台地の温泉
トンネルを抜けると台地であった。
トンネルを流れる川は 緩やかにカーブしながら斜め右へと流れていた。
かすかに聞こえる轟から察するに、川は台地の端から滝となって落ちているようであった。
一方 台地の左端からは 湯気が出ていた。
トンネル口のある壁の左側は緩やかに弧を描くようにして、台地の左端まで続いてた。
ミューズとボロンを乗せたまま コンラッドはゆっくりと湯気のほうに歩いて行った。
やがて 二人を下ろしてゴンを呼んだ。
トンネルを出たところで待っていたゴンが飛んでくると、
人化したコンラッドがひらりとゴンの上に乗った。
一瞬 コンラッドの体重を考えてどきっとしたゴン。
「意外と軽いね。ボロンと変わらないや」
「そりゃ わしは浮遊術が使えるもの。
お前の背中にかかる重みを加減することくらいはできるさ」コンラッド
「それより このままゆっくりと壁に沿って飛ぶんだ。
少し低めにな」
コンラッドは腕を伸ばして 光石で進路を照らすようにして示した。
ゴンは コンラッドの指示どおり、壁ぎりぎりの所を慎重に飛んだ。
壁には ところどころくぼみがあり、そこには光石が収まっていた。
その光石に コンラッドが触れると点灯した。
「次の光石には お前の翼で触れてみよ」
「どうやって?」
「そっと壁をなでるイメージで翼を近づけ 灯がともるように念じるのだ」
「はい」
最初の二つはコンラッドがドラと意識を共有して誘導した。
三つ目からは、左側の壁の端まで ドラが一人で点灯させることができた。
台地の左端にある温泉は、上から見ると直径30mくらいの円形で、半分が壁ぞい 残り半分が壁より前に飛び出していた。
「よくやった。ではもどろうか」
「え?」
コンラッドは ゆっくりとカーブを描くようにして戻るイメージをゴンの頭の中に送った。
「コースをイメージしつつ 闇の中の気配を探りつつ飛ぶのだぞ」
「はい」
ゴンはなんとか光る壁を離れ 闇に近づきつつカーブを描いてUターンすることができた。
ボロンが背負う光石を目印にもどった。
「あー疲れた」ゴンは べしゃっと床に座り込んだ。
「あれ? この床 あったかい!」ゴン
「だろう。 今夜はここで寝よう」コンラッドが少し自慢げに言った。
4人はそれぞれおなか一杯 夕食を食べた。
「食器洗いはどうしよう?」ミューズ
「うーん ちゃんとした水場のある所に行くまでは 汚れたまま収納しよう。
さすがに ここでの浄化魔法のレッスンをするには つかれたわ」コンラッド
「そんなに 地上とは魔法のきき方がちがうのかい?」ボロンが不思議そうに尋ねた。
「一般的に 魔法の効き目は あたりに漂う魔素の影響を受けるからね」
ミューズが説明した。
「ぼく一人なら とりあえず使って 爆発しても知ーらないって感じだけど」
「だから お前は」コンラッド
「わかってる わかってるってば。もう そんな無茶はしないって」
コンラッドをなだめるミューズ。
「頼む」コンラッド
「約束は守るよ」ミューズ
「ごちそうさまでした。汚れた食器を収納しても汚れがこぼれたりしないの?」ゴン
「そこは 抜かりなくじゃ」コンラッドがさっと自分の空間倉庫に回収した。
・・・
夕食をとった場所から 少し歩くと温泉だった。
温泉の底はボール状に真ん中が深くなっていた。
ボールといっても、調理で使うボール型
壁に面した側面や底面からは 湯が沸きだしていた。
台地から張り出した部分はふちがところどころ少し低くなっているらしく、
そこから 時々湯こぼれしていた。
ゴンが早速飛んで行って、温泉の真ん中に飛び込もうとしたので、
ボロンはあわてて 叫んだ「ストップ ストップ 飛び込んじゃダメ!」
ゴンは急旋回して戻ってきて 不服そうに尋ねた。
「せっかくの 温泉なのに どうして飛び込んじゃダメなの?」
「湯に飛び込んだら 心臓によくない」云々とコンラッドが健康上の注意点を述べ立て
「そもそも 湯の中に危険が潜んでいないか たしかめながらゆっくり入る習慣を身につけよ」
ということばで 説教を締めくくった。
「はい。」ゴンはちょっと情けない顔でうなづいた。
二人をちょっと驚いた顔で見ていたボロンが、ゴンの前足をなでながら声をかけた。
(今では 成長したゴンが普通に立っていると 頭なでなでができなくなったのだ)
「それとね 君 今 胴着を着てるじゃない。
風呂にはいるときは ちゃんと服を脱ごうね」
「えっ? どうして。」驚きの顔で尋ねるゴン。
「あのね、泳ぐときに着るための水着以外の服は、濡れるといろいろ厄介なの
①濡れた服が乾くときに 体温をうばう=寒くなって風邪をひく
②たいていの生地は 濡れると縮んで体を締め付ける
③布は 濡れると、水分と一緒に汚れまで繊維の中までしみ込んで、汚れが落ちにくくなる
だからね、用事をするときには 服をぬらさないように袖をまくったり
風呂に入る前には ちゃんと服を脱ぐんだ。
僕だって 温泉に入る時は 裸になっているだろ」
「あっ 確かにそうだね。
じゃあ もし服を着ているときに雨が降ってきたら 服を脱いだ方がいいの?」ゴン
「君の場合は・・
その胴着は 少しの水ならはじくようになっているし
もともと体を冷やさないために着ているので、着たままのほうがいい。
でも 服の中まで水がしみ込んで重たくなったり、かえって体が冷えるようなら脱いだ方がいい。
そのあたりは ケースバイケースだね。」ボロン
「じゃ ボロンの場合はどうなの?」ゴン
「人族は あまり人前で裸にならない習慣だし、女性の場合は特にそうだから
それもケースバイケースかな。
だから 特に水や湯に入る前には ちゃんと服を脱ごうね。あるいは専用の服に着替えようね」ボロン
「はーい!」ゴン
というわけで ゴンは自分の着ている服をぱっと空間収納してから 温泉の上に飛んでいき
温泉の上をくるりと1周してから
「危険なし! 多分。 安全確認終わり♡」と言って
ドボンと温泉の真ん中に飛び込んだ。
「中は案外深いね」ゴンは楽しそうに湯の中で立ち泳ぎをしながら水深を確かめていた。
ボロンにとっては、縁にそって 手前から張り出しまで続く全体の3分の1周分くらい続く段のところが ちょうどよい深さだったようだ。
ミューズとフェンリルは 適当に泳いだり ところどころ浅くなっているところに腰掛けたり寝そべったりしてくつろいだ。
「気持ちいいねぇ」
「極楽 極楽」
コンラッドが、湯舟のふちや浅瀬にはめ込まれた光石も光らせて回ったので
淡い光の輪があちこちに広がった。
湯気やさざ波によって 光の筋が様々に変化して 幻想的だ。
台地の端に張り出した部分まで湯の中を移動していって、みんなで崖の下を見下ろした。
遠くに 所々光が見えた。
「誰か住んでいるのか?」ボロン
「さあなぁ 行ってみなくてはわからんな」コンラッド
「いよいよ探検!って感じがしてきたね」ゴンが弾んだ声で言った。
しっかりと温泉を堪能した4人は 今度は床の温かさに包まれるようにして眠った。
フェンリルは 珍しく 足を伸ばしぺたっと腹ばいになって体全体で床の温かさを味わうかのようにして寝ていた。




