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NOISE  作者: SELUM
Book 1 – 第1巻
44/69

Op.1-36 – My memory (1st movement)

印象最悪な光を見た沙耶視点の記憶。

「結構、困ったちゃんなんやね。まぁ可愛いもんやけど」


 母・智花は笑いながら私の手を引き、そのまま会場の中へと私を連れていった。同い年の子が人前で泣きじゃくる様子を見て、私は気まずさからくる居心地の悪さを感じていたので、母がここで会場に戻る判断を下したのはありがたかったことを覚えている。


「裕一郎くんとお母さんにもぜひ見てもらいたいわ、光ちゃんの演奏。まだ小学5年生だけど凄いのよ。参考になると思う。それに沙耶ちゃんと同い年だし、発表会の後にお友達になれるかもよ?」


 これは発表会のある3日前、兄・裕一郎のピアノ講師である折本が私たち家族に告げた言葉だ。

 これまでその女の子は発表会の序盤にプログラムされ、後半に順番が回ってくる兄は遅れて会場入りするため、その子の演奏を見たことがなかった。

 しかし、その年からはその子を後半に回し、更にあろうことか兄を始め、数人のとんでもなくピアノが上手なお兄さん・お姉さんが披露する即興演奏の代表者にも選んだそうだ。


 それにしても私の4歳上の兄が私と同じ小学5年生の演奏を参考にするなんて有り得るのだろうか? 


 その話を母の隣で聞いていた当時の私が抱いた正直な感想だ。


 私は幼稚園の頃に兄の影響でピアノを習い始めたものの、自分には合わないと思ったのと、兄との埋まらない差に失望して幼児科の段階で辞めてしまった。

 

 この経験があったため当時はある意味で達観していた。この4歳差は予想以上に大きく、いくら上手いと言っても所詮は小学校5年生の話だと心のどこかでその子の音楽を下にみていた。


––––お兄ちゃんの方が上手いに決まってる


 私はそう確信していたので正直その光という子にあまり興味が無かった。


 そもそもピアノに良い思い出のない私はこの兄の発表会に行くことにも気乗りしていなかったと記憶している。兄や兄以上の年齢の人たちの演奏を見ると、全く上手くなる気配のない自分の日々が思い出されて精神衛生上よろしくなかったのだ。


 更に、発表会を見ることにモチベーションが無かったことに加え、ロビーでギャーギャー泣いているその子を私は見てしまった。

 小学校高学年にもなって公衆の面前で泣きじゃくり、多くの人に迷惑をかけ、挙げ句の果てに「ピアノを弾きたくない」と駄々をこねているその様子に私は恥ずかしさとともに幻滅し、その子と話そうという気すらなくなってしまったのだ。


 恐らくそれは母も同じだっただろう。


 いくら上手いと言っても所詮は私と同じ小学生。プログラム後半にぞろぞろと現れる"ピアノの猛者たち"の足元には遠く及ばない。それが現実なのだ。


 私は大人しく母に連れられて父の隣の席に戻り、1人の若い女性が場を繋いでいる様子を眺めた。


「今村くんはどんなことに気を付けてさっきの演奏を披露してくれたのかな?」


 光の騒動があって、一旦会場を抜けている折本に代わり、それまで演奏者とプログラム、演奏に向けての一言を読み上げる役割を担当していたその女性は、急遽壇上に上がり、兄を含めた、即興演奏に選ばれている3人にインタビューをして時間稼ぎをしているようだった。


「こんなん今まであったっけ?」

 

 父・達也(たつや)は母に小さな声で尋ねた。それに対して母もひそひそ声で「実はね……」と今しがた目撃したことを父に告げていた。


「あぁ〜、なるほどね」


 父は言葉少なにそれだけを言ったが、苦笑いしながらマイクを持つ女性と代表の3人を見つめるその眼差しには、騒動の発端となった女の子への呆れと、特にマイクを持って必死に場を保たせる女性を不憫に思う感情が内包していた。



>Op.1-36 – My memory (2nd movement) へ続く。

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