・よく分かんねぇな・・・」
『飛竜連撃参の型』の最後に繰り出される高速の十八連撃。これを等速で覚えるのは中々大変だろう。
「・・っと。もうこんな時間か。あとは帰って予習だな。」
いつの間にか公園に来てから一時間以上が経過しており、気づいたころには俺の体から滝のように汗が噴き出ている。
俺は少し寄り道してコンビニに向かい、スポーツドリンクと糖質ゼロのエナドリをスマホに入れてあった電子マネーで購入。そのまま何事もなく帰宅する。
その後夕飯を済ませ、シャワーを浴び、とぼとぼと自室へと戻る。
「さて・・さっきの予習を・・・いや、久しぶりに最初からしっかり観るか。」
実はこの『ストレングス・サバイバーズ』のOVA。アニメ二期本編とオープニングの曲が違い、こちらも中々気に入っている。
オープニングの作画もかなり気合が入っているので、一気見するときは流石にキツいが、こういう一話しか観ないときはたまにこうしてフルで楽しむのもまた一興かな。
「うん、やはり神曲・・そしてここからのサビがまた・・・・・え?」
それは突然の事だった。十七年と少しの時間を過ごした世界が目の前から消滅する。
そしてここから、アニメや漫画のような『刺激』を求めていた俺の人生を、
大きく、全く違う物語へと変化させることとなる。
本作品を読んでいただき、ありがとうございます!
どうも、プロローグの後書きを本編100話超えた後に書く男、瀧原リュウです。
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