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NOISE  作者: SELUM
Book 1 – 第1巻
32/69

Op.1-30 – Rebel (1st movement)

演奏を始める光と明里。明里は光の変化を敏感に感じ取る。

「取り敢えず弾こうよ」

「OK」


 光は『ワルツ・フォー・デビイ』をとにかく2人で合わせてみようと提案し、明里もそれに賛成する。明里は自宅から持ってきたuPad proを取り出し、『ワルツ・フォー・デビイ』のリードシートを表示して譜面台の上に置く。


「スリーカウントで」


 明里の準備が整ったのを確認した光は人差し指、中指、薬指の3本の指を立てて明里に向け、カウントを指示する。既にピアノの前に座り、鍵盤を見たままにするその仕草を見て明里はわざわざ声を出して光の集中を切らすことを避けるために黙ってコクリと頷く。


 明里の方を全く見ていない光ではあるが、明里の頷きを、その徐々に研ぎ澄まされていく五感で感じ取ったのか、はたまた幼馴染み同士の阿吽の呼吸で理解したのかは定かではないものの、演奏前のルーティーン、両手を膝の上に置いて目を瞑ったまま下を向く姿勢に変わる。


 先ほどまで行っていた2人の賑やかなやり取りが嘘のように練習部屋が一気に静寂に包み込まれる。


 明里はいつ合図がくるのかと注意深く光を見つめ、緊張感が最高潮に達していく。


「(ただの練習なんに……)」


 そう、今彼女たちが始めようとしているのは練習、しかも取り敢えず合わせてみようといった程度の演奏である。しかし、光が醸し出す佇まいは本番さながらの空気で、それを一瞬にして作り出してしまう光の切り替えの早さに対する驚きと本番ではどうなるのだろうかという期待と不安が明里の中を支配する。


「ワン、ツー……」


 光のカウントが始まると明里は右手に視線をやり、1音目に集中する。


––––スリー


 光の「スリー」という掛け声の直後、ジャズピアニストの巨匠であるビル・エヴァンス作曲による『ワルツ・フォー・デビイ』の演奏が開始される。


––––| ド | ファ  | シ♭ | ミ  | ラ  |––––


 タイトル通りの3拍子の楽曲であるこの曲のメロディーは非常にシンプル、且つ美しい。


 ビルはクラシックピアノにおいても"ヴィルトゥオーゾ"と呼ばれるほどの腕前の持ち主で、ヨーロッパとクラシックの伝統を重要視した彼はジャズにこれらの要素を持ち込んで融合させ、音楽の歴史を変えた人物である。


 そしてこれを美しいメロディーたらしめるはそれを構成する和音である。ビルの演奏では右手で単音のメロディーを奏で、それを左手で伴奏してその美しさを強調する。

 

 一方で光は右手3音、左手3音の計6音で構成される和音を付点2分音符で3拍伸ばして演奏する。明里もそれに合わせてルート音を1音ずつ響かせるのみで無駄な動きを加えない。


 この曲はオンコード (スラッシュコード、分数コード) を巧みに利用してその響きに彩りを与える。オンコードとはあるコードの構成音や『テンション』 (非和声音のうち、和音の響きに緊張感を与え、且つ和音進行を阻害しない音をテンション・ノートという) をルート (最低音) にしたコードである。


 例えばこの『ワルツ・フォー・デビイ』はkey=Fで1小節目はF△7/A (またはF△7 on A) と表記される。

 F△7の構成音はF (R)、A (M3)、C (P5)、E (M7)、テンションはG (9th)、D (13th) となる。そして1小節目では"A"をルート音にするように指示している。(転回形として解釈して良い)


 そこに光独特の響きが加えられ、真っ白なキャンバスに1つの色が塗られる。光が音の絵の具を混ぜて創り出した新たな彩り。小節が進むことでキャンバスに染み込ませる色が増えていく。




<用語解説>

・ヴィルトゥオーゾ:音楽演奏において格別な技巧や能力によって名人、達人の域に達した人物を指すイタリア語。


・分数コード (オンコード、スラッシュコード) :〇/〇」や「〇on〇」のように表記されるコードのこと。簡潔に言えば『ベース音のみを他の音に差し替える』こと。


<例>

Cコードの構成音は「ド、ミ、ソ」、ベース (ルート) 音は「ド」

C/EまたはC on Eとした場合、「『C』が『E』の上にある」ことを意味し、構成音は「ド、ミ、ソ」、ベース (ルート) 音は「ミ」となる。


まとめると左側(分数表記でいう分子側)がコード、右側(分母側)がベース音を示す。


<分数コードの種類>

1. 転回形の分数コード

「転回形」として解釈できる分数コードで、これは既に紹介した「C on E」のようなコードを指すものである。


2. 転回形にならない分数コード

分数コードには「転回形にならないもの」も存在する。


・「G on C」を例にとる。

この構成音は「G (ソ、シ、レ)」+ベース音「C (ド)」

C (ド) の音は本来のコードG (ソ、シ、レ) に含まれない。これは「GonC」が転回形の分数コードではないことを示し、「G on C」と「G」はそれぞれ異なる響きを生む。


また、このさらなる応用として複合和音 (ポリコード) が存在し、文字通り和音のうえにさらに和音を重ねる技法である。スラッシュコードと区別するために、斜めのスラッシュではなく横棒で区切って上下にコードネームを記す。本小節では○|○というように○/○と区別する。


・コード表記に関して:『F△7』はFメジャー7thのことで本小説ではFM7の表記ではなく、F△7を採用する。また、Fマイナー7thは『Fm7』として表記する。


・音程に関して:今後、小説が進むにつれて光や明かりの"レッスン"または"授業"として詳しく説明するが、ここでは構成音 (3和音) に関して簡単に説明する。


・メジャーコード:ルート (R) 音と3度はM3 (メジャー3rd、長3度)、3度と5度はm3 (マイナー3rd、短3度)、R音と5度はP5 (パーフェクト5th、完全5度)


・マイナーコード:R音と3度はm3 (マイナー3rd、短3度)、3度と5度はM3 (メジャー3rd、長3度)、R音と5度はP5 (パーフェクト5th、完全5度)


お読み頂きありがとうございます!

もし宜しければ画面下部の評価やブックマーク、コメントなどで応援いただけると幸いです!

今後ともよろしくお願いいたします:)


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