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NOISE  作者: SELUM
Book 1 – 第1巻
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Op.1-6 – Form a Duo

ウッドベースが届くことを伝えた明里は、光にお願いをして……?

 期末考査を終えて土日を挟んだ月曜日、『どりーむ鈴』エントランスのソファで携帯をいじりながら幼馴染みを待つ明里。

 耳にはイヤホンを着けて音楽アプリ・"Waffle Music"からJoe Pass(ジョー・パス)Niels(ニールス) Pedersenペデルセンによるデュオアルバム『Chops』を選択し、1曲目の"Have You Met Miss Jones?"を聴いている。


「(光、早よ来んかいな)」


 2人は毎朝 (学級副委員長である明里に委員会などがある場合は除く) 1階エントランスで待ち合わせをしている。

 

 1960年代後半から九州地方の高校では大学進学率をあげる目的で朝課外が開始された。光と明里が通う鶴見高校も例外ではなく、朝7時35分から朝課外が行われていた。


 しかし、近年では教職員・生徒・保護者の負担が大きいという理由で廃止する動きが福岡県全体で活発化した。

 そうした動きを受けて鶴見高校では朝課外の参加を選択制にしたものの、実際には進学校であるプレッシャーや部活動によっては強制参加にしていたこともあって意味を成さないという意見が噴出、今年から朝課外は完全廃止となった。

 生徒は8時30分からの朝読書までに登校すれば良いこととなり、教職員・生徒・保護者に余裕が生まれた。


 2人は徒歩通学で登校時間は10分程度。大体8時くらいに待ち合わせているが基本的に光は少し遅れて降りてくる。


「(今日はビッグニュースがあるとに……)」


 光のマイペースっぷりには慣れっこな明里ではあるものの、今日に限っては早く会って話したいことがある。光からは「RINEで良くない?」と言われてしまいそうだが、直接会って伝えたいという乙女心を彼女は理解するべきである。


「(私、勝手に何やっとるんやろ)」


 明里は脳内で勝手に繰り広げられている光との会話、そしてその光に対して文句を垂れる自分に呆れながら溜め息をつく。


––––チンッ


 そうこうしている内にエレベーターの扉が開く音が鳴り、そこからショートボブの少女が現れる。

 ハネた横髪を特段、気にする様子もなく携帯をいじっている光を見て明里は「しょうがないな」という風に息をついた後に彼女の元へと向かい、手でハネた髪の毛を整える。


「遅いよ」

「え? いつもと変わらんくない?」


 明里の手ぐしに対しても別に気にする様子もなく光は答える。


「今日は大事なお知らせがあるったい」

「いや、そんなん知らんし……」


 光は少し面倒くさそうな表情を浮かべて明里に告げるも、明里の嬉しそうな顔を見て「どうしたん?」と尋ねる。


「今日、遂にウッドベースがお家に届きまーす! これでレッスンの時に借り物を使い続ける必要ございませーん!」


 明里はエレキベースと共にウッドベースのレッスンをHAYAMAで受けている。ジャズで一般的な奏法であるピチカート (指弾き)は勿論、彼女はコントラバスにおいて一般的なイメージのあるアルコ (弓弾き)も習っている。

 これまではレッスン室に置かれているコントラバスを借りてレッスンをしていたが、明里は自分のコントラバスを所持していなかったため、自宅での練習が不可能で少なからずストレスに感じていた。


「お〜、遂に!」


 明里の心情を理解していた光も少し声の調子を上ずらせながら反応する。自分の反応に対して明里が意外そうな顔をしているのを見て「なん?」と光が尋ねる。


「いや、光なら『RINEで良いやん』って言いそうやったけん」


 明里は先ほど脳内で繰り広げられたシミュレーションとは違う反応を示した光に少し面食らっていたのだ。


「え? だって前から欲しいって言いよったやん。それに明里、そう言ったら『直接伝えたい乙女心が分かってない』とか文句言ってきそうやん?」


 光はイタズラっぽくそう言うと、先に自動ドアの方へと向かって外へ出る。明里はそんな光を目で追いながら逆の展開となってしまったことに苦笑いして後を追う。


 2人は住宅街を通り抜け、レンタルビデオ店を通り過ぎて中井商店街に辿り着く。下校時の活発な様子とは違ってまだ静けさに包まれている。時折、スーパーの店員や八百屋の店主が品出しに勤しんでいる様子が見られ、この後の商店街の(せわ)しなさを予感させる。


「あ! あのさ……」


 中井商店街を横断しながら通勤途中のサラリーマンやOLを横目に見ながら明里が光に話しかける。


「嫌だ」


 光は明里が話を始める前に拒否する。


「まだ何も言うとらんやん!?」


 抗議する明里を背に光は面倒くさそうに答える。


「文化祭でバンドやろう言うっちゃろ? 嫌よ。去年みたいなことなるのごめんよ」


 去年、明里は光を誘って、ドラム、ギター、ヴォーカルを加えたバンドに参加。文化祭のオーディションに挑戦していた。


 結果は落選。


 リーダーのギターを担当していた男子生徒とドラムの男子生徒は初心者。その割に 難易度の高い曲を選択するためにグダグダ。当たり前のようにオーディションに落選した。

 光は淡々とこなしていたものの、「もう去年のような経験をしたくない」と言ってこうした話には乗らないようにしていたのだ。


「んにゃ、違う。2人でよ」

「2人?」


 光は立ち止まって明里の方を振り向いて聞き返す。明里は少し微笑んだ後に答える。


「光のピアノと私のアコベのデュオ。それなら良いでしょ?」


 光は少し考えた後に「良いよ」と一言だけ告げてそのまま高校へと再び歩を進め始めた。


「ねっ! 何弾く? 今日アコベ来るけん、家でも練習できるよ?」


 直ぐに承諾してくれたことに対する嬉しさを隠しきれない明里は先に歩いている光に抱きつきながら選曲について相談を始める。

 光も面倒くさそうに対応しているものの、その横顔はどこか嬉しそうに微笑んでいる。


 気温が低くて多くの人々が顔をしかめながら歩く中、2人の女子高生にはその寒さを吹き飛ばすほどの熱い空気が漂っていた。






<用語解説>

・ウッドベース : コントラバスのこと。ウッドベースは和製英語で、海外ではダブルベース、コントラバスと言われるのが一般的。アコースティックベース、アコベとも言われる。


・Niels-Henning Ørsted Pedersen (ニールス=ヘニング・オルステッド・ペデルセン) : 1946年 - 2005年 デンマーク出身のダブルベース奏者。オスカー・ピーターソン・トリオの一員として1974年にグラミー賞を受賞。多くのベーシストに影響を与えた巨匠。


・Joe Pass (ジョー・パス) : 1929年 - 1994年 アメリカ出身のジャズ・ミュージシャン、ギタリスト。卓越した超絶技巧を誇り後進のギタリストに多大な影響を与えている。



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