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NOISE  作者: SELUM
Book 1 – 第1巻
27/69

Op.1-26 – Not sure...

ベースに取り組む娘を見守りながらも抱く一抹の不安。

 15時近くになると明里はスウェットを脱ぎ、昨日クラスメイトの女子3人と買い物に行った際に気に入って購入したワイドデニムに着替える。

 

 クラスメイト数人と一緒にこうした買い物や遊びに行くのを光は大概嫌がる。


 昨日はレッスン後に帰宅中の光と偶然遭遇し、グループの女子たちが合流するよう誘ったものの、光は家族と用事があるからと適当なことを言って断っていた。明里はこれを予想できていたため、あえて誘うようなことはしなかった。


 元来、引きこもり体質の光は今の時期は「寒いから外に出たくない」と言い、夏は「暑くて気持ち悪い」と言って外出したがらない。では過ごしやすい春や秋はどうかといえば「何となく嫌だ」と言う。


 複数人で行くと自分の行動が制限され、自由を奪われてしまっているようで嫌だという彼女らしい理由が原因で、小さい頃は両親がしっかりと手を繋いでおかないといつの間にかいなくなって大騒ぎになるといったことがしばしばあった。

 本人曰く、明里や光のことをよく知る友人 たち(ピアノの元グループレッスンのメンバーや学校内の少数の仲の良い女子たち) でなければ過ごしにくいそうだ。


 そのため光は家の中ではピアノを弾く、作曲する、音楽を聴く以外にアニメやゲーム、漫画を楽しんだり、寝たりして過ごしている。


「それじゃ、光のとこ行ってくるけん」

「はーい、光ちゃんとご両親にもよろしく言っとって。あとお母さんたち、もう少ししたら出かけてくるけん、鍵持って行っとってね」

「ほーい」


 祐美とのやり取りの後に明里は一旦、自分の部屋に戻ってドアの真横の壁にかけてあるスパイスラック付きコルクボードの元へ向かう。

 このコルクボードに明里は黒板シートを貼って何かしらのメモ書きをしている。例えば今日は【光の家で曲決め – 3PM】と書かれ、更にその下には箇条書きでアコベ、エレベとも書かれている。

 そのコルクボードの底は鍵掛けとなっており、家の鍵や自転車の鍵がぶら下げられている。


 鍵を取ると、明里はそのまま玄関へと向かう。玄関には少し前に準備しておいたコントラバスとエレキベースが入ったケースがそれぞれ置かれ、いつでも出られるようになっている。

 明里はスニーカーを履いた後にまずエレキベースの入ったケースを背負い、扉を開く。手伝いに来た宏太からベースバギーが取り付けられたコントラバスケースを受け取り、前面にして底を押し出すような体勢になる。


「お父さんが、上まで持ってくの手伝うよ?」


 明里の様子を見兼ねた宏太が尋ねる。


「良いよ。こういうこと増えるやろうけん、今のうちに慣れんと。上行くだけやし」

「そう? 気をつけりーよ?」

「うん、ありがとう」


 今後、2つのベースを運ぶことが増えるだろうことを予想し、明里は宏太の提案を断り、心配しないように告げる。笑顔を見せているものの少し顔が引き攣っているのが見てとれて、宏太とその後ろからやって来た祐美は尚も心配そうに見ている。


「行ってきまーす」

「はーい、気を付けてね」


 明里は両親に別れを告げるとそのままエレベーターの方へと向かう。


「大変そうやね、男の子でも運ぶのキツかろ」


 娘が歩いていく背中を見ながら宏太が呟く。


「これからああいうことが増えるけん、予行練習やってさ」

「ところであいつ上手いん?」

「さぁ? 上手いんやない? 上達が早いってのは確かみたいよ?」


 基本的に広瀬夫婦は音楽経験が無い。祐美は幼い頃にピアノを少しだけ習っていた程度で、宏太に至っては皆無である。しかし、結城夫妻と同じく、娘が特にベースを習い始めてからというもの、様々な音楽が家の中で鳴り響いているために少しずつ耳が肥えてきている。

 楽器の上手い、下手というのはよく分からないが、家の中で流れている曲のフレーズを明里が同じようにベースで弾き鳴らすのを聴くとやはり凄いと思うし、たまにリビングで取り組んでいる譜面に書き起こす作業を見ていると才能が全く無いわけではないことくらいは何となく理解している。


#####


「光ちゃん、ピアニストになりたいって言っとる?」


 これはつい最近、祐美と舞が一緒に博多駅9階にあるレストランゾーン、『シティダイニング くうてん』 (博多弁の『食うてん』と9階と10階に位置することから9 (くー)10 (てん) に由来) にあるイタリアンレストラン『ミラノ』でランチしに行ったときの会話である。


「うん、小さい頃から言ってるよ」


 舞は祐美の問いかけに答えた後、注文したボロネーゼを皿の縁の方で数本のパスタを一口サイズになるようにフォークで巻きつける。粗く挽いた牛肉や野菜を赤ワインで煮込んだソースをしっかりとパスタに絡ませて口の中へ運び、舞は「美味しい」と呟く。


「凄いねぇ」


 祐美も注文した深い皿に盛られている、海老たらこクリームパスタのスープを1度口にして満足そうな表情を浮かべた後に、左手に持ち替えたスプーンを使って右手のフォークでパスタを巻きつけて食べる。


「明里ちゃんは?」


 祐美が口に入れたパスタを飲み込むのを待って舞が尋ねる。


「……直接言われたことはないけど、最近の様子を見てると興味ありそうやねって話を旦那としとるんよ」


 少し考えた後に祐美が答える。


「どうするか考えてる?」

「んーん、光ちゃんみたいに誰でも分かるような才能があればアレなんやけど……。なかなか分からないんよ」

「光は明里ちゃん、上手になるの早いってよく言ってるわよ」

「そうなんや。でも音大とかっていうのは少し考えられないんよね……。例えば普通の大学でサークルやらどこかのお店で経験を積んでそれから……っていうのなら良いんやけど。そっちは?」


 舞は「そうよねぇ〜」と呟いた後に考え込み、答える。


「和真は行かせる気みたいよ。どんどんやってけって。こっちは最終的に海外留学って言い出しそうでそれに関してはどうしようって感じなの」


 溜め息交じりに舞は言って再びパスタを口に運ぶ。


#####


「光ちゃんにお熱なんよ」


 明里がエレベータの中に入っていくのを確認した後に祐美は宏太に告げて扉を閉める。


「(まさかね……)」


 舞とのランチの後、祐美は明里が将来的に海外への音楽留学を言い出すのではないかという考えが浮かぶ。特に最近、2人で一生懸命に音楽へ取り組んでいる様子を見るとそう思わざるを得ないのである。


 音楽のことが分からず、実際のところ娘にどのくらいの才能が眠っているのか分からない祐美は内心ヤキモキしてベースを弾く明里の姿を日々見つめているのである。




お読み頂きありがとうございます!

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