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NOISE  作者: SELUM
Book 1 – 第1巻
31/69

Op.1-29 – Tuning (2nd movement)

ようやく練習部屋へと入った光と明里。

ベースのチューニングと気持ちのチューニング。


『Op.1-29 – Tuning』の第二楽章。

 部屋では光がリモコンで温度を調節し、ピアノの蓋を開いてピアノカバーを綺麗に折り畳んで小さな机の上に置いた。その間に明里はエレキベースをケースから取り出して『Render』のベースアンプをピアノの足下から持ってくる。

 

 ベースを弾かない光ではるが、このアンプは「何かの役に立つかも」と和真が同僚の医師から譲り受けたものだ。結果として重いベースアンプを明里が家から運ぶ必要がなくなり、2人は助かっている。


 エレキベースとベースアンプのボリュームを0にした後にベースケースに備え付けられているポケット部分からシールドを取り出して接続する。その後、アンプの電源を入れてアンプとベースのボリュームを徐々に上げながら音量を調節する。


「光、Aちょうだい」


 明里は音量を調節した後にチューナーの画面を見ながらベースのチューニングを行う。ピアノは容易にチューニングを変えられないため、ベーシストはピアノのチューニングに合わせて周波数の数値を調整する必要がある。

 そのために使われる音はA4で、ピアニストからその音を出してもらい、チューナーに表示される数値に沿って音を調節する。

 

 普通は数値を440に合わせるが、生ピアノは440よりも若干高い441や442でチューニングされていることが多い。よって他の音もそれに伴って若干高くなる。


 光はふざけて最低音であるA0を鳴らして明里の作業を止める。


「そういうのはいらんのよ」


 明里は笑いながら光に告げる。光も笑いながら「はいはい」と言って鍵盤の中央付近にあるA、すなわちA4を鳴らす。明里はその音を頼りにチューニングペグを回してエレキベースのA弦をチューニングする。


 エレキベースのチューニングを終えると今度はコントラバスを取り出す。


「生音でいいやろ?」

「もちろん」


 コントラバスもアンプに繋げることは多いが、部屋の大きさとピアノとのデュオであることからアンプに繋げずに生音で取り組むことを2人は決める。


 明里はチューナーとピアノのA4音を頼りにして同じようにチューニングし、2つのベースの音を整える。


「もう4時近いやんか」

「ごめんて」


 光の寝坊やその後のやり取り、楽器の調整もあって時刻はすでに16時前。2人は笑いながらこれから始める練習に向けて楽曲の相談を行う。


「大体3曲くらいよね。ワルツ・フォー・デビイやらん?」

「良いよ。やっぱウッベとピアノよね?」

「もちろん」


 明里はビル・エヴァンス作曲のワルツ・フォー・デビイは是非とも弾きたい曲として挙げていた。理由は光が最初に嵌ったジャズで、当時、楽器をしていなかった明里も同じくその美しい音楽の虜になった。


 いわば、2人の原点とも言えるこの曲で光と明里の手による化学反応を引き起こしたいと明里は考えていたのである。


「取り敢えず、弾こうよ」

「OK」


 光の提案に明里は賛同し、明里は家から持ってきたuPad proにリードシートを表示して譜面台に置き、コントラバスを構えた。


「スリーカウントで」


 既にピアノの前に座る光が明里に人差し指、中指、薬指の3本の指を立てて向けてカウントの指示を出す。明里はコクリと頷き、光の合図を待つ。


 光は両手を膝の上に置いて頭を下げるいつもの姿勢を取る。


––––静寂


 明里の中で一気に緊張感が高まる。


「ワン、ツー、スリー」


 光のカウントに合わせて2人はワルツ・フォー・デビイの演奏を開始した。



<用語解説>

・チューニング:音楽において、楽器の音の高さを合わせること。調律、調弦。


・ペグ:ギターやベースなどのチューニングを合わせるための部品で弦楽器には欠かせないパーツ。ベースの先に付いているネジのようなもの。


・アンプ:微細な電気信号を増幅する回路をもつ装置。ベースアンプはベースからの信号を増幅し、音質や音量を調整する機能や、増幅した信号を再生するスピーカー機能を備えたものである。他のもギターアンプやキーボードアンプなどがある。


・リードシート:曲のメロディ、コードと歌詞やフィール (テンポなど) という、ジャズ・ポピュラー音楽の基本的な部分のみを書きあらわした記譜法。


お読み頂きありがとうございます!

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