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NOISE  作者: SELUM
Book 1 – 第1巻
14/69

Op.1-13 – Saturday Morning

結城家で流れる穏やかな土曜日の朝。

––––2月25日 土曜日 午前10時過ぎ


「おはよう」


 部屋から光が現れる。前面右裾から胸にかけてイタズラっぽい笑みを浮かべた、ゆるキャラ的な垂れ耳の猫が大きくプリントされている白基調で長袖大きめサイズのトップス、タータンチェック柄のボトムスに身を包んでいる。フリースを片手に眠そうな目を擦りながら、リビングでテレビを点けてコーヒーを飲む和真と舞に挨拶する。


「おはよう」

「おはよう。……光、いつになく寝癖すごいな」


 両親はそれぞれ娘に挨拶を返した後に和真はショートボブの右側が跳ね上がっている様子を見て光に告げる。

 光の寝癖が当たり前になっているためにさほど気にしていなかった舞も、和真の言葉を聞いた後に光のトップスにプリントされた、笑っている猫を見るとまるで光の姿をからかっているように思えてしまって笑いそうになる。


「んー? あー、新しいファッション」

「ならお前、そのまま外出ろよ今日」

「いやー」


 光の適当な返しに対して和真も適当なリアクションを示し、その後の光の返事を聞き流しつつ福岡のご当地旅番組の再放送に目を向ける。


 和真は脳神経内科医として普段は九州大学病院に務め、木曜日午前 (8時30分〜11時30分、その後大学病院へ) と土曜日午前 (8時30分〜11時30分) は鹿嶋総合病院で外来診療担当医として勤務する。ただし、月末の土曜日は休みとなっているため現在こうして家族と過ごすことができている。


 光が洗面所で顔を洗いに行っている間に舞はココアとフレンチトーストの準備を始める。


 ココアの準備をしてレンジで温める間、ボウルに卵を入れてかき混ぜ、『おいしか牛乳』を加えて再び混ぜる。その後、横半分に切った食パンを片面ずつ浸し、温めておいたフライパンにバターを溶かしたところで卵と牛乳を浸した食パンを入れて焼く。


「光、ココア持ってって」

「んー……」


 顔を洗ってトイレを済ませた光がリビングに戻ってきた気配を感じた舞は光に告げる。光は言われた通りにキッチンへやって来てレンジからココアを取り出す。


「光ー、ジャム持って来て」

「んー……」


 和真のリクエストにも返事をしてテーブルに向かう。


「はい」

「ん、ありが……何でや」


 まだ寝ぼけている光はジャムではなく台所の上にあったココアパウダーの入った容器を持ち出し、それをテーブルに置いていた。


「あ、間違えた」

「触って分かれ」


 呆れながら和真はそう告げると立ち上がってキッチンへと向かう。


「アホか、あのポンコツ娘」


 冷蔵庫を開けて少し迷った後にアプリコットのジャムを取り出しながら和真が呟く。


「面白かったからそのまま行かせた」

「んでだよ」


 舞の一言にツッコミながら和真が微かに笑う。


「あ、お父さん、メイプルシロップとこれ持ってって」


 舞は和真にフレンチトーストを盛り付けた皿とフォーク、冷蔵庫の中にあるメイプルシロップをテーブルに持って行くように頼む。


「はいはい」


 和真は右手にメイプルシロップとジャムを、左手にフォークを添えてフレンチトーストが盛り付けられた皿を持ってテーブルに向かい、光の前に置く。


「はい、お嬢様」

「んー、ありがとう」


 ぼーっとしながら光が礼を言う。


「結局俺が全部やっとるやないか」

「レディーファースト」

「使い方違うけどな。あれは元々、女性が先に男性を迎える準備をしたり、先に退出して余計な会話や余計なことをしたりしないっていう意味だぞ」

「わーさすがお医者さん、色んなこと知ってる」

「馬鹿にしてるだろ」


 父と娘の繰り広げられる会話。


「(もう少し可愛らしい会話してくれないかしら)」


 そんなことを考えながら舞もテーブルにつき、持ってきたトーストをかじり始める。


「あ、お父さんこの間のテストの成績表見てないぞ」


 和真が唐突に光に告げる。


「成績表はまだだよ。来週頭じゃない? テスト自体は大体返ってきてるけど」

「どんな感じ?」

「まぁまぁ。理系科目はまぁ普通かなー。世界史が訳分からんの多かった」


「(テスト結果隠さずに見せるのは偉いわね……。まぁそんな酷い成績貰ってくることがないってのもあるんだろうけど)」


 光は福岡県で公立一の進高校に通っており、理系を選択している。理科に関しては理系に必須の化学と選択科目として物理を習っており、音楽と関係があるからなのか定かではないが波動分野が最も得意のようだ。また、小さい頃から数学を得意としており、基本的にこの2科目は安定して上位に位置する。

 化学も悪くはないものの本人曰く「覚えるのが怠い」という理由で少しやらかすことが多い。(それでもきちんと成績は取ってきている)

 

 問題は文系科目である。光は覚えることが苦手で特に歴史系は大の不得意分野としている。

 舞が以前、不思議に思って「何で世界史を選んだの?」と尋ねたところ、「漫画の技名は覚えられるから」というよく分からない返答をされた。今では自分の選択を後悔しているようで半ベソかいているのを何度も目撃している。


 光の言い分では数学も物理も化学 (一部を除く) も初めは公式を覚えておらず、その場で公式を作っていたらしい。「定義さえ分かればどうにかなる」と言ってそれを繰り返すうちに自然と身についたと話していた。


 恐らくこの姿勢は光の音楽に対するスタンスが元になっている。


 光は覚えようと思って音楽を聴いていない。単純に好きだから聴いているのである。トランスクライブして自分の糧にしようという明里とは根本的に考え方が異なる。

 

 光にとって音楽は『楽しむもの』であって『学ぶもの』ではない。光の持ち曲は本人が好きで弾き続けたために結果としてそこに加わっただけである。そのため1度彼女のレパートリーの中に加わってしまえば基本的に忘れることはない。(好みに偏りがあることとより作曲を好むためその数自体は少ない)


 作曲は彼女の内側から自然発生的に湧き上がったもの。故に光が最も力を発揮する場面は自作曲を演奏する瞬間である。その時が最も彼女が笑顔を見せ、一心不乱に鍵盤に向き合える。


 家族で穏やかな朝を過ごした後、時間が経ってバッチリと目が冴えた光が立ち上がる。


「指動かしてくる。今日レッスンだし」


 舞が時計に目をやった後に答える。


「まだ11時過ぎだから音は鳴らしちゃダメよ」

「はーい」


 軽快に返事した後に光は練習部屋へと向かった。


 光は毎週土曜日の14時からハヤマ中井センターでレッスンに向かう。そのレッスンでは基本的にクラシック音楽の課題をベテラン講師である折本(おりもと) 恭子(きょうこ)に見てもらい、時折作曲の進行具合を軽く見られる。折本は福岡、九州を越えてハヤマ音楽教室全体でも有名な講師で彼女の下には福岡県の優秀な生徒が多く集まる。


 そして月に一度、水曜日に光は東京からやってくる講師・瀧野(たきの) (はな)を迎え、作曲を指導してもらっている。そのため、折本は光の作曲の指導はそこまでせず、もはや1ファンとして聴いている。

 

 光は毎週ある折本のレッスンと瀧野の月一レッスンをすごく楽しみにしていて、その日は心なしか嬉しそうな表情を浮かべている様子を舞・和真の夫婦はいつも微笑ましく見守っているのである。





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